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0000覚醒




『助……て……』



“私”という意識が芽生える前、それは何かを願っていた。



『助け、て……』



『アルフレッドを助けて……っ!!』


しかし、彼女がその意味を理解するより早く、胸の鈍痛に顔を歪める。

ぐるりと視野が回転し、頰から地面に叩きつけられ、栗色の前髪がパサリと視界を覆い隠した。


「あぐっ……かはっ」


ヒューヒューと細く息を吐き、目線を上げると少年の顔が泣きそうに歪む。拳は細かく震え、しきりに「ごめんなさい」と繰り返す。

柔らかそうな金髪に、透き通った青い瞳、気弱そうなその顔はとても、人を殴れるようには見えなかった。


「あーあ、イマイチだな。次はもっと強く殴れ、アルフレッド」

「こ、これで許してください兄上……罰なら僕が受けます。だからこれ以上リリーは」

「コイツが婚約者様の命令を聞けない、って言うからだろ?」


アルフレッドと呼ばれた少年の背中から、同じような顔立ちの大柄の少年がケタケタと笑いながら顔を覗かせると、少女は全てを理解した。ああ、そう言う事か、と。

自身の記憶と理解が急速に追いついてくる。


大柄な方の少年は、エゼルバルド・ウェセックス・オブ・アルレガリア。

アルレガリア王国、第一王子である。


両親に愛されなかったため、愛し方が分からないことに思い悩む男。リリー・エヴァグレーズ公爵令嬢の婚約者にして、ゲーム『ハイラント学園ラブストーリズ』に出てくる攻略対象者のイケメン王子、13歳の姿だ。


何の因果か、自分はゲームの世界に転生してしまったらしい。しかし、この状況は、彼女にとって納得できるものではなかった。


『ハイラント学園ラブストーリズ』はいわゆる普通の乙女ゲームだ。多少、難のある性格や、問題のある人物はいるものの、攻略対象者にDV野郎は存在しない。主人公と対立する悪役令嬢の嫌がらせは、過激かもしれないけれど。

そこまで考えて彼女は少し自嘲した。まさか自身がその悪役令嬢、リリー・エヴァグレーズ本人になってしまうとは。



ゲームでの彼女の設定はこうだ。

四方を海に囲まれたアルレガリア王国、その最北部に広がる、エヴァグレーズ公爵領。領土は広いものの、実益の多い土地では無かったが、領内に巨大な金鉱床が発見されたことで事態は一変する。

莫大な富を手に入れたエヴァグレーズ公爵家は、どんどん力をつけ始めた。王家は第一王子エゼルバルドとの婚約を首輪にして、公爵家を制御しなくてはならなくなってしまったのだ。

こんな理由で、リリーはエゼルバルドの婚約者、次期王妃としての立場を手に入れ、元々持っていた公爵令嬢の地位と合わせて、他者に権威を振りかざして育つ。

そして、ハイラント学園に入園するころには、エゼルバルドと主人公の仲に腹を立て、いじめ抜く悪役令嬢となってしまう。


最終的には、真実の愛に目覚めたエゼルバルドに婚約破棄され、今までの悪行を晒されたリリーは処刑。

エヴァグレーズ公爵家も、領内の金鉱山を没収となり、それと重なった冷害によって、完膚なきまで没落してしまうというものだ。


しかしゲーム設定にない行為、エゼルバルドの暴力は、リリーとの婚約が決まった時から始まった。リリーが直接的に殴られた事は無かったが、言葉での暴力、殴る仕草をしたり、大声で怒鳴られるなどといった行為が日常的に行われることとなった。

弟であるアルフレッドに至っては、より酷いもので殴る蹴るは当然の事、まるでリリーへの見せしめの様に暴力を振るわれている。


おかしいな、エゼルバルドはそんなキャラじゃ無かったのに、とリリーはわずかに首を傾げる。


主人公のいじめを止める側であって、いじめる側では無いエゼルバルドがこんな事をする理由がわからない。その上アルフレッド、彼はゲームに存在しないキャラクターだ。

彼女が持つ『リリー』としての記憶において彼は、11歳のアルレガリア王国第二王子、アルフレッド・ブレトワルダ・オブ・アルレガリア。

リリーと同い年の彼が、ゲームの舞台であるハイラント学園に入学しないことはありえないだろう。しかし、実際に彼はゲームにおいて、兄である第一王子エゼルバルドのプロフィールにすら存在しない。

エゼルバルドのプロフィール欄には第一王子との記載があるので、第二、第三の王子がいても文句を付けられない、のではあるが。


この世界は、何故かゲームの設定と似ているようで、全く噛み合っていない。


「いつまで這いつくばってる気だよ。早く立てっ!」


エゼルバルドが床に倒れこんだまま、別の意味で呻いていたリリーを見下ろす。

ゲーム画面で笑いかける王子様の面影を残しながら、彼の性格は全く別物だった。

ふう、とため息をついて、リリーはゆっくりと身を起こす。常日頃、目の半分を覆っている瞼から覗く、灰色の瞳で彼を睨みつける。

2歳分の身長差は、子供にとって脅威なのだろうなと、どこか他人事のようにリリーは考えた。


「なんだ、まだ反抗する気か?」

「当然でしょ、妹を虐めろなんて命令聞けるはずがない」


突如反抗的になったリリーを訝しんだのか、エゼルバルドは頰をヒクリと動かして、やっぱりまだ躾が足りないみたいだな、と薄ら寒く笑う。

今まで従順だったリリーは、今日初めてエゼルバルドの命令に逆らった。

4歳になったばかりの妹アメリアを自宅で虐待しろ。恐怖で支配されたリリーも、その命令だけは拒否をした。

それで彼は、弟のアルフレッドに無理矢理、リリーを殴らせたのだ。お前が殴らなければ、俺が殴る、と彼に持ちかけて。


それで、自身が助ける様に願ったのはアメリアでなくアルフレッドだったのは同族意識だったのかしら、と記憶が覚醒する前のリリーに問いかけるも、当然のごとく返事はなかった。


「アルフレッドもう一発だ。前より強く殴れ」

「お願い、です……もう、やめてください……」


エゼルバルドとアルフレッドのやりとりを横目に、リリーはフン、と口を尖らせる。


「殴りたいなら自分で殴ればいいじゃない。どうして直接殴らないの?」


その言葉にエゼルバルドは顔を顰め、アルフレッドは真っ青な顔で、なんて事を言うのだ、と訴えるように絶句した。

それにかまわず、リリーはアッケラカンとして言葉を続ける。


「だってあなた殴れないでしょ。私は公爵令嬢よ、そんな事をしたら家同士の問題になってしまう」


王家と公爵家の力関係では負けてしまうが、横暴に対して全て黙殺する事など絶対にない。娘が王子に殴られたと言い、痣などが出来た日にはそれこそ一大事である。だからこそ、エゼルバルドは今まで決してリリーを殴らなかったのだろう。

彼女を支配する為、様々な方法を取ったが肉体に危害は加えられなかった。アルフレッドに暴行を加えるパフォーマンスを行ったのも、殴らない代わりにリリーへ恐怖を植え付けるためだ。


「だから、わざわざ弟殿下に殴らせたのでしょう。自分の逃げ道を用意する為に」


「どう?」とリリーが笑えば、エゼルバルドは真っ赤になって、唇を噛んだ。

頭に血が上りすぎてしまったらしく、彼は何も言えず怒りに震えながら拳だけをキツく握りしめている。

あと少し。リリーは確信した。理性を失って殴りかかってきたら人を呼ぶ。それで、勝てる。

元々リリーが周りに助けを求めていれば、こうまでならず済んだ話なのだ。


しかし、予想に反してエゼルバルドはアルフレッドに掴みかかると、リリーの体めがけて彼を投げつけ、そして大声を上げる。



「誰か助けてッ!!! アルフレッドが俺の婚約者を殴ったッッ!!」



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