酷しき過去
―――それは、今から丁度三年前―――
当時、貴族が住む通りではある病気が頻繁に確認されていた。
あらゆる病気の最先端予防をしていた貴族だからこそ罹ってしまう原因不明の不治の病。
罹ってしまったら最後、ただ祈りを捧げることしか出来ない。
「お母様!どうしたの?ずーっと本ばかり読んで」
当時グルニエール家のお嬢様として世間に知れ渡っていたその少女、リリアン・ミールニス・グルニエールは母リーブ・マフィー・グルニエールの余りの読書時間の長さに驚いた。
母はもっと驚いた。
「あら、まあ。貴女が私のことお母様って呼ぶなんて!私今日やっと貴女のことをお嬢様って思えたわ」
何時もなら―――
『母さん!!何やってんの!?本ばっかりーぃ。あたし暇なんだけど何すればいいかなーあ。』
上流貴族の娘でもあるのに酷いものである。
リリアンは何かを思い出して椅子から立ち上がった。
「あのねお母様、聞いて!私考えたのよ、こんな頭で!
実は・・・私ってお嬢様ってヤツでしょ?だから・・・このままじゃいけないって思ったわけ!
だから私もお母様を目標にして、貴族っぽいモノ、チャレンジしてみよっかなーということよ!
そしてまずはお母様を見習って私も本!読むことにするから、ヨロシク!!!」
リリアンはここらでは誰もやらないガッツポーズをやってのけた。
「ええ、有難うリリアン。貴女の気持ちは十分理解できたわ。でも私は今病気について調べているのだけれど、貴女分かるかしら?」
リリアンは表情を一変させた。
「それって、あのエルエム病?」
「・・・・・・ええ。この付近も、どうやら一人感染してしまったらしいわ」
「お母様は医療の勉強、してたのよね?」
「ええ、だからこの病気の恐ろしさが感じ取れたの。だって私が勉強していた中でこの病気は全く聞いたこと無かったもの」
「ふうん。じゃあ、治らないの?」
夫人はため息をついた。
「今のところはね。王城ではいま特効薬を開発してるって聞いたけれど余り進展した様子は見られないし」
「・・・そっかあ」
夫人は何処か悲しそうにしているリリアンをみて尋ねた。
「リリアンは病気、恐い?」
リリアンは顔を上げると首を横に振った。
「ううん。だって私にはお母様がついてるもん!」
夫人は笑った。こんな笑い方はきっと家族にしかしないだろう。
「ありがとう、リリアン。元気が出たわ。さあ、お母さんはもう少し本を読んでいるから、貴女はあちらの本棚から好きな本を抜いてお読みなさい。
お昼までね」
「うん、分かったー」
リリアンは立ち上がると本棚へと歩き出した。
リリアンは、いつもこんな感じ。
何か思い出したとおもえばすぐに口に出して伝えるし、
何か思いつけばすぐに取り寄せたり、考え込んだり。
自由なのだ。
お嬢様だからって何よ!―――それが何時もリリアンの口癖だった。
でも、何時も真っ先に考えるのは、何時も同じこと。
それは、この先もずっと変わらないものだと、夫人は思っている。
リリアンがこの世から解き放たれた後も、それは続くのだと。
リリアンに忍び寄る病魔は、あと一歩という所まで来ていた。
あの時から二ヵ月後・・・
刻一刻と、迫る。
しかし、だれも気づけなかった。
あの日、あの時間、そしてあの瞬間を後になって気づき、そして悔いたのは夫人自身。
もう、時は戻らない―――
「おかーあさん。何してるの?」
木陰でずっとレース編みをしていた夫人は、娘の声に手を止めた。
「あら、リリアン。お父様と狩に行っていたんじゃなくて?」
「もう終わったの。今日は沢山の小鹿の群れを見つけてね、凄く可愛かったわ。あれを見たらとても狩だなんて出来なかったの」
「そう、良かったわね。もう小鹿が居るのね」
「ええ」
リリアンは母の横に腰を下ろした。
「お母さん・・・私ね、お母さんのこと大好きだよ。
お父さんも、侍女さんもコックさんもね」
リリアンは笑っていた。
「ありがとう、リリアン。その言葉が何より嬉しいわ」
夫人は微笑んだ。
そして、気づいた。
何か、おかしい。
夫人は直感で読み取った。
何処?何処がおかしい―――?
夫人は娘をよく見据えた。
リリアンはいつも通り。
侍女が編みこんだ豊かな髪に蒼い綺麗な瞳。
お気に入りの向日葵色のドレスに身を包んだ令嬢。
―――に、見えた。
―――やっぱり気のせいかしら・・・
夫人は笑顔を取り繕ってキョトンとするリリアンを抱きしめた。
「いい?リリアン。何かあったら直ぐに私やお父様や侍女たちに言うのよ?」
リリアンは突然変わる母の表情にドギマギしながらも、笑顔になった。
「・・・うん。」
この時、夫人は気づかなかった。
リリアンの笑顔に、病魔が忍んでいる事を。
ここらはちょっと暗いです。