花の思いは城を超えて
エリーはミーフェの元へ向かうと決めた後、そのための準備を始めた。
まず適等な大きさの飾り布のはぎれや服を作るときに余った布地をセトに持ってこさせ、その時一緒に針と糸を貸してもらった。
「お嬢様、何を縫うのですか?」
セトの興味津々な質問に、エリーは笑って答えた。
「この端切れを縫い合わせて、バッグを作ろうと思うの。ここには私が持っていける入れ物が無いし、いかにも手作りのものなら、私が王妃となるもののだなんて分からないわ。分からない方が好都合なのよ」
「そうですか。では、このサファイアブルーの布は?」
今度は大きく無造作に広げられた布を指した。
「ああ、それね。それは、頭巾にするの。私の計画だと、どうしても頭巾がいるって思ったのよ。」
セトは興味深く頷きながら、エリーに質問した。
「失礼ながら、どのような計画かお聞きしても宜しいでしょうか?」
エリーは頷いた。この計画を思いついたときからセトには言うつもりだったのだ。
エリーが話し出した。
「まず、私はごみ捨て係のおばあさんの姿に変装するの。ほら、いつも庭のベンチで蹲ってる頭巾をかぶった人よ。
で、そこから城で出たごみを積んだ馬車を引いて、裏門を出ちゃうって訳!そうすると後々必要になる馬も手に入るし、ごみに紛れて生活用品や食べ物を積んでおけばいいのよ♪どう?この計画!完璧じゃないかしら?」
「まあ、素敵ですわ!流石お嬢様!ですから頭巾を・・・」
セトは感嘆した様子で手を合わせて喜んだ。
エリーも笑った。そのせいで針が指に思いっきり刺さっていたのにも気づかなかった。
そしてエリーは左腕を庇いながらも、まもなく端切れを縫い合わせた肩にかけるショルダータイプのバッグを自分で作り上げた。
セトは、時々紅茶を入れてくれたりして、見守っていた。
その後もエリーの手は動き続け、そしてとうとうサファイアブルー色の頭巾までも完成させたのだった。
ふふん・・・元下町暮らしの令嬢舐めんなよ!
とエリーは心の中で呟いた。
「やった・・・!出来たわ!!これでミーフェを迎えにいける!!ミーフェに会えるのね・・・」
エリーの心は、喜びでいっぱいだった。呟きを除いては。
セトも感嘆していた。
「凄いですわお嬢様!!これで少なくとも明日の朝には出発できますわね!」
「うん、やったわ!」
そしてエリーは、その出来上がったばかりの二つを丁寧に蓋付きバスケットに仕舞いこみ、夕食のサンドウィッチを食べた。
夜が更け月が真上へ上るのを見届けると、エリーとセトは塔の地下にあった暗闇の貯蔵庫に忍び込み、大きなバスケット五つにありったけの食べ物を詰め込んだ。
その貯蔵庫は緊急時用のものだったので、誰かに見られる心配も無く、食べ物がなくなった事も気づかれないのだ。
最後の食べ物・・・ベーコンの塊や小麦の粉を袋ごと入れた後、二人はまた最上階に続く階段を上り、あのもう一つのバスケットとまとめてエリーのベッドの下に隠した。
計画の詳細を事細かに決め、最後に明日に着るためのおばあさんようの服をセトに借り、馬車に積み込む毛布やエリー自身の服、装飾品が容れられた小さな箱などをクローゼットに詰め込んだ。
装飾品とエリーの服は、いずれサラ王と会ったときに必要になるからだと、セトが準備してくれたものだ。
「もう明日には、出発するおつもりですか?」
セトが寝る前のココアをエリーに渡しながら聞いた。
「そうね、できるだけ早い方がいいと思うわ。それに明日はゴミだしの日。条件も揃ってるのよ。行くなら明日しかないわ。」
エリーはココアを受け取るなりそう答えた。
「そうですか・・・では、お気をつけて。お嬢様がミーフェ様と出会えますよう、私はここで祈っておりますわ。」
セトは優しく言ってくれた。
「ありがとう。じゃあ、お休み、セト・・・」
エリーは瞼を閉じた。
次の日・・・
エリーは夢を見るまもなく目を覚ました。
エリーが目覚めたときにはまだ太陽は上っておらず、薄暗かった。
水差しから冷たく冷えた水をついで飲み、着替えると、計画を再確認した。
緊張感と期待感と不安で、胸が締め付けられているようだった。
セトはまだ夜が明けていないからか、姿が無く、エリーは酷く心細かった。
「ミーフェに会えるよね、きっと・・・そうよ!」
エリーは椅子から立ち上がり、やっと上り始めた太陽に笑顔を見せた。
エリーは、完全に目覚めた。
そこからの行動は、気づかれれば大事になるものだった。
エリーはまず、ゴミだしのおばあさんにお茶会があると嘘をつき、王城内のエリーの塔四階に連れて行った。
そこにはエリーの計画を打ち明けられた数人の侍女が婦人のフリをして待機しており、おばあさんをそこに放り込んだ。
そして変装したエリーは、物が入った数個のバスケットをゴミ入れ用の紙袋に入れて何度も塔を往復し、おばあさんが運ぶ予定だった馬車の薄木の敷かれた簡素な荷台にゴミに隠してのせた。
・・・よし、計画の最終過程へ突入よ!
エリーは心の中でそう叫ぶと、腰を曲げ、いかにもおばあさんを真似ながら馬車に乗って二頭の馬の手綱を持った。
その時、一人の侍女がやって来た。
セトだ。
「おばあさん、大丈夫ですか?」
セトは出来るだけ大きな声でそういいながら、エリーにそっと手紙と小さな紙袋を渡した。
セトが小さく呟いた。
「これは、関所を通るときの旅券と、腕に巻く包帯です。消毒液なども入ってますからね、気をつけて・・・」
エリーはおばあさんのように腰をさらに曲げ、ふかくお辞儀をすると、呟いた。
「・・・ありがとう。行ってくるね、おばあさんは任せたわ、セト・・・」
エリーの呟きに微笑んだセトは、馬車から離れ、王城の裏門の護衛兵に声をかけた。
「今からゴミだしの馬車が通ります。門をお開けください。」
エリーはゆっくりと、時間をかけて、なるべくあのおばあさんのように振舞いながら、馬車を進み、門を通り抜けた。
護衛の一人が挨拶した。
「いっつも大変だねえおばあちゃん、頑張れよ!」
エリーは出来る限りのかすれ声でかえした。
「ありがとうね、行ってくるよ」
こうして、エリーは王城を脱走・・・ではなく、抜け出したのだ。
ミーフェに、会いに行くために。
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