0304日によって変わる左右
休憩を取るため屋敷に戻ると、アルフレッドは雪まみれで濡れてしまった服を替えに、一旦部屋へと戻っていった。
リリーはシャーロットがもう戻っているか気になって、ロビーを見回し、一人でソファーに腰かけている姿を見つけた。どうやら、コリンズと一緒ではないようだ。
はて、と思いリリーが声をかけると、シャーロットは深刻そうな表情で顔を上げた。
「リリー様……」
「どうしたの? コリンズと何かあった?」
不安になって尋ねるも、シャーロットは首を横に振る。
「リリー様は私に隠し事をしていたのですか?」
心当たりがありすぎて、リリーがシャーロットを黙って見つめると、彼女は言葉を続ける。
「コリンズ様はおっしゃいました、リリー様は自分と同等の存在、外の世界から来た者だと」
その言葉にリリーの半眼の目がわずかに見開く。
コリンズがここをゲームの世界だと知っている上で、自身と敵対しようとしている事に、彼女はようやく気がついた。
あの不自然に攻撃的な態度に加え、彼は『運命をねじ曲げる者』という意味深な言葉を残していた。この世界にとって、リリーは正にそれに当たるだろう。いくらトゥルーエンドを目指そうが、ゲームとは異なる流れをもたらしてしまっているのだから。
どうにかシャーロットを誤魔化そうとするも、彼女に何と言えば良いのかが分からない。リリーは自身が嘘をつくのが下手な事くらい、薄々感づいていた。体良くはぐらかすなんて、どうせ『はい』を『イイエ』と言える程度だろう。
そんな心の内を察してか、シャーロットは悲しそうに目を濡らす。
「初めは信じられませんでした……でも、その様子では真実なのですね。あなたが、誰かは知りませんが、リリー様の体は返してもらいます!」
強く言いきると、シャーロットは振り向きもせず、ロビーから去って行った。残されたリリーは、頭をおさえて項垂れる。
「違和感は最初から感じてたけれど、体を返して、か……」
「エヴァグレーズ公爵令嬢!」
突如呼び掛けられて、リリーは面を上げる。
声をかけてきたのはコリンズの兄ローデンだった。寡黙な彼は、正直今まで空気のようになっていたので話しかけられたのは意外といえる。
「驚いたでしょう……すみません、全部弟が悪いんだ」
「いいえ、大丈夫です」
「まさかフォスター伯爵令嬢にまで、あの話を吹き込むとは……」
ローデンは頭を押さえ項垂れる。しかし、じっと見つめるリリーの灰色の瞳に気がつくと、片膝を折り、彼女の目の高さに身長を合わせて悔しそうに語りだす。
「一年半前から弟はおかしな言動をするようになりました。本当の自分はコリンズではない、外の世界から来た人間である、と。俺は何度も馬鹿な事を言うなと叱りましたが、全く聞かずこのような事に……」
本当に愚弟が申し訳ありません、と謝られ、リリーはこの人良い人だなと直感した。家族を思ってのことだろう。アルフレッドはリリーの話を信じてくれたが、本当ならばこの対応が正解だ。
二人が話し込んでいると、丁度着替えたアルフレッドが戻ってきた。
「リリー、どうしたのですか!?」
珍しい組合せだからと驚いたのか、アルフレッドは狼狽して瞬きを繰り返す。ローデンは彼を見て、申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべた。
「じゃあ、俺はコリンズを叱ってきます」
彼は立ち上がると、すれ違いざまにアルフレッドの肩をポンッと景気良く叩いて去っていく。アルフレッドは叩かれた箇所を掴み、怪訝な顔で彼の背中を見つめていたが、最後に肩を数回手で払うと表情の強張りを解いた。
リリーはそんなアルフレッドに声をかけ、ロビーの隅に移動すると、小声で話し始める。
「コリンズも、ゲームの事を知ってる」
「まさか、彼が、ですか?」
真剣な表情で話すリリーに、アルフレッドはしかめっ面で不快感を声に乗せた。
「あれは僕たち二人の秘密です……」
「そんな事言われても、私の状況と同じなんだもの」
「彼の話は僕も聞いたことがありますが、リリーと違ってあやふやでした」
説得性に欠ける、といったところだろうか。もしかしたら、ゲームの存在を知っているけど、十分にプレイをしたことが無い人物なのかもしれない。その上、男性であればノエルルートしか知らない可能性もある。
そう考えながらリリーは顎を指で何度かトントンと叩く。
「とにかく、コリンズとは一度直接話をしてみないと」
「彼の話なんて、取り合うだけ無駄ですよ」
唇を尖らせたアルフレッドが床を蹴ると同時に、ドタバタと鳴り響いた足音で二人は会話を止めた。音がするのは西側、男性陣の宿泊場所の方だ。続いて、怒号のようなローデンの声と、ドスドスという地響きが聞こえる。
「コリンズッッッ止まれッッッ!!」
バン、と激しい音と共に通路の扉を開くと、コリンズは弾丸のように屋敷の外へ飛び出して、ローデンが猛スピードでそれを追う。一瞬のことでリリーは呆気にとられたが、頭を振って直ぐに気を取り直す。
「私も行ってくる!」
「え、ちょっと、リリーッ!」
幾分か出遅れてしまったが、二人を追って外へと続くリリーと、更にそれを追うアルフレッド。先を駆ける二人は、もう大分遠くまで行ってしまっていた。
雪原上の足跡を追いかけるも、すぐに姿は見えなくなる。
「も、だめ……」
「右に、同じく……です」
ハァハァと荒く肩で息をしながら、リリーとアルフレッドは雪の上に座り込む。
ランパード兄弟の体力はどうなっているんだろう、と半ば感心しながらもリリーは汗を拭った。息を整えるため浅く呼吸を繰り返すと、冷たい空気で肺が痛む。
「駄目、ですね。戻りましょう……、リリー」
アルフレッドの言葉に同意するように頷いたリリーだったが、立ち上がると雪原に伸びる足跡の先に人影を見つけた。華奢なシルエットはコリンズだ。
彼は自身の足跡を踏んで、痕跡を消しながら歩いていたが、二人の存在に気が付くと顔を上げる。
「む、ローデンをまいたと思ったら、貴様らもか!」
忌々しげに放たれた言葉に、思わず体が強張り身構える。その反応に満足してか、コリンズは余裕の表情を見せつけると、乱れた前髪を荒々しく払う。
「アルフレッド、こちら側に来い! その女は人の生き死にを弄ぶ魔女だ」
「お断りします……」
大げさに振る舞うコリンズとは対照的に、アルフレッドは一字一句抑揚の無い、冷ややかな声で言い放った。目すら合わせる事を拒否したアルフレッドの態度に、コリンズも腹を立てたのか口を引き結ぶ。
険悪な空気が漂う中、リリーが一歩足を踏み出した。
「敵意はないわ、お願いだから私の話しを聞いてちょうだい!」
「だから、取り合うだけ無駄ですよ」
彼女の提案を、アルフレッドは苦り切った表情で否定し、鼻であしらった。二人のやり取りを見ていたコリンズが、低い声を轟かせる。
「話し合いなど無用、俺たちはもうお前らを逃がす気はない」
そう言って、前髪をかき上げると、コリンズの隠されていた左目が露になる。
その瞳は――!
全てを理解したリリーは、よろめいて「うっ」、と嗚咽を漏らした。
「リリー、い、一体どうしたんですか!?」
「気をつけてアルフレッド、あれは伝染する」
「伝染……?」
アルフレッドは顔をしかめると、コリンズを睨み、彼女を守るため腕で庇う姿勢を見せた。
リリーの脳内で記憶が警鐘を鳴らす。
――来る!
彼は見開いた左目に、よりいっそう力を込めた。
「我が右目の前にひれ伏せッッ!!」
コリンズ・ランパード。
彼は、邪気眼使い――重症厨二病患者だった。




