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0303不穏な言葉

一行が雪馬車を降りると、そこは一面銀世界だった。空気は冷たいが、息をする者を新鮮な気分にさせる。

ホテル代わりの屋敷の前に一同を案内すると、説明の為にリリーは道具を使用人に用意させ、その一つをとってから口を開く。


「私が提案するアクティビティとは『スキー』です」


この世界にスキーの概念はまだない。雪国の山間部では、短い板を使って斜面を滑り降りる方法は存在していたが、スポーツとしてはまだ昇華されていなかった。


「この板で斜面を滑り降ります」


リリーはそう言ってドスリ、と木の板を雪面に刺す。見れば真ん中にある金具部分に靴を入れ、固定する形式だということが伺える。そして、彼女が指差すのは、山々がコの字状に屋敷を取り囲む形をしたなだらかな雪の斜面。


スキー場のリフトを人力で作るのは断念した。だから彼女は、登った後に長いカーブを描いて、再び出発地点に戻ってくるような場所を選んだのだ。

興味深そうにジロジロとスキー板を見ているランパード伯爵に、リリーは話しかける。


「スキーの方法を覚えて頂けたら、狩りにも活用できます」

「それは良い! 雪の中を走り回るのは苦ですからな」


ランパード伯爵は想像でもしているのか、視線を上げてニヤリと笑う。

気に入って頂けてなによりだ。計画の邪魔になったら、近くの狩場にスキー板を渡して放っておこう。なんてリリーが考えているとは、彼も思い至らなかったようだ。

クルリと他の面子向き直ると、彼女は赤く染色されたロープを握る。


「スキー場の周りに張ってあるロープは、場外との境目です。掴んだりしても良いですが外に出ないようにお願いします。夜も危ないので日が暮れかけたら走行は禁止です。それでは明日からスキーリゾートをお楽しみ下さい。」


そう言ってリリーがお辞儀をすると、シャーロットは拍手をしてくれた。少しだけ照れながら彼女と目を合わせると、その背後でコリンズがまたこちらをじっと見ている。

彼は、ぼそりと何かを呟いたようだが、リリーには聞き取る事が出来なかった。











夕食のあと、各々の部屋に戻るもの、ロビーに集まる者に分かれた。

西側と東側で男女の部屋を分けて使っているので、男女が会話するにはロビーに来る必要がある。ロビーではフルード公爵が保護者のつもりなのか、間違いが無いように目を光らせてくれている。ありがたいことではあるものの、身体を壊されては元も子もないので、夜間には使用人に巡回させる旨をこっそりと伝えておいた。

アルフレッドもフルード公爵とロビーに居てくれるようで、彼は本を片手にリリーとシャーロットに寝る前の挨拶を告げる。


「では、お二人とも良い夢を」

「うん。おやすみ、アルフレッド」

「おやすみなさい、アルフレッド様。今夜は私がリリー様をいただきますので、フフフ」


そう宣言してシャーロットはリリーに抱きつくと、連れ去ろうと腕を引く。アルフレッドはその様子に若干口元を引きつらせて、苦笑しながらも手を振った。


「やっとリリー様と二人きりですね」


足早に歩くシャーロットに引きずられながら、リリーは彼女の部屋へと向かう。シャーロットは先程から鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌だった。お互いに宛がわれた部屋はあるものの、彼女の希望で今夜は一つのベッドに眠る約束もしているからかもしれない。

不意に、リリーは先ほどの事を思い出す。


「私にシャーロットが拍手した時、コリンズが何か言ってたけど聞こえた?」

「たしか『運命をねじ曲げる者』だったかしら、私さっぱり分かりませんの」

「運命……」


不穏な言葉にリリーは腕を組む。まさか、という思いと、それを否定する思いが頭をよぎる。静止してしまったリリーの様子に、シャーロットは疑問を抱いてか首をかしげた。


「明日どういう意味か、聞いてきましょうか?」

「良いよ! そんなことしなくても」


リリーは慌てて断った。コリンズの動きは怪しくとも、シャーロットを近づかせるわけにはいかない。しかし、そんな思いとは裏腹に、彼女はうっとりと目を閉じると、頰を手で押さえる。


「でも、私コリンズ様の事が気になってしまって……」


つまりは、話しかけるきっかけを貰えるならば嬉しい、ということらしい。どうやら、彼女はもう、恋は盲目モードに入ってしまったようだ。

シャーロットは瞼を開くと、リリーを見つめて尋ねる。


「リリー様はコリンズ様のことを、どう思われますか?」

「……アルフレッドの方がカッコいいんじゃないかな」


リリーは口元を強張らせ、苦笑いしながらアルフレッドを薦めてみるものの、シャーロットからは「好みの男性のタイプが被らなくてよかったですわ」と見当違いな言葉が返ってきただけであった。













翌日、ゲレンデは絶好のスキー日和だった。


「おかしい、こんなはずじゃなかったのに……」


目の前の雪面を見つめながらリリーは思わず頭を抱えた。そんな彼女の後ろ姿をアルフレッドが黙って見守る。

最初は全員おぼつかない足取りだったが、練習をするうちに、皆スキーを楽しめるようになった。意外な事に一番早く上達し、斜面を滑り降りるようになれたのは、コリンズだった。そして、その隣にはシャーロットの姿が……。

二人はゲームでの緊張をはらんだものとは違い、友好な関係を築いているらしい。それに加えて、コリンズは時折シャーロットに滑り方の指導もしているようだ。


「コリンズは運動神経が悪いはずなのに何故……」


ゲームのあるイベントでは、主人公を追うコリンズが、散々走り回った挙げ句、ヘロヘロになって追い付けずに諦めるというものがある。ここで間抜けなコリンズを見せて、幻滅させる作戦だったのに、と漏らしリリーは膝を折った。

アルフレッドは遠い目をしてしみじみと言い放つ。


「女性だろうと、庶民育ちは体力が有りますからね。むしろ追いかけ回せるならば、貴族としては相当体力がある方では?」

「なるほど、新解釈だ……」


リリーは深くため息をついてから立ち上がると、自分の考えが甘かったことを悔やんだ。彼女の目線の先では、純粋にコリンズを慕う様子のシャーロットが醸し出す、甘酸っぱい雰囲気が漂っている。

アルフレッドもしばらく二人を見つめた後、彼は疑問を口にする。


「しかし、どうしてゲームでの彼は、フォスター伯爵家との婚約を破棄したがったのでしょうか?」


フォスター伯爵家といえば、他の伯爵家の追随を許さない莫大な財力で有名だ。豊かな土地、安定した産業、それにより、公爵家とも肩を並べる発言力を持つほどとも称される。そんなフォスター伯爵家への婿入りであれば、次男坊であるコリンズにとっては、この上の無い条件と言えよう。

なのに、コリンズは主人公と出会う前からシャーロットを避けていた。まかり間違っても、フォスター伯爵が一人娘の特大級の我儘を叶えてしまう、なんて奇跡が起きない限り、彼には二度とそんな幸運な婚約の申し出が来る事など無いにも関わらず。


ゲームでの設定上は問題無くとも、この世界の視点に立つアルフレッドからすれば、おかしな話と言えなくも無い。

そんな彼の疑問に対して、リリーはさも当然といった表情で答える。


「それはねアルフレッド、愛が無かったからだよ」

「貴族の結婚に愛ですか……」


彼女の意見に対して、アルフレッドは厳しい正論を返しはしなかったものの、シャーロットとコリンズを見定めるように目を細めると、代わりの言葉を続ける。


「例え愛が原因だとして、現状では彼の方からも明らかに好意がありますよ」

「え、嘘、いつから!?」

「ひゃっ!」


リリーが驚いてアルフレッドに摑みかかり、顔を近づけると、彼の言葉は上擦った。


「リ、リリー、ちかい!」

「おかしい……あれ、でもこのまま愛し合っていてくれるなら問題無いか」


アルフレッドから手を離せば、彼はそのまま膝からストンと崩れ落ち、しばらく転がって雪に埋もれてしまった。


「あ、ごめん、ごめん」

「ううぅっ……」


リリーが腕を差し出して、アルフレッドを助け起こすと、彼はブルブルと身を震わせる。この時代の服は防水が甘い為、下着まで濡れてしまうと大変だ。アルフレッドの肩を抱え、彼女は一旦屋敷に戻ろうと促した。

されど、数歩歩いてリリーは一度だけ振り返る。


「逆に痴話喧嘩した時、仲裁してあげるくらいの方が良いのかな……」


そんな彼女の呟きをよそに、遠くに見えるシャーロットとコリンズもこちらを見つめていた。


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