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0204ダチュラ

今回は長いけど、分けると微妙な所で終わるのでまとめたままにしました。

試合当日。

エストレスタ邸内の練習場には多くの人が集まっていた。その片隅で、シャーロットはノエルに激励を飛ばす。


「ノエル様なら、出来ますわ!」

「ああ、適当に盛り上げてから、切り上げる!」


二人のやりとりを横目に、リリーは周りを見渡す。集まっているのは主にエストレスタ男爵家の分家の者のようだ。跡目争いの決着を見届けるのが目的だろう。

ちなみに、ノエルファンクラブの女子が集まると面倒なので、彼女たちは門前で追い返されている。リリーとシャーロットはノエルの口添えで門を通されたが、彼女達からものすごい目で睨まれた。

ふと、リリーは遠くの方にいた、ラルフの姿に目を止める。二人を置いて、彼に駆け寄ってみると、ライラは一緒ではないようだった。


「ラルフさん、こんにちは」

「おー、お前か」


リリーがラルフの目の前で足を止め、話しかけると、彼は袖で眼を軽くこすりながら答えた。


「どうかしましたか?」

「……俺も、母親くらいは味方にしとけばよかったと思ってな」


ラルフはリリーと目を合わせずに、自嘲した笑みを浮かべ、去っていた。


「今更なにを言っているんだか……」


彼の背中を見送りながら、リリーがそっと呟くと、直ぐにそれは周りの雑踏にかき消された。












半刻後。エストレスタ男爵、ホレスが席につくと、正妻であるエリンが宣言を始める。


「では、この試合に勝った者が家督を継ぐ、ということでよろしいですね、旦那様」

「ああ、エストレスタ家を継ぐものは騎士を目指すということ。強ければ問題ない」


彼の返答にエリンは口の端を吊り上げる。そして、傍に置いてある書類を、観衆に見せるように高く取り上げて、言った。


「では、旦那様、そしてライラ、こちらの書面に署名を!」


エリンは宣誓書に三名の署名が記されると、もう一度観衆から見えるように掲げた。その様子を見届けながら、リリーは軽くノエルの腕を引き、言葉をかける。


「基本的にはノエルさんを信じますが、ダメそうだったらセコンドとしてタオルを投げます」

「セコンド?」


ノエルがキョトンとした声を出すと、シャーロットも頭の上に疑問符を浮かべる。


「タオルですか……?」

「まあまあ」


不思議がる二人をリリーは適当にごまかすと、ノエルの背を押して、彼女を試合の場へと送り出した。





試合ルールは簡単。

柵に囲まれた円形の闘技場の中で試合を行い、相手が場外に逃げ出すか、負けを認めさせれば勝ちというもの。広さはおおよそ、テニスコート一面分だ。


ノエルとラルフがゆっくりとその中を歩く。中央まで来ると、二人は歩みを止めて、長剣を構え、対峙する。

そして、ホレスの合図で試合が始まった。

先陣を切ったのはノエル。ラルフの剣に切っ先を叩きつけると、そのまま押し込む。数歩下がったところで、ラルフは剣を弾き返した。


――ガキンッ。


一旦後ろに飛び、体制を立て直そうとしたノエルに、即座に距離を詰めたラルフが剣を振るう。しかし、リーチが足りず空振りに終わる。ラルフの背後に回ったノエルが剣を振れば、ラルフは重心を低くして横に飛び退く。しかし、勢いを殺せず、彼はそのまま柵に激突した。


試合を見守っていたリリーは動揺を隠せない。ラルフの様子がおかしい、弱すぎる。そう思って、キョロキョロと周囲を見回すと、観客の方からは「お話になりませんな」などといった、嘲笑の声が聞こえてくる。

ラルフを注視して観察すると、しきりに目を凝らし、瞬きを繰り返していた。

リリーは先ほどのラルフの動作を思い出す。もしかして、目に何か異変があったのかもしれない。

シャーロットも、違和感だけはリリーと同じように感じているようで、しきりに首を傾げている。


「ラルフ様、一向に見せ場がないですね」

「まずい流れだよ」


リリーは苦い顔で返す。

ノエルとしても、いつもと勝手の違うラルフに戸惑いを隠しきれずにいた。下手に攻撃されれば、体の反射で倒してしまうのだろう。ラルフを深追いはせず、何度か後ろに退いて距離を取る。

そして、両者間合いを取って立ち止まった。

ラルフは周りから飛ばされる自分への野次を聞きながら、低く笑う。


「この出来でも仕方ねえか。俺にもプライドは有るんだがな……」


彼は目を閉じ、地面に剣を突き刺した。しかし、ラルフの動向を伺っていたリリーはいち早く行動を察し、身を乗り出す。


「セコンド出動する!」

「リリー様?」


リリーは言うが早いか、フリーズしたシャーロットを置いて、柵に足をかけ中に転がり込んだ。

目指すはラルフ、ただ一点のみ。


「俺のま……」

「ちょっとまったーーーーーッッ!!」


大声と共に突然飛び込んできたリリーに、突き飛ばされて、ラルフはボーリングのピンのように弾け飛んだ。「ぐおっ」と鈍い音を出してそのまま地面に沈むラルフに目もくれず、ゆっくりとリリーは立ち上がる。

そんな、誰もが唖然とする中、真っ先に気を取り直したエリンが叫ぶ。


「公爵令嬢といえ、試合に水を差すのは無粋です。今すぐ出てください!」

「いいえ、私は止めにきたのでも、邪魔をしにきたのでもありません。リリー・エヴァグレーズ。私も参戦します」


リリーはバサリと長い髪をかきあげ、宣言を告げる。

この試合に勝った者が、とは言ったが、誰が、とは言っていない。ならばリリーにだって、参加する権利はある。

ざわめく群衆のそこかしこから「ご令嬢が何故!?」などと言った、驚きと困惑の声が上がる。ホレスも思わず席から立ち上がり、悲鳴に近い声でリリーに懇願する。


「危ないのでそこから出てください!」

「つまみ出したければ、そうしてくださいな」


しかし、彼女はつれなく答えただけだった。

そんなこと誰も出来やしない。子供だろうが、悪ふざけが過ぎようが、リリーは公爵家ご令嬢。下手に怪我でもさせたら、一族全員の首が飛ぶ。


リリーは指をくねらせて、何かを揉みしだくような卑猥な動きを見せつけると、邪悪な笑みを浮かべ、ゆっくりノエルへにじり寄る。


「私と戦いましょう、ねえ……」

「た、戦えるわけないだろう! いったい何のつもりだ、リリー嬢」

「では棄権しますか?」

「もち、ろんっ!」


ノエルは必死に頭を上下に振って、その意思を示す。すると、彼女に迫る公衆に劣情を催しかねない指の動作も、ピタリと動きを止めた。


「はーい、みなさん聞きましたね、ノエルさん棄権するそうです!」


場外の観衆へのアピールと言わんばかりに、リリーは彼らの方を向いて声を張り上げた。へなへなと膝から崩れ落ちたノエルをそのままに、今度は振り返りラルフを見る。そして、再びニンマリ口元を歪めると、一歩ずつ近づいた。

気配を察したのか、ラルフは焦点の定まらない瞳で彼女を睨みつけて唸る。


「お前、一体なんなんだ!」

「キャーーッ、コワーイ」


凄むラルフにわざとらしい声を上げたリリーは、入ってきた柵を跨いで今度は外にでた。場外の観衆に埋もれながら、彼女がひょっこりと顔を出すと、大きく叫ぶ。


「敵前逃亡させてもらいました。というわけで勝者はラルフさん!」

「は?」

「あとはよろしくお願いします!」


呆然と立ち尽くすラルフは、霞んだ目を必死に凝らし、状況を見極めようとするも、結局何も見えていないようだ。それをわかった上で、リリーは満面の笑みを見せながら、顔の横でヒラヒラと手を振った。

そして、彼女は振り返ると、今度は呆気にとられるギャラリーに対して声を張り上げた。


「文句がある人は、エヴァグレーズ公爵家へお願いしまーーす!」


リリーは気がついてしまった。不満なんて公爵家の権力で握り潰せば良いのだと。

再び謀反を起こすなら起こせばいい。それは公爵家との全面戦争だ。男爵家一族くらい捻り潰してくれるわ。


こうして、混沌と混乱の中、エストレスタ男爵家跡目争いに、表面上の終止符が打たれた。















先の騒動から四半刻後。

リリーはホレスに付き添われ、彼の邸宅の廊下を歩いていた。

目的地は、試合を終えた二人の待機する部屋。彼らの母親たちも同席しているので、実質話し合いの場だといえる。


「先ほどは肝を冷やしました……」

「ごめんなさい。ノエルさんの希望を叶えるには、ああするしか無かったのです」

「しかし、まさか妻がそんなことを……」


どうやらこの父親は、ノエルが本心から望んで騎士を目指していると思っていたようだ。

長い廊下の中程に差し掛かった時、廊下にまで響き渡る大きな声が聞こえた。エリンがノエルに激しく叱責しているようだ。遅かったか、とリリーは苦く思う。

扉を開けると、中はすでに修羅場だった。エリンに詰め寄られたノエルが、必死に噛み付いている。


「母上は私をそこまで責めて、私を憎んでおいでかッ」

「憎まれているのは私です!私がお前を女に産んだからッ、だからこれが親心です!」

「そんなの、知らないっ」

「いいから、再戦を申し込みなさいッ」

「嫌だッ私は、この結果で満足だっ!」


それを聞いたエリンは、わなわなと震え、やがてまた強く声を荒げる。


「自分の立場をわきまえなさい!!」


エリンがノエルに一歩近づき、腕を振り上げたその瞬間、ライラが二人の間に割って入る。


「罰せられるのは私です。どうかご自身の子供を傷つけるのはやめてください!」


ライラは膝を折って必死にエリンに訴えた。

その時、リリーが一歩前に出る。


「それは何への罰ですか? 男児を産んだこと? 試合で勝ってしまったこと? それとも、ラルフさんを傷つけたこと、ですか?」


ラルフさんの目に毒を盛りましたね、と言えばライラは青くなる。


「ど、どうして、それを……」

「カマをかけました、確信がなかったので」


工作を疑うならば焦りのあったエリンだが、ラルフの警戒心を考えると毒を盛れる可能性は低いだろう。

リリーの言葉に驚きを隠せない一同だったが、あの試合の様子には思い当たったようだ。沈痛な面持ちで、皆がラルフを見つめる。しかし、当の本人は「引っかかるなよ」と詰めの甘い母親に呆れ、右手で顔を覆っていた。


「何故ライラはそのようなことを……」

「万が一にも勝ってはならないと思いました」


誰に問うでもなくエリンが呟いた言葉に、ライラ自身が沈痛な面持ちで答えた。



「どうやら誤解が生じていたらしい」


ホレスが重い沈黙を破った。


「それに、どちらも可愛いと思っている。たとえノエルとラルフの性別が逆でも、それは変わらない。もしも悪く言うものがいれば対処しよう」


彼はエリンに歩み寄ると、彼女の手を取って言った。そして、ラルフの方を向くと、視線は再び彼に集まる。


「幸いラルフも良い子に育ってくれた。私は鍛えるだけしか出来なかったが、彼ならきっと良い当主になってくれる。彼が成人したら二人で旅行にでも行こう」


その言葉に感動したらしいライラも涙ぐむ。


「奥様、私も息子と微力ながらお力添えいたします」


リリーは好みで無い展開に少しだけ白けてきたが、いつも通り半分だけ開いた瞳を閉じる事もなく、ただ事態を見守る事にした。

一同の期待に満ち溢れた視線を一身に受け、ラルフは表情を引き締めると、ゆっくり口を開く。





「断る」







こうして、感動の雰囲気はぶち壊され、全員が絶句した。

ラルフは顔を俯けると急に立ち上がり、拳を強く握りしめる。


「俺だって、俺だって……っ」


震える声を出しながら、キッとラルフはノエルを睨む。ノエルはゴクリと唾を飲んだ。


「本当は、『パン屋さん』になりたかったんだッッ!」


悲痛な叫びはエストレスタ邸に大きくこだました。




ラルフ・エストレスタ。

彼は主人公《の作ったパン》に惚れて、子供の頃の《パン屋さんになるという》夢を思いだし、もう一度《パン屋になる為に》夢を目指す。

なるほど、彼もわざと負けようとしていたのか、とリリーは白い目で彼を見た。事実、「目さえ問題なければいい塩梅で負けれたのに!」と悔やんでいる。彼は二度と後継として担ぎ上げられないためにも、全力でノエルに叩き潰される必要があったのだ。

計画が漏れないように母親にすら演技を続けていたせいで、誤解が生まれてしまったらしい。


そういうところがお馬鹿なのだ。というか、主人公のことをホームベーカリーか何かだと思っていたのだろうか。それで惚れ込んでしまっていたなら失礼にも程がある。なんて内心毒づきながら、リリーは面倒な事になったと頭を抱えた。






その後、姉弟熾烈な論争が繰り広げられた。

普通の女の子になりたいノエルVSパン屋になりたいラルフ。

彼らの親たちは何も言わずに、固唾を呑んで二人を見守った。父親のホレスだけは、少し悲しそうに目を潤ませている。

しかし、お馬鹿なラルフは序盤からノエルに押されていた。


「パン屋になりたいなんて初めて聞いたぞ、その情熱は本当なのか!?」

「あー勿論、三食パンでも生きていける! パン、パン、パン、パン! それより、そっちこそどうなんだ、お前に女の子なんて似合わねーよ!!」

「なんといでも言え。私は髪を伸ばし、かわいい服を着て、恋人をつくる。そんなにパンが食べたいなら、鍛練後にパンでも食っていろ!」

「うるせーっ! そんなのな……っ、そんなの……?」


ラルフはおし黙ると、腕を組んで考え込んだ。ノエルはハアハアと肩で息をしながら、彼の行動を訝しむ。

突如、彗星のごとくキラキラとラルフは目を輝かせると、彼女の手を握り、真剣な顔で見つめた。


「そんなの……お前、天才かよ!」


その瞬間ピシッと石化したように、白目をむいたままノエルは動きを止める。


「腹減るから無限にパンを食えるじゃねーか! やっべえ!!」


ラルフはノエルの様子などお構いなしに、彼女の手を握ったまま、上下にそれを何度も振った。全てがラルフのペースに巻き込まれていく。

ホレスは口を真一文字に結ぶと、遂に一筋の涙を流した。決して喜びではないそれを見て、ライラは申し訳なさそうに顔を伏せ、エリンはどう接していいのか分からず、オロオロと狼狽しながら二人の顔を交互に見つめている。

かくして、パンを食べたくて、パン屋になることを夢見た少年は、パンを沢山食べるために騎士になることを決めた。


「やっぱり、なんか違う。噛み合ってない……」


リリーは力なく壁に手をつく。

そして彼女は目を閉じて、いつかのシャーロットと同じように考えるのをやめた。


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