0302待ち合わせ
雪深い小さな町で、二人の少女はその防寒着姿に似合わず、優雅にお茶を楽しんでいた。
「もー、リリー様、今年は王都にすら来て下さらないんですから!」
「まあ、まあ」
ここのところ、シャーロットはずっとご機嫌ななめだ。
確かにリリーは今年、王都には全く寄り付かなかったが、手紙は何通も交換しているし、去年の冬にも、春にも会った。最近忙しくしていたのも、彼女のためだ。
そんなに怒らなくてもいいのにな、などといった思いを見越してか、シャーロットは頰をプクリと膨らませた。
「どうせアルフレッド様と一緒にいるのが楽しくて、私の事なんて忘れていたのではありませんか?」
あながち間違ってはいないので、苦笑で返す。計画を練るのはゲームを攻略するようで楽しかったが、彼女の事を忘れたわけでは無い。
二人は今、エヴァグレーズ公爵領内の屋敷から、北部にある保養地に向かう途中だった。この町は北部に向かう人間が、雪馬車と呼ばれる馬ゾリに乗り替えるための町だ。しかし、町周辺には良い狩場もあるため、冬場は貴族たちの娯楽の場ともなっている。
つまりは、アルフレッドと合流するポイントである。
計画通り町を訪れたものの、誤算が一つ。1週間ほど前、待ちきれないシャーロットが約束より早く、エヴァグレーズ公爵領の屋敷を訪れたのだ。初めの数日間は屋敷で時間を潰していたが、リリーの父親ネイサンの助言により、計画は壊滅的な支障をきたした。
「先に行ってなさい、私たちは後から追いかけるから」
娘とその友人への気遣いかも知れないが、大きなお世話である。そのせいでリリーたちは、本来の予定より3日、アルフレッドたちが町に到着するより半日早く合流地点に到着することとなってしまった。
そんな理由で、会えるかどうかも分からないアルフレッドを待って、現在無駄に時間を潰している。
「リリー様、もう出立しませんか?」
「もうちょっと待って、お願い……」
何度目かのやりとりを繰り返し、リリーは祈るようにアルフレッドの到着を願った。貴族御用達のこの店ならば、町に着いた時、休憩で絶対に寄るはずだ。機転を利かせるだけの知恵を持つ彼を信頼し、言伝でも残して目的地で合流する手もあるが、彼女はそれをせずにいた。助力は仰いでも、計画の要の部分を彼に任せることが出来なかったからだ。
その時、待ちに待った声が聞こえる。
「リリーですか!? どうしてここに……」
防寒着に身を包んだアルフレッドは、間の抜けた声を出しながら、店の入り口から二人の方へと近寄って来た。
「色々あって」
「色々ですか……」
彼はむくれ顔のシャーロットを見て、事態を察したようだ。
シャーロットはわざとらしくコホン、と咳払いをして口を尖らせる。
「アルフレッド様、今日は私とリリー様のデートですわよ」
「これは失礼いたしました」
シャーロットは片眉を上げると、不審そうな目でアルフレッドを見つめるも、反対に彼はにこやかに微笑んだ。その笑みに、負けを悟った彼女は根を上げる。
「もうっ、リリー様ったら、アルフレッド様に会えないか期待して、わざと待ってらしたのねッ!」
興奮したシャーロットが無言のリリーに泣きつくのを、アルフレッドは表情を崩さずに見守った。
そうこうしていると、フルード公爵や見知らぬ男性陣も三人の元へと集まってきた。白髪混じりの中年男性はおそらくランパード伯爵だろう。彼の後ろには大柄な男性、おそらくランパード伯爵家の長男、そして目的のコリンズもいた。
彼はゲームでのイラストと違って、まだ身長もリリーたちとそう変わらない。また、長い漆黒の前髪は右目が隠れるほど延びており、表情もあまり読み取れなかった。
その姿を確認して、わざとらしくリリーはアルフレッドに声をかける。
「ワア、偶然ダネ、アルフレッド。私タチ、保養地ニ、行クケド、オ友達ト一緒ニ、クル? 大丈夫、狩場モ、チカイヨ!!」
ピシッ、と空気が凍る音が響き全員が黙り込む。少なくとも彼女の側であるアルフレッドですら目をそらした事で、リリーは自身がしくじった事を知る。
場の空気を和ませようと、フルード公爵が引きつった笑みで、「まあまあ」と言いながら皆の間に割って入った。
「せっかくの申し出ですが、男衆とお嬢さん方というのは少し体裁もですな……」
「3日後には、私の家族やフォスター伯爵夫妻も到着するので、大丈夫です!」
フルード公爵があまりにも渋るので、リリーは内心冷静さを欠く。ここで断られたら、計画が全部水の泡になってしまう。当たって砕けろとばかりに、目を閉じて叫ぶ。
「お酒もッ大量に用意してありますっ!」
「行くぞこれは天命だ!」
ランパード伯爵もヘコヘコと手を揉みながら「良いですな」などと彼の意見に同意しているので、そちらの方も問題ないようだ。
元々、父親のネイサンだけでは飲みきれない種類と量のアルコールを用意したのは、彼にフルード公爵を酒盛りに誘わせる計画だったのだが……。
酒好きはチョロいな、と改めてアルコールの恐ろしさを知るリリーであった。
その後、大型の雪馬車に乗って、全員で移動することとなった。
雪馬車は、多頭引きの雪ゾリだが、屋根が無いわけではなく、むしろ馬車より広く快適といえる。貴族向けの雪馬車を用意したので、無論内装も問題ない。
二列に分かれた対面式の座席タイプのは、大人数で話す事にも向いている。
全員が乗り込むと、ひとまず遅れていた自己紹介を、という事で、簡単に挨拶を交わしていく。
「ランパード伯爵領、現領主、オスカー・ランパードにございます。お嬢様方も以後お見知り置きを」
恭しくお辞儀を披露する白髪混じりの男性は、やはりランパード伯爵だった。彼はリリーとシャーロットに対して、「やはり花があるのは良いものです」などとおべっかを使うのも忘れなかった。
座席順に名乗っていくと、コリンズの隣にいた大柄な男性の番となる。
「ランパード伯爵家長男、ローデン・ランパードです」
ラグビー部に居そうなその姿は、乙女ゲームの登場人物らしくない風貌だ。短髪糸目、への口の顔は、とても書きやすそうなモブ顔と言える。髪色も黒より茶が混じっているようだ。
攻略対象者の兄弟だろうと、モブならば似なくても仕方ないのかも知れない。
そんな考えが過ぎるリリーだったが、そういえばアルフレッドはエゼルバルドにそっくりな顔立ちだった事を思い出して、個人の問題か、と考えを改める。
そして、次はコリンズのはずなのだが、彼は何も言わなかった。全員が彼の方を向くが、俯いて表情も読めない。
父親に叱るように促されると、彼は渋々口を開く。
「次男、コリンズ・ランパード……」
コリンズが無愛想に答えるのを、シャーロットキラキラした目で見つめていた。やはり彼女好みの、『中性的イケメン』だからだろうか。
コホン、とリリーは軽く咳払いをしてから本題にうつる。
「今から向かう保養地は、エヴァグレーズ公爵領のリゾート施設です」
「なんと初めて聞きましたな」
ランパード伯爵は驚いて声を上げたが、それもそのはず。
だって、このリゾートは貴方の息子さんの為に作ったのですから。
なんて言えるわけもなく、彼女は言葉を呑み込んだ。
「一般オープンする前のプレオープンなので、足りない所はご容赦下さい」
「そんな所へのご招待、至極光栄にございます」
「いえいえ、人数が多いほど貴重な意見が増えるので、こちらとしても有りがたいです」
再びごますりを始めたランパード伯爵に、リリーは嘘にならない程度に口当たりの良い言葉を並べた。それらしく言えているか不安になり、彼女がアルフレッドの方を見ると、よそ行き用の顔なのか、いつものごとく彼はニコニコと微笑んでいた。
一方、フルード公爵は、抜かりなく質問をぶつける。
「我々が初めての招待客ということですが、貴族にとって体は資本。雪崩などの安全面は大丈夫ですかな?」
「雪崩でしたら問題の無い地域ですし、事前に起きない工夫をしてあります」
リリーはあらかじめアルフレッドから、念入りなフルード公爵の性格を伝えられていた為、用意しておいた対抗策を述べた。
毎年雪崩の発生しない地域を選び、そのうえ雪崩の起きそうな時は、早めに人工的な雪崩をおこしている。突発的にも発生しないようにしてあるので、雪崩対策は万全だと彼女は胸を張る。
「万が一、発生した場合にも備え、スタッフ全員には救助方法、及び心肺蘇生法をマスターさせています!」
「心肺……蘇生法?」
フルード公爵は首をかしげ、ランパード伯爵も同じような反応をした。この世界で心臓マッサージや人工呼吸などの救命方法はまだ確立していないようだ。
過去いつだったか、それで助けられた覚えのあるリリーにとっては由々しき問題だが、中世と近世の間を彷徨う、この世界の文明レベルでは仕方がないのかもしれない。
「えっと、心臓や呼吸が止まったときに、こうマッサージとか口づけで息をいれたりして生き返らせます」
「「「口付けッ!?」」」
息を合わせた一同の声の音量にリリーは戸惑うも、彼らはただ絶句するだけで何も言ってはくれない。助けを求めるようにアルフレッドを見ると、彼は座ったまま項垂れて、眉間を指で押さえていた。
狼狽えるリリーに、シャーロットが「リリー様」と申し訳なさそうに声をかける。
「そんなことしたら責任とっていただかないと……」
シャーロットは自身の発言にカアッと頬を恥ずかしそうに赤らめた。彼女の言葉と態度に、リリーはしまったと、ようやく失態に気づく。
貴族が配偶者以外と口付けをしたら、どうなるかを失念していた。
「女性スタッフもいるから大丈夫! それに大切な人を救う為には必要な技術だよ」
そう言うとシャーロットも少しだけ関心を持ったようだ。フルード公爵とランパード伯爵は、心臓が止まった兵にも適応出来ないかと相談を始めたので、結局リリーはコリンズを除く全員に心肺蘇生法を教えることとなった。
「はい、速さはこのくらいです。1、2、3、4、5……」
一同にリズムの取り方を教えていると、彼女は不意に自身に向けられた視線に気がついた。
隅に腰かけたままのコリンズに睨まれている。黒曜石のようなその瞳は、確かに強い意志を持って敵愾心をむき出しにしていた。
リリーはそんな害意に臆する事も無く、睨まれる覚えなどないのにな、などとぼんやり考える。当座しのぎにぎこちない笑みを返すと、コリンズは目をそらした。
その様子に、何か感づかれていなければ良いが、と彼女は一抹の不安を覚えるのだった。




