8話 誰?
一方、ユウトの方は、レギンに渡された地図をもとに宿に向かっていた。
ズボンのポケットに入れていた懐中時計を取り出し、蓋を開いて時間を見たところ6時過ぎだった。
だが、それでも外の景色はまだ少し明かった。
それに、気温は暖かく、カラッとした空気、周りの人たちの半分以上が半袖の衣服を着ていた。
このことから日本でいう夏の季節なんだろうなと考えながら歩いていた。
これでエレン達が長期休暇だということが何となくわかる。
ユウトは知る由もないがクイーン・ハート領から王都までは馬車で3日かかるので誰でも分かることだった。
夏特有の生暖かい風が時より頬になびく。
見渡して見ると、周りはいろんな人たちがまだ活発に活動している。
いや、ここからもっと忙しくなるのだろう。
夕食のための材料を買いに来る人や外食に行く人たちがほとんどがこれから増えてくるからだ。
そのためか屋台の漂った匂いを嗅いで自分も途中で小腹が減ってしまい、焼き鳥屋のような店で三本のタレのかかった肉を頼んだ。
注文をしてお店の人に代金を支払い、雑談でこの肉は何で出来ているかを聞いた。
ランクEのブラックバードという魔物の肉だそうだ。
体毛が黒で覆われていて体長50cmで力は強くないがそれなりにすばしっこいのが特徴。
この近くで多く生息していて、Eランクなこともあり狩やすく、冒険者が毎日のように倒すので一般家庭でも買いやすい値段でいてとても美味しい食材だそうだ。
人生初の魔物の肉なのもあり少し身構えて、手に握っている肉と睨めっこしていた。
だが、焼きとりから発せられる匂いの誘惑に負けてしまい一口食べた。
「………っ」
声にならないくらいの美味さだった。
すばしっこいということで脚が発達していたのだろう。ももの肉の焼きとりがオススメと店の人が言っていたが当たりだったようだ。
高級鳥とはいかないものの上質の肉、そして柔らかく肉汁とタレとの絡みがとても素晴らしかった。
そのまま手持ちの三本を平らげて五本買い足した。
本当はもっと買いたかったが宿でも食べたいので五本にとどめた。
その場で二本を食べて、いらなくなった串をゴミ箱に捨て残った三本を持って道で擦れ違う人にソースを付けないように気をつけて宿へと向かう。
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それから目的地に着いた。
「ここが、紅の大鳥亭か」
予想はいい意味で裏切られた。自分はもっと古びた宿、石造りの石材をメインにした建物だと予想していたが、ちゃんとした木造建設で見た目もとても綺麗で
、宿というより貴族の屋敷のような大きな建物だった。
それもそのはず、ここは上級冒険者や金持ちの商人が多く宿泊する宿だからこのくらいは当たり前だ。
大きくて重厚そうな扉を開くとフロントのようなものに一人の女性がいた。
その女性の格好、身なりを見てユウトは自分は間違った目的地に着いたと思い、そのまま扉を閉めて宿の看板が見えるところまで移動する。
よくよく考えてみれば宿の大きさなどに目を奪われ本当にそこが目的地だと確認するの忘れていた。
だが、看板を見て再度目をこすって確認してみてもレギンに紹介された宿の名前だった。
確認できたところでふたたび扉を開き今度はフロントの女性の前まで来た。
ところでなぜ僕がこのような行動をとったか説明しよう。
理由は今目の前にいるフロントの女性だ。
目の前の女性は、髪はルビーレッドのロングで毛先にパーマをかけたような感じで、栗色の目をしていた。
黒のレディースのベストのようなものをワイシャツの上に着ていて、僕が知っているホテルの従業員の女性のというより女性のバーテンダーのような格好だ。
でもここからが問題で、ベストのボタンは閉めず、下に着ていたワイシャツのボタンを第三ボタンまで開けていてたわわに実った胸が溢れそうだった。
不謹慎なことを言うかもしれないが今まで出会った中で一番大きい。
何が大きいかはみなまで言わずともわかるだろう。
これが理由。この女性を見た瞬間、自分は間違った、如何わしい場所に来てしまったのでは無いかと焦ったからだ。
確かに今は暑い夏だがこの部屋というかこの場所は外に比べて涼しい、原理は分からないが冷房のようなもので涼しくしているのだろう。だからシャツのボタンを開ける必要は無いと思うんだが。
そうこう考えを巡らせている間にその問題の女性が話しかけてきた。
「ようこそ、紅の大鳥亭へ」
彼女は両手を組んだ状態で机から身を乗り出し、値踏みするような目でユウトを見る。
身を乗り出したせいか、腕の上にある胸が今までよりも強調されていて誘っているように見える。
やばいってそんな態勢だと前向けないじゃん。
ユウトは胸を直視しないように目線を左にズラしていた。
そしてそんなユウトを値踏みしていた表情から少し微笑み、目が急に色っぽくなった。
なぜ、目が変わったのかは、自分がウブな反応をしていたことを可愛く思った彼女が思わずにやけてしまったと思いたい。肉食系女子で僕のことを食べたいなんて思われたら困る。
だから、彼女の目の色が変わったことは見なかったことにし、ユウトはその前の彼女の値踏みした仕草の理由を考えた。
察するに、自分が着ている村人丸出しの服装で、ここの宿のお金を出せるか危ぶまれていると思い、この宿の金額を聞いた。
「あの、この宿は一泊おいくらなんですか」
「一人部屋なら朝食込みで大銀貨5枚よ」
高っ!日本円で50万円。
でも確かにここは日本でもなければ地球でもない。
こんな高級なところじゃこれが相場なんだろう。
「では、10日ほどお願いします」
そう言い、ユウトは金貨5枚を袋から取り出し彼女の手元に出した。
あとは部屋の鍵を貰いフロントの左にある階段を上って部屋に行くだけなんだが彼女は机に両手を乗せた状態から左腕に体重を乗せ、僕が手元に置いた金貨を右手の指三本を使い、金貨を三枚ずつユウトの前までコインをスライドさせ合計9枚をユウトの前に置いた。
「本当は、一泊大銀貨1枚よ」
彼女はしめしめと言った表情でユウトに言う。
「こうやってぼったくられることがあるから気をつけなさい。大人は汚いんだから」
今度は悪巧みの表情から一変して、世話焼きのお姉さんの顔になった。
確かに、平和な日本で過ごしていた弊害かこういったぼったくりはなかったから油断していた。
でもなぜ彼女は本当のことを言ったのだろうか。
言わなければ、金貨9枚およそ900万円の取り分があったのに。
「なんでわざわざこんなことを?」
「だってあなた、隙だらけだったもの」
この隙は、戦闘での隙ではなく金銭的なものの隙だ。
彼女は身を乗り出していた姿勢を正し、指先を唇にあてる。
「それにほっとけなかったのよ」
艶やかな目でこちらを見つめ微笑んだ。
「僕を思って、わざわざありがとうございます」
彼女には感謝している。アウグストさんから大金を貰ったもののお金は有限だ。節約できるところはしたほうがいい。
じゃあなんでこんな高価なところをって思うかもしれないが、今まで野宿だったから少し奮発したくなったのだ。
ユウトは手元の9枚の金貨を袋に戻した。
「ギルドカードをお見せしてもらってもいいですか?」
自然な彼女本来の顔つきから営業スマイルに変わり、年下に話す口調からお客様に対する口調になった。
いつのまにか彼女はワイシャツのボタンを閉めて、身なりを整えていた。
多分、僕が金貨を戻している時だろう。
やるなら初めからそうしてくれれば良かったのにと思う。
それはともかく、格好はあれだったが仕事は真面目にやっているようだ。
それに見た目より誠実でとても良い人ぽい。
彼女は金貨をレジのようなものに入れ、僕が提出したカードを受け取りカードを丸い水晶のようなものにかざしたあと返してもらった。
さっきの行為が疑問に思って聞いてみると、なんでも宿泊する日にちの間、ギルドカードが部屋の鍵として扱えるように登録するためのにしたことだそうだ。
それからこの宿の注意事項やなんやら自分の部屋番号を聞いてフロントをあとにしようとしたら呼び止められた。
「私は、リリアナ・ハミルトンです。これからよろしくお願いしますね」
「僕は、ユウト・ホシノと言います。こちらこそよろしくお願いします。リリアナさん」
挨拶を交わした後、ユウトは一礼して階段を上っていく。
この宿は初めてなので補足として、リリアナさんが教えてくれた。
簡単に説明すると、ここ紅の大鳥亭は5階建てで、一階に部屋がざっと50ほどあるそうだ。地球であったホテルなどよりも階数は少ないが敷地が広いので50ほどの部屋を実現できている。
他にも宿のマナーだったり、構造だったり色々と習った。
フロントの右の方には、レストランのようなものもあり、朝と夜はここで食べる予定だ。
僕の部屋は三階の305号室だそうで、階段で三階まで上がっていく。
二階分上るだけなので早くついた。
階段を上って右に曲がり、奥から三番目がユウトの泊まる305号室だった。
ギルドカードで鍵のロックを解除して中に入る。
中は、高級の一言に尽きた。
今まで僕が見てきたホテルが目じゃないのは当たり前だが、地球の高級ホテルより豪華だ。
地球のホテルより内装が金ピカで少し眩しいくらいで、ユウトが見てきた高級とはまた違った王道の高級。日本の高級ホテルではてんで話にならなかった。
だがユウトは少し呆然と部屋を見渡し、平然と歩くき、そのままベッドに飛び込んだ。
「ふかふかだ〜」
気の抜けた声だった。
自分が知っていたダブルベッドより一回り大きいベッドに感動していた。
「氷の創造で作ったベッドも良かったけど、本物が一番落ち着く」
今度作るときはこれを参考に作ろう。
そんな呑気なことを考えながらベッドの上をゴロゴロと転がっていたら急に腹の虫が鳴った。
右手で腹を抑えて、左手で時計を取り出して見る。
すると、もう7時半くらいだったので、レストランで夕食を食べるべく、一階のロビーに向かった。
レストランに入ってユウトは少し後悔した。あっ、来る店間違えたなと。
ここは高級宿だ。だったらお店の料理も高級レストランに決まっているではないか。
ユウトは当然テーブルマナーなどテレビでやっていたのを見てかすかに覚えているくらいだ。
ユウトが扉を開けて固まっていると接客の人が案内してくれる。接客の方が席を引いてくれてそこに座って、そのままメニューを渡された。
こう行った高級レストランではコース料理を頼むとが普通だと思うのでユウトは接客の方にオススメを聞いてそれを頼んだ。
僕はお酒が飲めないのでグラスに水を注いでもらい待っていること5分くらいで最初の料理が届いた。
このお店では、スープ、魚料理、肉料理、生野菜、甘味、果物、コーヒーの順で出されてくるようだ。
ナイフやフォークの使い方をあれやこれや考えながら出されてくる料理を次々と食べていく。
コース料理を頼むこと自体初めてだったが、料理が食べ終わった頃くらいに次々と料理が出されていくのはとても新鮮だった。
少し食休みをして、お会計を済ませる。
驚いたことにこの夕食で銀貨5枚も使ってしまった。
「今度からは外で食べに行こう」
そう思いながら部屋に戻り、部屋に付いていたシャワーを浴びてそのまま寝ることにした。
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「……………ってください。起きてください」
誰かが自分をゆさり、お越そうとして目が覚めた。
寝ていて固まった身体をのびをしてほぐす。
自分が寝ていたベッドのとなりに立っていた人物が僕を起こしたようだ。
ユウトはその人を見て自分の目を疑い、目を何度も擦りもう一度見たが見間違いじゃなかったようだ。
起こした人物はまず人間ではなかった。
ライオンの耳と尻尾が彼女には付いていた。
身体はスラッとしていて、髪は肩までのショートカットで毛先が外側にハネている癖っ毛。つり目で金色の目がとても綺麗だ。髪色は空色鼠の色で耳や尻尾も同じ色だ。メイド服のようなものを見にまとっていて落ち着いた感じでどこかツンケンしたような綺麗な女性だった。
「やっと起きましたか」
その女性はやれやれと言わんばかりの態度でユウトを見る。
「それより君、誰?」