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4.契約の金塊

「名乗るのが遅れたな。私の名はゼーレ・レスティア。もうすでにご存知の通り、王宮魔術師団の団長を務めている」

「ご存知のようですが、わたしも改めて。アサヒと申します。いつもドルガー様を経由してのご注文でしたので、お会い出来て光栄です」


 貴族に対しての言葉遣いについては付け焼き刃だが、最低限の礼儀さえ弁えればこちらが平民であることを分かっているのだし、多少は許されるだろう。朝緋が楽観的な娘でよかった。不死鳥らしい図太さは控えつつ、極端に人間らしい畏怖は抱かない。丁度いい精神状態だ。


「こちらこそ、本来なら私自ら素材の品定めをしたかったのだが、王術院の新入生や卒業したばかりの新米への教育が詰まっていてな。何かと忙しく、こんな雨であったが今日しか時間が取れなかった」

「そうだったんですか。それで、初めてのイチノセ素材店はいかがですか?」

「申し分ない。ドルガーが君のことを不死鳥の加護を受けた娘だと言っていたが、あながち間違っていないのだとここへ来てやっとあいつの言葉を信用する気になった」

「大袈裟ですよ。確かに、珍しい素材は多いですけど。それはわたしが集めたものではないですから」


 嘘は言っていない。素材を集めたのは不死鳥としての自分のおかげで、イチノセ素材店を営むアサヒという人間の功績ではない。不死鳥の加護もあながち間違っていないのかもしれないとも思う。……結局は自作自演で、悲しい気持ちにしかなれないが。

 話しながらもゼーレはチラチラと陳列棚の素材に視線を向けていた。そりゃあ魔術師であればこの店の素材は気になるだろう。どういった用途に使えるかは専門外なのでおすすめすることはできないが、魔術師たちは自分で試行錯誤するのが好きな人間ばかりなので、わたしが下手に口を出さない方が良い。


「気になるのでしたら、ゆっくり見てはいかがですか? この雨ですし、他にお客様はみえないと思うので貸し切りですよ?」


 わたしのことは気にしなくていいと暗に伝えると「すまない」と言いつつ、声は若干弾んでいた。……表情が冷たいと思っていたが、乏しいだけで案外喜怒哀楽は分かりやすい人のようだ。

 せっかく商品を見ているのに、話しかけられたりじっくり観察されるのは嫌だろう。そう判断して、わたしは帳簿を引っ張り出し今日の分で埋められるところを書いていった。帳簿は店の売上や費用はもちろん、日誌の役割もある。誰に見られても平気なように無難なことしか書いていない日誌だが、読み返すとなかなかに懐かしい。今日の日誌はもちろん、雨の中やって来た来訪者についてになることは決定だ。


 時折顔をあげてゼーレを見てみると、彼は素材を眺めながら顎に手をやり、ブツブツと独り言をつぶやいていた。流石にその内容までは聞き取れなかったが、恐らく素材の使用方法を検討しているのだということは想像できる。楽しそうで何よりだ。

 ゼーレが一通り素材を見て回る頃には、閉店時間を迎えていた。雨も少しだが収まっている。それをゼーレも察したのか窓の外を見て「なかなか良いものを見せてもらった」と満足そうにつぶやいた。


「素材はどうされます? 売ることはできませんが、空間魔術が施された麻袋で良ければお貸しできますよ」

「ありがたい申し出だが、それはこちらで準備したものがあるから問題ない」


 言いながらゼーレがローブの下から取り出したのは、私が持っている麻袋よりは一回り小さな革袋だった。袋の質は違えど用途は同じらしい。せっせと革袋に素材を詰め込む作業の傍ら、差し出されたのは一つの金塊だった。


「代金はこれで頼む」

「え、ちょ、これ金塊じゃないですか!」


 トリューシカでは銅貨、銀貨、金貨が主な貨幣だ。紙幣はない。それぞれ五十枚でランクが上がり、金塊はその上にあたる。金塊は大きさによって価値が代わり、今回差し出されたものだと金貨百枚分相当でとみていいだろう。

 いくら貴重な素材を販売するとはいえ、これはもらいすぎだ。慌てて釣り銭を用意しようとカウンターへ向かうが「釣りはいらない」と一蹴されてしまった。


「でも……!」

「次の注文の前払い分だと思ってくれれば良い。今後も使わせてもらうどころか、少し無理な頼みをすることもあるだろうしな。その保険とでも思ってもらえればいい」

「それにしても多すぎますよ!」

「……ドルガーに使いを頼んでいたときから思ったが、この店の素材は相場よりかなり安く設定されている。その分の補填、ということでどうだろう?」

「そうだとしても、それはわたしの方で解決する問題で、ゼーレ様が支払う理由にはなりません」


 わたしが素材店を営んでいるのはただの気まぐれで、あってもなくても生きていけるし、この店の運営自体が趣味の範疇ともいえる。家賃の支払いと人間らしく生きるための生活用品、そして自分のための娯楽品を差し引いても、そもそもの素材にかかる費用は人件費と保管費用くらいなもので、今の利益でも十分すぎるくらいなのだ。

 相場よりかなり安く、とゼーレは言うが、安すぎても同じように他の素材店に迷惑をかけるだけなのは承知している。例えばロードリーエの葉だって、あの森がある南の街であればわたしの売価より安く手に入れることができる。どの素材も『王都で買うなら相場以下』なだけで、常識はずれな値段設定にはしていないつもりだ。


「ならば、やはり前払いということにさせてもらおう。価格設定についても君が設定したものに準じる。その代わり、私が指定した素材は優先的に売って欲しい。これでどうだろう」

「……釣り銭を受け取るという選択肢はないんですね……分かりました、そこが妥協点ですね。条件はそれでいいです。念のため契約書を用意しますね」

「君は真面目だな」

「こうでもしないと落ち着かない性分なんです」


 急いで契約書を作成し、その内容を確認してもらった。内容はゼーレが提示した条件そのままだ。


 ひとつ。前払いとして金貨百枚分相当の金塊を、イチノセ素材店が受け取る。

 ひとつ。今後ゼーレ・レスティアに販売する素材の価格については、イチノセ素材店が設定する価格に準ずる。

 ひとつ。イチノセ素材店はゼーレ・レスティアの要求する素材を優先的に用意し、同者に販売をする。ただし、イチノセ素材店が入手不可と判断した素材についてはこの通りではない。

 ひとつ。この契約は支払われた金塊分の売買がすべて完了した時、破棄される。


 必要そうなことを一通りまとめて、お互いの認識が間違っていないことを確認してから、わたしとゼーレはその契約書にサインをした。ダメ押しとばかりにゼーレが契約魔術を使ってきたのには驚いたが、彼なりの誠意らしい。私が不死鳥ではなく本当にただの平民だったら、そんな得体の知れないもの恐ろしくてたまらなかったに違いない。

 ゼーレが店を後にする頃には、上機嫌だった彼とは裏腹に、妙に気疲れしている自分がいた。

 

 


「……ってことがあったんですよ」

「そりゃあ、なんというか。気の毒だったな」


 ゼーレがやって来た日の大雨は翌日にはあがり、私の気持ちとは裏腹に見事な快晴となった。ゼーレが自らここに足を運んだことを知らなかったドルガーがやって来たのは午後に入ってすぐのことで、昨日の話しを少々愚痴っぽく話してしまったことは許してほしい。


「にしても、言った通りだったろ? 顔良し、家柄良し、性格難ありの若き王宮魔術師団団長様はどうだった?」


 ニヤニヤと笑う顔を殴ってやりたい。騎士団団長ではなく、平民寄りの衣服を着たドルガーは見た目と相まってますます粗野な人間に見えた。


「どう、と言われましても。確かに顔良し、家柄は……詳しくはしらないですけど、魔術師団団長を務めるくらいだから悪くはないはずでしょうし、性格は……あれは難ありというか、人を振り回すタイプの人間ですよね? しかも無自覚で」

「団長として指示を出す分には有能なんだがなぁ。それ以外の場面だと、なんというか、ちょっと常識がズレてんだよ」

「ああ、そんな感じしました。普通前払いだからって金塊を担保にします?」


 ちなみに昨日はその金塊を万が一狙われたらどうしようと考えすぎて、あまり眠れなかった。完全に寝不足だ。だから余計ドルガーに愚痴を言いたくもなる。当人が知らないとはいえ、一度目は魔力隠し、二度目はゼーレの身分、三度目は支払いに金塊と三回も不死鳥を驚かせている。もうすでに大物だが、ゼーレはもっと大きな何かを成し遂げるに違いない。できればわたしに関係のないことで頼む。


「でもこれで、あいつは無理矢理時間を作ってでもアサヒの素材は自分で買い付けにくるだろ。ようやく俺の休日を潰したお使いは終わるってこった」

「え!? あの人、今度から直接来る気なんですか!?」


 出来ることなら今後もドルガー経由の方が、何かと私の精神衛生上親切なのに。騎士団と魔術師団のそれぞれ団長という立場にいる彼ら表向きには同等、内々ではトリューシカが魔術国家であるためにややゼーレの方が上といった程度だ。その差は些細なものでしかない。だが何を考えているのか分かりにくいゼーレよりは、あっけらかんとしているドルガーの方が気も休まる。


「絶対とは言えないが……元々アサヒには興味を持っていたしな。それにお前の話しぶりからするに、あいつに見惚れていい顔しようとしたどころか、とことんただの店主として接したようだし。店には自分の好奇心を刺激する素材が溢れている。それらを思う存分眺めていても、店主は邪魔するような野暮なことはしない。あいつが気に入るのは目に見えてるじゃねぇか」

「目に見えてる、って……」

「諦めろ。そもそもラッセルであいつの目に留まるような店を構えたアサヒが悪い」


 わたしが不死鳥でなければ潔く諦めていた。貴族相手は緊張するだろうけど、平民なら知っていることも限られているし、話す内容を吟味しなくてもいい。けれどわたしは不死鳥だ。本来知るはずのない、しかも結構深い知識を得ている。それを漏らさないように気をつけながら、ただの平民の娘を演じ、貴族の相手をするのはやや無理があるのではないだろうか。


「……お貴族様の相手なんてわたしには荷が重すぎます……」

「……それを俺の前で言えるなら、大丈夫だろ」


 順調だと思っていた人間生活、予想以上に難しいのかもしれない。

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