0306発覚
「姉上、どうです、かっこいいでしょう!」
ゲレンデを猛スピードで滑り降りるオリバーに、リリーは「はいはい」と話
半分に頷いた。彼は運動神経が良いらしく、年上というだけのことで弟に付いている姉なんて存在は、最早不要なのかもしれない。
その時、背後の森から大きな黒い鳥の群が飛び立った。
ギャアギャア――。
リリーは珍しく寒気を覚える。昨日までとは違い、森がざわついているようだ。
「姉上、どうかしましたか」
「シッ、何か聞こえない?」
遠くの方からは微かに「オーン」という低い鳴き声がこだましていた。オリバーは怪訝な顔で耳を澄ませる。
「オオカミ……ですか?」
「そうかも、日も暮れるし一旦戻ろう」
二人が方向を変えようとした時、リリーの脳裏に嫌な考えが浮かぶ。
今日は長いことシャーロットとコリンズの姿を見ていない。いくら広大なゲレンデとはいえ、人の少ないこの場で見失うのはあり得ないだろう。
「待ってオリバー、ロープの付近に足跡が無いか確認して!」
「は、はい」
リリーの切迫した表情に、オリバーは少しだけ怯んだが、すぐに彼女の指示に従った。二人がロープを辿って確認していくと、雪が不自然にへこんでいる場所に行き当たる。
そこにはスキー痕が2つ、戻ってきた痕跡は無い。
青くなったオリバーが、震えながらリリーを見上げる。
「姉上、まさか、森に入ったんじゃ……」
「早く皆に知らせなきゃ」
彼女は森にのびる跡を見つめた後、踵を返した。
二人がゲレンデから戻ると、幼い妹アメリアの為にローデンとアルフレッドは大きな雪だるまを作っている最中だった。
リリーの表情の変化をいち早く察したアルフレッドが、慌てて彼女に駆け寄る。
「何かありましたか!?」
「シャーロットとコリンズがロープの外に出た。遭難したかもしれない」
二人の会話を聞いたローデンが叫ぶ。
「あの馬鹿ッ!! よりにもよってご令嬢まで巻き込むとは」
ローデンは頭を抱え呻いた。そんな様子の彼にリリーは鋭く尋ねる。
「父……いえ、エヴァグレーズ公爵はどこですか」
「こちらです……ッ、ついて来てください!」
促されるまま玄関を抜け、リリーは父親のネイサンが居る部屋へと向かう。
途中、お茶会を楽しんでいた母親のアイリーンと、フォスター伯爵婦人テリーサにも事を伝えると、二人とも黙って卒倒してしまった。介抱を従者に任せ、そのまま先を急ぐ。
「あの部屋です」
ローデンが指差した先の扉を勢いよく開き、リリーは中へ踏み込むと叫んだ。
「大変ですお父様、遭難者が出ました!!」
「リリー? っんむなおぼ??? う???」
ネイサンは酩酊状態だった。それどころか男性陣の様子がおかしい。
フルード公爵はイビキをかいて眠っているし、フォスター伯爵は青白い顔で倒れている。唯一無事なのは、皆の介抱をしていて飲酒量が多くなかったと思われる、赤ら顔のランパード伯爵だけだった。
おそらく、全員『ホワイト・リリー』にやられたのだろう。
チッ、と大きな舌打ちをしたリリーが、ランパード伯爵との距離を詰めれば、彼はギョッと目を剥いて後ずさる。
「伯爵、今から現場指揮を任せます、ロビーに来て下さい」
「ヒエッ、でも私では何の役にも……」
「貴方の役目は、存在する事です」
そう言って彼の腕を引くと、無理やり部屋から連れ出した。
ロビーには使用人と残りの宿泊客が集められた。端の方ではアイリーンとテリーサがソファーにそれぞれ寝かされている。
現在、リリーの指示の元、捜索隊の振り分けが行われ、捜索ポイントの話し合いがされていた。
「現場には狼が出るかもしれません。捜索隊は銃の携帯をするように」
机に広げられたのは、縦にアルファベット横に数字が割り振られている周辺の地図。
「コーディ、C4からC5方向に動いた場合、どの辺りに行き着くと思いますか?」
「それでしたらE7、時間がたてば斜面にそってE9、E10あたりでしょう」
年配の髭を生やした従者が答えた。腰は曲がっていても、彼は明確な口調で話す。コーディは万が一を見越しリリーが使用人として雇っていた、地元の地理に詳しい人物だ。
彼女は地図から目を離すと、振り返りランパード伯爵に声をかける。
「伯爵、コーディの意見を聞いて、捜索指揮をお願いします」
「私よりエヴァグレーズ公爵家の方が指揮をされた方が……」
彼は荷が重いといった表情で震えた。
もっとも、エヴァグレーズ公爵家の人間で正常な判断が出来るのは、今年14歳になるリリーだけなので、採用するに足る意見でもないのだが……。
彼女は説得するように彼の両手を握る。
「いいですか、あなたが指揮をし、私は勝手に飛び出した」
「君は、何を言っているんだ……?」
ランパード伯爵が尋ねるも、答えを待たずメイドが彼女に呼びかける。
「お嬢様、グレーズ犬の用意が出来ました!」
「『ローリー号』はこちらへ、残りは捜索隊が足跡を辿れなくなったら山に放して下さい」
グレーズ犬というのは、セントバーナード犬に似た犬で、昔から山間部で遭難者の発見に使われてきた犬だ。事前にリリーも調教に加わった彼らなら、行方不明者の捜索も問題ないだろう。
彼女は再び振り返ると、ランパード伯爵の目をしっかりと見つめる。
「では、近くの村からの有志が到着次第、第一次先見隊を送って下さい!」
有無を言わせない返答に、彼は引き留める事が出来ず、ただ彼女の背中を見送った。
リリーは玄関まで移動して、ローリーにハーネスをつける。
ローリーは他のグレーズ犬よりも大柄だが、彼女の言うことをよく聞いた。ハーネスも難なく装着し、これでスキー板を履けば、一人用犬ぞりの完成だ。
出発しようとすると、後ろからやって来たローデンに呼び止められる。
「本気ですか、エヴァグレーズ公爵令嬢!?」
「日が暮れたら足跡を追うのは困難です、私だけなら今すぐ出れます」
「お、俺も行きます!」
彼女は首を横に振る。
「体重が重すぎます、それに慣れていなければ扱えない」
「しかし……」
「僕なら大丈夫でしょう!」
渋るローデンの後ろから現れたのは、マスケット銃を背負ったアルフレッドだった。
「リリーもこれを」
「……!」
渡されたのはおそらくフルード公爵の物だろう、アルフレッドの物と同じ形状のマスケット銃。ズシリとした重みは、公爵家ご令嬢が扱うのにいささか無骨すぎるようにも思えた。
「弾込めはしてあります、あまり銃口を下に向けないように」
「ちょっと……」
「撃つ時は撃鉄を引いた後、引き金を絞ってください」
リリーは躊躇ったが、引き下がる気配を見せないアルフレッドの表情に、時間を惜しんだ彼女が折れた。
「わかった、スキー板を装着して」
彼女は銃を背負い、ハーネスを持つ。準備の出来たアルフレッドには、自身の腰に腕をまわすよう言った。
「振り落とされたら一人で帰ってよ!」
「は、はい!」
猛スピードで進む二人の姿が雪の彼方に消えた頃、ローデンはハッと我にかえる。そして、彼はロビーに戻ると一声叫ぶ。
「俺も先見隊にいれてくれ! 体力だけはある!」
ファイルナンバー02全体を訂正しました。
遠征という単語には①遠方の敵を征伐する、②遠方に出かける、という二通りの意味がありますが、②の意味で使用しておりました。
しかし、内乱などで王国内の政治情勢が安定していないとの印象を与えかねないと感じたので、似た意味の言葉に置き換えました。
『遠征中』のエストレスタ男爵→出張中
薬草を『遠征先』で発見→遠方での山岳訓練中




