0301たくらみ
12月初旬。
エヴァグレーズ公爵領内の屋敷では訪れたフルード公爵とアルフレッドを交え、食事会が開かれていた。
73歳のフルード公爵は、艶やかな白髪と、唇で切り揃えられた白髭が特徴的な紳士だった。青い瞳や、顔立ちも、アルフレッドとよく似ており、彼の血縁を思い起こさせる。
「レディー・リリー、この度の誕生日パーティー欠席の返答、お詫び申し上げます」
「いいえ、お気になさらないで下さい」
彼の言葉に、リリーは半ば社交辞令で返す。
フルード公爵は、表向きはリリーの誕生日パーティーに出席出来ないおわびで訪れたということだった。
お茶目なウインクを披露した後、フルード公爵はエヴァグレーズ公爵である、リリーの父親ネイサンに向き直り、わざとらしく笑みを作る。
「しかし、子供を通して二家の親交が深まるのは、良いものですな」
「全くです」
彼らはずっと腹の探り合いのような会話をしているが、実は仲が良い。アルフレッド経由で密に連絡を取り始めたものの、そこからお互いに気が合うと気がついたようだ。
こと、アルコールに関しては。
堅苦しい挨拶は止めにして、酒飲み同士早く酒場にでも行けばいいのに。一体誰に対しての体裁だろう。
そんな考えを、リリーは顔に出さないようにする事に必死だった。
部屋を見回せば、母親のアイリーンは終始ニコニコと夫たちの会話に耳を傾けて、テーブルの花になっていた。
幼い弟妹は食事に集中しているものの、オリバーは嫌いな野菜を意地でも食べまいとよけている最中だ。その点、アメリアは大人しいが、新しい料理が出るごとにアルフレッドに自分の皿を差し出している。
「食べる?」
「僕の分はあるから、大丈夫ですよ」
アルフレッドがニッコリと微笑んで笑いかけると、アメリアはキャッキャッと喜んだ。彼が気にせず自分の皿に口をつけてくれている事が、せめてもの救いだろう。
その時、フルード公爵が思い出したかのように人差し指を立てた。
「しかしなら、エヴァグレーズ公、例の件はどうなりましたかな?」
「ええ、来年には問題ないでしょう、ただ……」
ネイサンはちらりと家族の方に目を向ける。妻子の前では話しにくいことなのだろうか。彼の表情がそれを物語っている。
「これはこれは、失礼いたしました」
ホッホッホッ、と笑うフルード公爵はいかにも何か企んでいますといった表情だった。リリーがじっとネイサンの顔を見つめると、彼の目は明後日の方向へと向きを変える。
アルフレッドのことで何か悪巧みでもしていないか、心配になるリリーであったが、結局問いただすことは出来なかった。
精神的に疲れる夕食を終えて、リリーはふう、とため息をつく。やはり、こういう場は、彼女の性に合わない。
リリーが顔を上げると、フルード公爵とネイサンがそそくさと応接室に消えていくところだった。先程の件を二人で話し合うらしい。ついていこうか彼女は迷ったが、恐らく追い返されるだろうと思い留まった。
それよりも、当初の計画を優先した方が良い。リリーがアルフレッドを見ると、彼はコクリと頷いた。
「じゃあ、客間へ案内するね、アルフレッド」
「ええ、光栄です」
アルフレッドの手をとって歩きだすと、それを見たアメリアとオリバーが騒ぎ始める。
「わたしもいくー」
「僕が代わりに!」
リリーは「すぐに戻るから」と言い残し、アルフレッドの手を引いて逃げるように駆け出した。
客間につくと、二人は、周りに人が居ないか確認して早々に扉を閉める。
声が漏れない事を確認してから、部屋の奥へと移動すると、先にアルフレッドが口を開いた。
「王都でのエストレスタ男爵家のことは噂で聞きました」
「うん、実は例のシャーロットの言う相手が、コリンズじゃなくてノエルだったんだ」
そう言いながらリリーがベッドに腰掛けると、アルフレッドは一瞬目を泳がせたものの、彼女の隣に遠慮がちに腰を下ろした。
そして、王都であった騒動の説明に彼は、「情報が被らなくてよかったです」と、ほっとした表情を見せる。
「あの後、僕も情報を集めようとしたのですが、逆にランパード伯爵家からフルード公爵家への接触がありました」
ランパード伯爵家は攻略対象者コリンズ・ランパードの生家だ。
コリンズ・ランパード。
ランパード伯爵家の次男坊。黒目黒髪の憂いのある表情が人気のキャラクター。
ゲームでの学年は主人公やリリーたちと同じ1年生。
フォスター伯爵家の一人娘、シャーロット・フォスターの一目惚れによって、婿入りが入学時には決まっている。
そんな婚約者を避ける学園生活を送っていたコリンズと、そこで出会ったのが主人公。
彼女は彼を避けるでもなく、干渉するでもなく心地よい距離感を与えてくれた。
トゥルーエンドでは、コリンズは主人公のために、兄から後継を奪い伯爵家をつぐことを決めるのだが……。
トゥルーエンドだろうが、バッドエンドだろうが、シャーロットが自身を傷付ける結果は変わらない。リリーにとっては最悪のルートといえる。
そんなコリンズの父親ランパード伯爵、彼はランパード伯爵家の財政難を、新たな人脈を作る事で切り抜けるつもりらしい。
王家との繋がりも深いフルード公爵家は、顔を広げるのに格好のパイプ役といえよう。その上公爵家に身を寄せるアルフレッドは元第二王子。二人の息子とアルフレッドを仲良くさせておいて損は無い。
「コリンズとも接触出来たってこと?」
「ええ、しかしまだ有力な情報は何も……」
アルフレッドはしょんぼりと肩を落として答えた。
シャーロットの為に情報を集めてくれる、そんな彼を頼もしく思いリリーは微笑む。
「わざわざ、協力してくれるなんて、ありがとう」
「リリーの役に立ちたくて……」
彼女の労いの言葉に、アルフレッドは視線を床に逸らして、耳を赤らめる。あまりにも可愛らしい反応に、リリーが面白がって頰を指でつつくと、彼は「きゅう」と鳴いた。
「でも、コリンズは影のあるキャラだから、仲良くなるのは難しいかな」
「ぼ、僕の印象とは大分違いますね」
リリーの指から逃れたアルフレッドは、表情を真面目なものに変えると、口元を手で押さえ、考える素振りを見せた。
「影があるというより、影が沸きだしているというか、なんというか……」
アルフレッドにしては珍しく語尾を濁した言葉だな、とリリーは感じた。コリンズもゲームの設定と、いまいち噛み合ってはいないのかもしれない。
リリーは心細げな表情で尋ねる。
「シャーロットと出会わないようにするのは難しい?」
「ああ、それは存外簡単です」
アルフレッドはあっさりと言い切った。
ランパード伯爵家はフルード公爵家からの誘いは断らない。いわゆる、腰巾着状態なのだそうだ。フォスター伯爵家に関わりそうな事には、別の予定をぶつけて回避すればいい。
「しかしながら、僕からの提案ですが、逆に引き合わせてみるのはどうでしょう」
アルフレッドは懐から取り出した地図をベッドに広げ、それぞれの領土を指で指し示す。
「たとえば、リリーが『お友達』を連れ出して、フォスター伯爵領にあるビーチリゾートで僕たちと落ち合うというのは?」
フォスター伯爵領は王国内随一のリゾートだ。四家が出会うとしてもおかしくない。
自分たちの手の届かないところで恋心を燃え上がらせられるよりも、目の前で機会を作って、コリンズへの恋心を早いうちに覚まさせる。つまり、鉄も熱いうちに冷ませばひび割れる作戦か。
しかし、リリーは腕を組み、少し考えて唸る。
「うーん、フォスター伯爵領じゃアウェイかもしれない」
やはり、他領となるとハプニングが起きた時に対処がし辛い。万全を期すならば、自領の方が良いだろう。
「来年の冬まで待ってくれたら、エヴァグレーズ領内でもなんとかなるかも」
「少しだけ手伝って欲しい」、というリリーの言葉に、アルフレッドは「もちろん」と嬉しそうに頷いた。
しばらく彼は照れながら、頬を指で掻いていたが、突如何かに反応し、振り返る。それにリリーもつられると、オリバーが扉から半分だけ顔を出して恨めしそうに覗いていた。
「遅いですよ、姉上……」
今の話を聞かれたのかと、取り乱すリリーとは対照的に、アルフレッドは極めて穏やかに言葉を返す。
「ごめんなさい、僕が領土の話をして、長く引き留めてしまいました。」
そう言うと広げた地図を懐にしまい、ベッドから立ち上がる。
オリバーは「そうですか」と答えるが、その目は明らかに疑っている様子だった。
「本当ですか、姉上?」
「ウン、ソウダヨ!」
「……」
リリーを訝しげに見つめるオリバーだったが、急にアルフレッドの方を向いて甘えた声を出す。
「僕もアルフレッドさんと、二人でお話したいなぁー」
「は、はい、大丈夫ですよ……」
オリバーの豹変ぶりに、アルフレッドは汗を滲ませ、少しひきつった笑顔で応じる。そのままニコリと口元に弧を描いた弟の笑みに促され、リリーは体良く部屋を追い出されてしまった。
扉の向こうからは「そんなことしてませんッッッ!」と、切羽詰まったアルフレッドの叫び声が聞こえるが、男同士の会話を聞くのも無粋に思われ、彼女は自室へと向かう。
「アルフレッドに懐いているのはアメリアだけかと思っていたけど、オリバーもだったのか。お姉ちゃんちょっとカナシイナー」
などと冗談半分に口にしながらも、リリーはのけものにされて退屈そうに欠伸を出した。
次の日の朝。
「キャーーーーーーーッ」
絹を割くような悲鳴を聞いて、リリーはベッドから飛び起きた。
何ごとかと、慌てて声のする方へ向かうと、メイドや執事も急いでついてくる。
声のした応接室の前では腰を抜かしたアイリーンがワナワナと震え、座り込んでいた。彼女が指差すその先には……。
……おっさん二人が酒瓶を抱いて、幸せそうに床で眠っていた。
口からは、酒ともよだれともいえない液体をたらし、真っ赤な顔でイビキをかいている。昨晩の茶番は妻に対する、夫はちゃんと仕事してますよアピールだったようだ。
遅れてやって来たアルフレッドとオリバーも、事態を把握して大きなため息をつく。あまり寝ていなさそうな表情の二人は、そのままとぼとぼと部屋へ引き返していった。
肩をすぼめ、リリーは父親とフルード公爵をまじまじと見つめる。
彼女は目を閉じて、おっさん二人について行かなくて良かった、と胸を撫で下ろすのだった。




