傷ついた蕾は雫を振り切る
「どうして、こんなことに・・・もし、リリアンのようになってしまっていたらと思うと・・・」
夫人が遠くで頭を抱えて嘆いているのが見える。
公爵は黙って夫人の手を握った。
エリーは、ゆっくり瞬きをした。
私、矢を射られたのね・・・
ここは天国じゃないし、きっと私は生きてる・・・良かった・・・。
エリーは、じんじんと響くように痛む左腕を見た。
腕は包帯でぐるぐる巻きにされていたけれど、ところどころ血のような模様が見えた。
その痛々しい傷を見ていると痛みが増しそうだと思えたので、目を背け、今度は自分が寝ているこの部屋を見渡して見た。
部屋は白を基調とした明るい部屋で、ところどころに花瓶に生けた花が飾ってあった。
部屋の大きさはエリーの部屋を半分にしたくらいの大きさで、部屋は円形に造られていた。
円形の部屋?
ここって・・・何処なの?
エリーは窓の外に目を向けた。
しかし、ベッドから見上げているということもあってか、空しか見えない。
ここ、高いところなのかな・・・
エリーがよいしょと、重い腰を持ち上げて起き上がった瞬間、夫人が駆け寄ってきた。
「エリー!!ああ、目が覚めたのね?よかったわ・・・!」
夫人は駆け寄ってエリーを抱きしめた。
すぐ後から公爵も駆け寄って、エリーに安堵の笑いを向けた。
「エリー、大丈夫か?腕は痛むかい?」
エリーは頷いた。
「少しだけ、痛いわ。それで・・・」
公爵はエリーの言おうとした言葉を引き継いだ。
「エリー、君はカルビナ帝国のスパイに矢を射られたんだ。ミーフェがエリーが倒れたのを見たとき、すぐさま走って捕まえてくれた・・・いつものミーフェとは違ってとても怒っていたよ」
「そうだったの・・・ミーフェが捕まえてくれたのね。よかったわ。怪我はしてない?」
エリーはミーフェの姿を探した。
夫人が答えた。
「あの時いた護衛兵の中で、ミーフェより強いものはいないでしょう。ミーフェは怪我をするまもなく捕まえたのよ。もうすぐここに来るはずよ」
エリーは、ほっと胸を撫で下ろした。
「それでここは?」
「ここは王宮の中、ラントランス塔だ。王宮で一番高い塔だよ。」
「そうだったんだ・・・ここはもう王宮なんだ・・・」
こんな形で王宮に着いてしまった・・・なんというか、不思議な感じがする。
ここは塔だったのか・・・だから円形なのかな。
・・・あの時矢を放ったのはカルビナ帝国のスパイ。
カルビナ帝国って確かヴィアナ王国とはメテンス国をはさんだ所にある大帝国よね・・・もともと戦争を好む国なんだってお母様が教えてくれた。
じゃあ、ヴィアナにスパイを送り込んだということは、もしかして戦争を・・・?
エリーがうとうと考えていると、夫人が心配して、薬湯を持ってきた。
「エリー、これ飲んでおきなさい。」
エリーはそれを見たとき、急に喉が渇いた。いや、気づいていなかっただけかもしれない。
「ありがとう、お母様。心配かけてごめんね。」
夫人は、何かエリーの世話をしていないと気がおさまらないようで、今度は麦のパンと薄味のスープを盆にのせてやって来た。
「ちょっとでも何か食べておかないと・・・さあ、食べれる?」
「うん。ねえお母様・・・」
エリーは盆をベッドの隣の小さいテーブルに置いてパンを齧ると、夫人に聞いた。
「なあに?」
「結婚式は、いつなの?」
エリーの率直は問いに夫人は考え込んだ。
「予定だと二週間後なのだけれど、エリーの腕がそれまでに治るかどうかは分からないから、まだ決まってないわ。
でもきっと、ヨーアンはエリーのことを考えて、少し遅らせるわね。」
「そう・・・遅れるんだ。私のせいで・・・」
エリーは俯いて答えた。
自分が、あのときスパイの矢を避けれたら・・・ちょっとは変わってたのかな。
でも、矢なんて避けたことないもの・・・
どうすれば、良かったの?
「私の・・・・せ・・で・・・王様に・・・迷惑、かけて・・・」
エリーはそのまま蹲って、泣いた。
自分は、なんの力もないのか。
自分ひとり、守る力さえも。
そう思うと、涙が堪えきれずに、頬を伝った。
「う・・・・ごめんなさい・・・たしの、せいで・・・!」
私のせいだ。
私が、もっとしっかりしていれば、こんなこと起きなかったのに。
ミーフェにもお母様にも王様にもお父様にも心配されずに、すんだのに。
ミーフェだって怒らなくて。
結婚式だって・・・・・・・遅れなくてすむのに・・・。
私、ミーフェに顔向けできないよ・・・
「・・・エリー、自分を責めては駄目。悪いのは、あなたではなくカルビナ帝国のスパイよ、そうでしょう?あなたは今、休養をとって怪我を治すことを一番に考えて。」
エリーの泣き声を耳に聞き入れた夫人は、エリーの艶やかな髪を撫でながら優しく言ってくれた。
公爵も夫人の向かい側に座ってエリーに笑いかけた。
「エリーは本当に優しい。だからときに、皆に迷惑や心配をされていないか不安になってしまうことがあるんだ。
だから、せめて怪我を治す間だけでも、皆に甘えてみてごらん。気が楽になるからね。」
エリーは二人を交互に見て、笑いながら泣いた。
「ふふ・・・・・あ、ありがとう、お母様、お父様・・・。」
エリーは涙を拭って、急に盆からまたパンとスープをとって食べ始めた。
スープとパンは、まだほんのり温かくて、美味しかった。
暫くして、夫人と公爵は騎士長との用事でエリーの元を離れた。
「ミーフェ、まだかな・・・」
エリーは食後の薬湯を口に含ませながら呟いた。
すると、エリーの寝ている部屋のドアがゆっくり開き、ひとり人が入室してきた。
エリーは顔を輝かせてその方を見た。
「ミーフェ、待ちくたび―――・・・」
途中で、ミーフェではないことに気づいて、声が止まった。
入り口に花束を持って立っていたのは、エリーの専属騎士ではなく、王だった。
今回の話は、ハリー・ポッターのヘドウィグのテーマを思い出しながら書きました。
あ、でも話とはあんまり関係してないかも・・・。