思い描く幸せへの導
いっそ短い命なら、ふわりと消えてしまった方がよかった。
儚い命の灯火なんて、いらない。
欲しいのは、たった一人の少女だけ。
そう、あの頃の少女さえ居てくれれば、命さえ尽きてしまってもいいと思えた。
「………?」
ミーフェは、囁きが良く響く石造りの地下牢で目を覚ました。
すると突然鋭い痛みが頭を襲う。
「……………!」
喉が切り取られたように、声が出せない。
ミーフェは霞む視界の隅で、睡眠薬の瓶を持って駆けて来る一人の女を見た、気がした。
そこからはまた深い眠りにつき、やがて自分が目覚めた事すら記憶に無いまま瞼を下ろした。
眠ると頭痛が和らいだ。ミーフェは眠ることが記憶に残らないまま、ただ眠り続けた。
あの時口に出したかった言葉が何だったのかも忘れ、全て遠い谷底に投げ出してしまったことも知らずに。
王城を急いで飛び出し、数分馬車で緩やかな坂を降りたところにあの大監獄はあった。
エリーは馬車から跳ね降りると、バースと城を出た理由を説明した騎士団員を引き連れて、門衛が居ない監獄へ足を踏み入れた。
「なんて所だ!ここは国営のはずなのに…よくミーフェさんを預ける気になったな」
騎士団の一人が呻いて言った。
そこは、入った瞬間に視界が奪われる、暗黒の世界だった。
石畳床や壁にはもう何年前に死んだか分からないほどの死体や白骨死体がもたれ掛けられて、この場の空気をより一層冷たく残忍なものにしていた。
そして、その上をただの床のように歩いている、目が落ち窪んだ百人程度の地下住人の黒い影が、バースの持ったランプに照らされる。
「こんな所だったなんて、知らなかった…」
流石にエリーも口元を覆った。
バースは、青白い顔で口を結び、ランプを掲げた。
「こっちだ。こっちは役人用の特別応対室があるから、こっちで間違いない」
バースはエリーを引っ張り、早々にその場を立ち去ろうと目を向けた方向に足を踏み出そうとした。
「待てよ。お前ら何者だ?ここに何の用があって来た」
野太くしゃがれた声は、騎士団の者ではなかった。
「私達は最近ここに連れ込まれたある少女の開放を目的としてここへ来た。通してもらいたい」
バースも負けじと声を張り上げる。
しかし、話を聞きつけた他の住人が大勢現れ、エリーたちは完全に囲まれてしまった。
「くそっ!なんてこったい、これからミーフェちゃんとこ行くんだぞ。お前ら除けよ!」
騎士の一人が近づいてくる人に吼えた。
その間にも、地下住人の群れは周りに群がり、完全に振り切れなくなっていた。
「よっし、隊長!エリーちゃんを連れて先に行って下さい!俺らはここでこいつら叩きのめしますから」
「お前達に借りが出来たな。すまない、では―――」
隊長のバースはエリーを連れて他の騎士が切りつけた住人達の隙間を通り、特別応対室がある長い廊下を走り出した。
「バースさん、あの人たち大丈夫かしら…地下の人たちは数えきれないほど居たのよ」
エリーは走りながらバースに問いかけた。
バースは久しぶりの笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ。あいつらはああ見えて結構強いから、何とかなる。問題は、こっちの方だよ」
「?もう敵はいませんよ」
小首を傾げるエリーとは裏腹に、バースはまた険しい表情になる。
「ミーフェは今牢獄の中だ。だとしたら、助け出すためには鍵が要る。それがどこにあるのか私達には分からないんだ」
「……そうだわ!鍵がいるんだ……」
エリーはその時初めて気づいた。
エリーにも鍵の場所に全く見当がつかなかった。
「どうしよう……」
顔には悔しさが広がる。腕の傷がズキズキと痛んだ。
「とりあえずミーフェの元へ向かおう。もうすぐ着くだろう」
バースはエリーの肩を叩いて優しく言ってくれた。
エリーは無表情で頷いた。
体中が痛い。きっと石畳に直に寝転んでいるせいだろう。
瞼の重みは今は気にならなかったが、もう眠りというものに飽きてきた。
≪うー…もう起きたいけど体痛いしー、どうせ起きたって暇だしなぁ≫
ミーフェは眠りながら頭を動かしていた。
起きた所で目に映るのはただ只管続いていそうな長い廊下と暗い世界のみ。
これでは起きる理由も無い。起きても空腹に気づくだけだろう。
ということで、ミーフェは眠っている間思案に熱中していた。
滅多にしていなかったので自分で関心していたのも束の間、もういい加減に鈍った体を動かしたかった。
≪う〜ん。やっぱ起きるべきかなーでも別に誰も居ないから寂しいに決まってるしぃ。もうやだ!≫
ミーフェは勢い余って大きく寝返りをした。しかしそれは自分が指示した動作ではない。
≪!?まさか…≫
体が思うように動かない。
あの睡眠薬のおかげなのか?
≪やばい…こりゃぁ相当やばいぞ!どうしようどうしようどうしようエリー!!助けて!≫
思いの果てで思想して、気づいた。
ああ、そっか。エリーは隣に居ないんだ…
ミーフェは急に体をとてつもない孤独感が通り抜けて行ったような気がした。
そう、通り抜けたのだ。もうミーフェの体にも心の中にも孤独という感情はない。
≪よーし、行くわよ!睡眠薬が何よ!こんな殻一息で破壊してやるわ☆≫
ミーフェは一人眠りに立ち向かおうと立ち上がった。