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0305不機嫌

立ちはだかるコリンズを前に、リリーは腹を押さえながら小刻みに震え続けた。そんな彼女を庇うように腕を伸ばすアルフレッドは、コリンズの言葉を反芻する。


「みぎ……め?」

「ヒイッ、痛い、痛すぎる!」


右目と言って明らかに左目を指すコリンズの言動も、突然痛みに苦しみ出すリリーの状況も、アルフレッドには理解することが出来なかった。

彼の困惑を悟ってか、コリンズは満足そうに口元を歪める。


「フハハハハハッ、驚いたかアルフレッド! これが『外なる世界』より来訪せし俺の能力ぅ……痛っ!」


ゴンッ、という突如鳴り響いた鈍い音の後、コリンズは頭をおさえてうずくまる。


「馬鹿な妄想は止めろと言っているだろう!!」


コリンズの後ろには、鬼のような形相をしたローデンが仁王立ちしていた。コリンズは彼に臆する事なく自身の親指を噛んで叫ぶ。


「血の盟約をもって命ずッッ、影なるしもべ『紅血ブラッディー餓狼ハングリーウルフ』よ、来たれッッ!」

「そんなものはいないっっ!」


ローデンに襟首を捕まれたコリンズは、なおも抵抗を続ける。


「グオオオオッ久しぶりの肉体だあぁあ……くそッ、静まれっ、静まれっ!!」


ひとしきり暴れたあと、ようやく動かなくなったコリンズをローデンは肩に担いだ。彼は弟の奇行に対して自身の頭を悩ましげに押さえながら、リリーとアルフレッドに向き直ると、青いを通り越し、青白くなった顔で二人に謝罪を始める。



「また迷惑をかけてすみません、本当にすみません、厳しく叱っておきます……」

「いえいえ、痛い人をまともに取り合っていると、こちらまでおかしくなりますよ」

「痛い……?」


リリーの言葉を理解できなかったローデンは、呆気に取られた表情を見せるが、彼女の気迫におされたのか、それ以上言及しようとはしなかった。


「……父上からも厳しく叱ってもらうよう、伝えておきますので。ほら聞いているのか、行くぞ!」

「……」


ローデンの呼び掛けにも答えず、気絶したふりをしたままのコリンズは運ばれていった。

以前にアルフレッドが言っていた、「影が沸き出す」という言葉の意味を理解して、リリーは遠い目になる。彼女が黙りこんだので、胃を決したアルフレッドは恐る恐る尋ねる。


「リリー、痛みは大丈夫ですか?」

「あー、お約束だから大丈夫」

「お約束……?」


聞き返すアルフレッドにリリーはもう一度「お約束」と答えた。


「もーーっ、急に痛いなんて言うから、僕は本気で心配したんですよ!?」


温和なアルフレッドが、真っ赤になって珍しく怒りを露わにする。

キーキーと声を上げて詰め寄られるも、リリーは自身の思考に囚われて、ずっと上の空だった。


結論から言えば、コリンズがシャーロットを避ける設定も、「愛していない相手との婚約に反抗する」といったゲーム上の解釈と噛み合っていなかった。

おそらく、高校デビューを機に厨二病をやめたコリンズが、シャーロットに過去の黒歴史をほじくり返されたくなくて避けてしまった、といったところだろう。


不幸な事に、シャーロットは厨二病との相性が良すぎた。女騎士に熱をあげてしまった事も記憶に新しければ、聖天使シャーロットなんて言われた日には堕ちる以外の選択肢は無い。

彼女だけが厨二病を拗らせ続け、コリンズは自身の過去を見せ付けられる事に耐えきれず、遂には生理的に受け付けられなくなってしまうのが、想定出来る未来だ。

そこまでいけば、あとはシャーロットが自傷行為も厭わないメンヘラに変貌を遂げるのを待つだけで、ゲームと同じ状況が再現される。


どうしたものか、と頭をひねるもリリーは良い案が浮かばなかった。

厨二病なんてものは、そもそも他人に説得されて治るものではない。自分の痛さに気がついて、ようやく卒業出来るのだ。無理を強いればより悪化させてしまう。


「大体、僕が取り合うなって忠告した時は……ってあの、聞いてますか、リリー?」


アルフレッドが目の前で手を振り、自分に意識を向けようとするも、「おーい」と呼びかけられた言葉すら聞かず、悩み続けるリリーであった。










後日、ようやく到着したエヴァグレーズ一家とフォスター伯爵夫妻によって、屋敷は一気に賑やかとなる。

リリーは勝手な行動を父親のネイサンから多少窘められたりはしたものの、アルフレッド関係となると甘くなる傾向にあるらしく、強く咎められる事はなかった。

叱らない父親の代わりなのか、弟のオリバーが「こんなの聞いてない!」と叫び声を上げて、何故かリリーではなくアルフレッドを追い回した。


「お父様、お母様、こちらはランパード伯爵家の皆様でございます」


シャーロットが両親にコリンズを含めたランパード一家を紹介すると、フォスター伯爵夫妻、スチュアートとテリーサも貴族同士の関係が増える事に対して、友好的な雰囲気を出していた。

それを寂しそうに見つめるリリーに気がついたのか、彼女の母親がそっと耳打ちをする。


「リリーちゃん、もしかして喧嘩しちゃったの?」

「ライバルが現れちゃって、今はそっちにお熱みたい」


苦笑して答える娘に対して、アイリーンは拳を握りしめ、「頑張ってねリリーちゃん」、と励ました。

その時、意図せずリリーの視界がフルード公爵とネイサンを捉える。何やらヒソヒソと話し合っているのが非常に目を引いた。彼女は彼らの会話が聞こえるようにこっそりと近づくことにする。


「して、フルード公、例の件ですがついに……」

「ふむ、……抜けよう」


不穏な会話にリリーは顔を顰め、二人の後を追った。隠れながら移動するからには、よほどやましい事らしい。

例の件とは一年ほど前の会話に出たものだろう。一体何を隠し続けていたのだ、とリリーの不安は膨れ上がる。





ネイサンがエヴァグレーズ公爵家の雪馬車まで歩くと、荷解きをしていた従者から一つの木箱を受け取った。彼はそれに頬ずりをしながら、うっとりと呟く。


「まさか、ここでお見せすることになるとは、思いませんでしたよ」

「ワシはリリー嬢から誘われた時、すでに少し期待しておったぞ」


彼らがホクホクと木箱から取り出した物は、一本の酒瓶だった。ネイサンはそれを太陽に掲げる。


「ジャガイモから抽出したアルコールを、蒸留に、蒸留を、重ねて作り上げた至高の一品!!」

「美しい、これぞ芸術……」


瓶の煌めきに感極まったのか、二人は抱き合って泣き出す始末。妻子に秘密の例の件とは、確かに隠さねば取り上げられるような品物であった。


リリーは呆れれば良いのか、それとも胸をなど下ろせば良いのか分からず、彼らを生暖かい目で見つめた後、そっとその場を立ち去ることを決める。

されど、背後から聞こえた、「命名はホワイト・リリーッ!」というネイサンの叫び声に、彼女はズルッと足をもつれさせ盛大な音を立てて転倒してしまった。











「……って、いう事があって、疲れちゃったよ」


呆れ顔で机に頬杖を付きながら、リリーはアルフレッドに不満を垂らす。

しかし、ジットリとした目つきで不機嫌を隠さないアルフレッドに、リリーはむくれるより他はなかった。


「僕はまだ、先日の件で怒っているのですが」

「つまらない事をいつまでも怒らないで欲しいわ」

「つまらなくなんてありません。僕は真剣にリリーの心配をしたんです」


リリーが不平を漏らすも彼の機嫌は変わらなかった。どうやら、彼女の周辺の人間は、定期的に拗ねるらしい。


一晩明けた昼下がり、屋敷のウッドデッキで二人は椅子に腰かけ、のんびりと日向ぼっこに興じている。

スキー場の人数が増え、先日よりも状況は悪化していた。相変わらずシャーロットはコリンズと一緒に行動している上に、リリーは幼い弟妹たちの面倒をみなければならず、行動を制限されている。

すると、小さな妹のアメリアが、両手に収まる大きさの雪だるまを持ち上げて、彼女の側に寄ってきた。


「おねぃたま、出来た!」

「偉いね」


リリーが彼女の頭を撫で褒めていると、今度はアルフレッドが頬杖をつきながら二人の様子を眺めていた。

その背中に油断を感じ取ったのか、オリバーが大量の雪を抱えてこっそり死角から近づくも、アルフレッドが直前で振り返ったため、動きを止める。


「気配でバレバレですからね」

「……プレゼントですヨ!!」

「ひゃうぅっ!」


結局、アルフレッドは防寒着の隙間にありったけの雪を詰め込まれ、情けない声を上げて椅子から転げ落ちた。

オリバーは腹を抱えて笑っていたが、太い腕にひょいとそのまま抱えられる。彼を抱えたのはローデンだ。


「相手を傷付けるいたずらをしては、駄目です」

「はい……」


ローデンはコリンズを叱った時と違い、優しくオリバーを諭すと、彼はしおらしく従った。 アメリアの面倒を見ているリリーとアルフレッドに代わり、ローデンはオリバーに付き添ってくれているので随分懐かれたようだ。

一方、アルフレッドは下着まで濡れてしまったのか、防寒着の下を覗く。


「……僕は着替えてきます」


ため息をつきながら、彼は屋敷の中へと戻っていた。元気の無い後ろ姿を見送ってから、リリーはローデンに礼を言う。


「弟の面倒を見てくれてありがとうございます」

「いえ、気にしないで下さい」


本来であれば、伯爵家の人間が公爵家の子供を叱るなど恐ろしくて出来ないが、彼は悪いことは悪いと叱ってくれるのでリリーも安心できた。


「俺は酒盛に参加しない口実が出来て良かったです」


ローデンは引きつった笑みを見せる。

どうやら、リリーの父を含む男たちは昼間から酒を呑んでいるようだ。油断も隙もないと彼女は呆れる。


「ローデンさんはお酒が苦手なんですか?」

「はい、あとひと月で18歳だというのにも関わらず、恥ずかしい限りです」


未成年の飲酒規制に関する法律が無い点は大きな問題であるが、それはこれから先、この国が発展する事に任せるとしよう。

それよりも、ローデンの歳が予想より近いことにリリーは驚いた。だとすれば、彼はハイラント学園の三年生だ。


「エゼルバルド殿下はお元気そうですか?」

「ええ、学園でも立派な事に、生徒会でがんばっておいでです」


話だけでの判断はできないが、エゼルバルドがゲーム通りの性格に成長したのではないかと、わずかな希望を抱く。リリーは彼を自身の代わり破滅させたい訳でもなければ、見返したいわけでもないので、それならそれで良いのだが……。

アルフレッドへの虐待の件などから考えれば、表面上取り繕っているだけの可能性も高い。

リリーが頭を悩ましていると、彼女の顔色をローデンは別の方向にとったようだ。


「婚約解消の件は聞いています。残念ですが次がありますよ」

「ああ、私なら傷物扱いなので、それは難しいと思います」

「ううむ、まあ、最悪うち(ランパード伯爵家)みたいに金を積めばどうにかなるところもありますし……、なんて冗談言ったら恐ろしいことになりそうですね」


ローデンはワハハと豪快に笑って、オリバーの頭をポンポンと叩く。


「僕だって、冗談で言う人にはなにもしませんから……」


オリバーは腕を頭の後ろで組みながら、拗ねたように口を尖らせた。そのまま彼は頭を揺らしながらリリーに近づくと、腕を解き彼女に抱きついて見上げる。


「それより姉上、僕とも一緒に滑りましょう!」


オリバーの発言にローデンも頷く。


「アメリア様は俺が見ているので、どうぞ行ってきてください」

「うーん、気晴らしに良いかもしれないですね」

「やった!」


背中を押されたリリーは口元を緩ませると、弟と共にゲレンデへと向かった。


未成年の飲酒、ダメ、絶対。


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