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14.不死鳥の加護持ち

「さぁ、すべて吐き出してもらおうか」


 どこか楽しそうなゼーレの言葉に明らかに引きつったわたしを見たドルガーが大笑いする。高らかな笑い声が、応接室に響き渡った。

 



 夜明けを迎えた後にようやく再び眠りについたわたしが目覚めたのは、午後を過ぎてからのことだった。これは一重に、部屋のベッドの寝心地が良かったせいである。「ここをわたしの巣にしたい」と思ったくらいだ。

 目覚めてからは大人しく部屋で待機し、ゼーレとドルガーが迎えに来るのを待っていた。それほど待たずに彼らはやってきて、連れて行かれるがまま別室に移動した。連れて行かれたのは回廊の奥にある廊下の先にある一室だ。両脇に三つずつ並んでいる部屋はどれも客人をもてなすための応接室となっているらしい。


 そこでわざわざ用意してくれた軽い昼食を食べて、ゼーレ自ら用意した食後のお茶を飲みながらまったり……というわけにいかないのが、現状だ。


「すべて、と言われましても……何から話せばいいのか」

「そうだな、まずは不死鳥の加護をいつから受けているかについて教えてもらおう」

「ああ、それなら……」


 その設定についてはもしものときのためにすでに考えてある。幼い頃わたしは魔力の森が近い村に住んでいた。昔から好奇心旺盛なわたしは魔力の森の入り口付近へ行っては珍しいものを探すのが好きで、素材屋という仕事もそれが影響してのことだ。

 だが好奇心がたたり、わたしは森の奥へと進んでしまった。加護を持たなかった当時は魔力が足りず、森で迷い帰れなくなってしまった。途方に暮れ、命すら危険にさらされていたわたしを助けてくれたのが、不死鳥だった。

 不死鳥は何を思ったのかわたしに加護を与えた。すると、これまで見えなかった出口への道がわかるようになり、わたしは無事森から生きて出ることができたのである。


 ……白々しいとは思うが、実際不死鳥が加護を与えるときはこれくらい気まぐれなのだ。


 ドルガーに「そんな理由なのか?」と呆れられたが、わたしはしれっと「わたしだって信じられないんですけど、実際そうなんですもの」と答えておいた。


「君が珍しい素材を集めることができていたのは、加護が関係あるのか?」

「はい。加護を受けていると、魔力の性質が少し不死鳥に似るみたいで。幻想生物たちもあまり警戒しないで近寄ってくるので、譲ってもらっていたんです」

「おい待てゼーレ、素材のことは個人的な話だろ? あの黒いローブについてとか、心当たりについてとか、先に聞くことはあるじゃねぇか」


 まったくもってドルガーの言うとおりである。不死鳥が絡むと少し我を忘れるのはどうなんだ。一応魔術師団長なのに。


「すまない。我ながら悪い癖だとは思っているんだが……」


 ゼーレは珍しく苦い顔を露わにしていた。さすがに今聞く事ではないと我に返ったらしい。


(よほど不死鳥が特別なのね……)


 歓喜の感情をぶつけられたときといい、今といい。普段の態度からは想像しにくいが、感情がはっきりしているだけでなく、意外と情熱家のようだ。少しわたしが照れくさくなったのは仕方ないことだろう。今のわたしは不死鳥ではないので、にっこり笑ってその照れを隠す。


「いえ、大丈夫です。黒いローブの人については、詳しいことは分からないんですよ。花祭りの時に魔力でこちらを探られたので、わたしが加護持ちというのはその時に知られたんでしょうけど」

「アサヒ、お前、俺に報告した時は魔力のこと言わなかったよな」

「加護を持っていたところで、肝心の魔術についてはさっぱりですもの。そもそも加護を持ってるってこと自体、そこまで実感のあることじゃありませんから」


 魔術のことについては嘘はついていなかった。魔術は人間が編み出したものだ。魔力を技術として扱うなんて知識、聖獣や幻想生物には必要ない。だからわたしが本当に人間だったとしても、魔術の教育を受けていない以上国のために何かできるわけではなかっただろうし、自ら加護を受けていると宣言することもなかったことだろう。


「本物の加護持ちはそういうものなのか」

「本物って……その言い方だと、偽物がいるみたいじゃないですか」

「……実際いるのだ、自分が加護持ちだと宣言する愚か者がな。都度話を聞いたが、どいつもこいつも偽物だった」


 そりゃあそうだろう。だってわたしの代では一度も誰かに加護を与えたことなんてない。無自覚のうちに加護になることはあるが、その場合本人ですら気付かない程度の微々たる変化しかない。そもそも声高に加護を得ていると国に宣言するような人間相手に、加護を与えたいとも思わないし。

 だがそれはわたしが不死鳥だから事実だと知っているだけだ。アサヒは偽物を判断するすべを知らない。


「それってどうやって判断するんです? わたしもですけど、証明する手段ってないじゃないですか。魔力だって加護を受けていなくても多い人はいくらでもいますし」

「加護を受けているか証明する方法はちゃんとある。もっとも、ここ数百年はずっと使われていないらしいが」

「それを使って嘘でしたってなったら、国に対しては愚か、不死鳥をも貶めていたと認めることになるからな。大罪人として地下牢行きなのはもちろん、処刑されるかもとか脅すと、誰も使いたがらねぇんだよ」

「そんなの、わたしも嫌ですよ!」


 不死鳥だから大丈夫だろうとか、そういう問題じゃない。得体が知れないものは不死鳥だって怖い。


「脅すな、ドルガー。アサヒなら問題ないだろう。もし偽物だったら、私が責任取るくらいはするつもりだ」

「お、なら安心だな」

「わたしが安心できないんですけど!?」


 この二人に信用されるのは大変光栄なことなのだろうが、わたしには疲れる未来しか見えなかった。



 

 少し心臓に悪い取り調べの続きは、ゼーレとドルガーが仮眠を取ってから再びということで落ち着いた。二人とも徹夜で現場を駆けずり回っていたらしく、まともに休めていなかったらしい。ドルガーはともかく、ゼーレはそんな状況でも飄々としてそうだ。

 部屋に戻されたわたしはベッドに飛び込んだ。今のうちに堪能しておかなければ。いずれは自分のベッドを奮発していいものを買おうと決意する。

 ごろりとそのまま仰向けになって天井を見上げた。


「……こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ……」


 口から出た言葉は愚痴っぽい響きを持っていた。

「わたしが狙われているのはともかく……ダマスクからやってきたワームも気になるし、虹蛇様に何かあったんじゃないかって疑問もあるし……ゼーレ様の魔力の根源については、しばらく保留するとして」


 指折り現時点での疑問を上げていく。黒いローブの男たちとダマスクの件はあまりにも時期が合いすぎているから、関係しているという前提で考えていいだろう。


 その場合、黒いローブの男たちは不死鳥だけではなく虹蛇まで狙っていることになる。ならばこれはトリューシカ国内だけでの問題ではない。できればダマスクの幻想生物や虹蛇と接触したいところだが……難しいだろう。ダマスクへ行くとしたら山脈を越えなければならないが、不死鳥の姿でないと山越えは時間がかかりすぎる。それに仮に不死鳥としてダマスクへ赴いたとして、そうするとアサヒという人間の存在が長期間行方不明になるのはまずい。


「ダマスクまで状況確認しにいってくれるような幻想生物がいれば、楽なんだけど……」


 人間では手に入れにくい虹蛇の情報を手に入れるには、幻想生物に頼るのが一番だ。だがそんなに都合のいい相手など、いるわけが……あ。


「いるじゃない……ダマスク出身で、変わり者の幻想生物が」


 こんな頼みを引き受けてくれるか分からないが、彼なら――アスクウェルなら、話だけでも聞いてくれそうだ。


「家に帰ったら、すぐに会いに行かなきゃ」


 家で思い出した。そういえば、わたしの店はどうなるのだろう。このまま閉店……というのはどうにも寂しい。それに、まだ金塊分の素材をゼーレに売り切っていない。


「次ゼーレ様たちに会ったら、それも聞かないとな……」


 黒ローブの追跡、ダマスクの情報収集、イチノセ素材店のこれからについて、自分の身の安全の確保。考えなければならないことが山積みだ。

 不死鳥の加護を持っているという理由でアサヒが狙われた。確かにこれまでの歴史の中で、何度も不死鳥は狙われている。しかしその都度人間達に解決してもらうよう手を回したり、姿をくらますことによって対処はしてきた。


 今回こうなってしまったのは、わたしが人間に混ざって生きてみたいと思ったからだ。その事実はわたしを憂鬱とさせた。大人しく不死鳥として生活していれば、何も起こらなかったかもしれない。

 だがことは起きてしまった。今更アサヒも、そして不死鳥の身としても、無関係でなんていられない。


「……わたしが不死鳥だって明かすのは……嫌だな」


 色々考えを巡らすのは、このたった一つのわがままを突き通すためだ。わたしはまだイチノセ素材店にいたい。人間として、色んな人と関わりたい。


 すべては、アサヒが生きていたという事実を覚えていてもらうために。


 わたしはもう四百年も生きた。あと百年もしたら、次の代へ引き継ぐために枝を集め巣を作り、わたしは燃え尽きる準備をしなければならない。その前に少しだけ、若くして死んでしまった朝緋の人生の続きをこの地で過ごしたかっただけなんだけれど。


 思わず苦笑を漏らす。記憶を取り戻してから、とんでもなく人間くさくなった。不死鳥は気まぐれなのは先代からの記憶で知っていたことだが、人間の記憶も得てしまったわたしの代からは、きっと好奇心とわがままも覚えてしまっているに違いない。

 あまり良くないと思いつつも、まだわたしはこの生活を捨てるための準備なんて、したくはなかった。

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