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13.魔術師の研究棟

 ゼーレもドルガーも流石に気を遣ってくれたのか、仮眠を取ることについては簡単に認めてくれた。問題はその場所だ。自分の部屋はガラスが飛び散り眠れる環境じゃない。宿を取るにしても、下町の宿屋では安全を確保出来るとは言い難かった。


「安全に休める場所というと……どうしても城の敷地内にはなるだろうな」

「ただの平民が行っていい場所じゃないですよね?」


 ゼーレの言葉につい反応すると、ドルガーが呆れた顔でわたしを見た。


「何言ってんだ。お前はただの平民じゃなくて、不死鳥の加護を受けた人間だろ」

「それを証明する手段は持ち合わせてないですよ」

「証明などいくらでもやりようはある。ドルガー、後を頼めるか」

「もちろん。だが今回の相手は魔術師だ。お前じゃないと判断できないこともあるだろうから、出来るだけ早めに戻ってこいよ」

「わかっている」


 そう言ってゼーレはわたしの腕を取ると、そのままスタスタと歩き始めた。つんのめって転びそうになったが、ゼーレは見向きもしない。そもそも結局どこへ連れて行かれるのかすら教えてもらっていない。


「あの、わたしをどこに連れて行くつもりですか?」

「魔術師団の研究棟だ。あそこならば常に王宮魔術師が大勢いるし、客室もある。あそこなら問題あるまい」

「わたしの身を気にかけてくださりありがとうございます。……あの、ありがたいんですけど、腕引っ張るのは止めてもらえません?」


 逃げも隠れもしないのに、ぐいぐい引っ張られるのはいい気がしない。心なしか好奇の目を向けられているような気もする。「あの人がゼーレ様のお気に入りか……」と感慨深そうにつぶやいたのは誰だ。


「……何故だろうな、こうでもしないと逃げられる気がした」

「そんなつもりありませんってば!」

「そのわりには逃げたそうな顔をしているがな」


 わたしに限らず、悪いことをしていないとはいえ魔術師団長様に連行されれば、逃げ出したくもなると思う。

 貴族街へと続く門の詰め所に立ち寄ったゼーレは、わたしをそこに迎え入れ、そこで転移の魔術具を使用した。

 本来の手順で研究棟研究棟まで向かおうとすると、まず今わたしたちがいる下町から貴族街へと入り、そこから更に城を守る門を抜け、研究棟まで行かねばならないらしい。馬車が必要な距離だ。転移の魔術具を使えば一瞬だが、城の中で使うには許可がいる。そしてその許可を出す権限を持っているのがゼーレとドルガー、国王陛下とその他数人の上層部だけなのだそうだ。今回はゼーレ自らが使うから問題ないらしい。権力ってすごい。


「ちょうどいい。不死鳥の加護があるのなら、この魔術具に魔力を満たすことはできるな?」

「……証明に必要なら、やりますよ」


 ゼーレが取り出したのは、正八面体のような形をした魔術具だった。転移用のものだ。魔力が満ちていれば淡い青色に発光するのだが、今は黒ずんでおり、まるで石のようにも見える。

 ゼーレの中ではわたしが不死鳥の加護を得ているのは決定事項らしい。それを証明する手段は、周りに認めさせることくらいだ。その思惑の一環として魔術師や騎士たちが事件の後処理をしている中、わざと魔力が空の転移用魔術具を取り出してきたようだ。


 こちらとしても、下手に調べられて加護を受けているどころか不死鳥そのものだと気付かれるような事態は避けたい。なので大人しくゼーレに従い、魔術具を受け取った。

 普段から使っていることもあって怪しまれない程度に早く魔力を流し込む。すぐに魔術具には魔力が満ち、淡い青色が手の上で輝いていた。


「……思っていた以上だな」


 本来なら数日がかりで魔力を溜める代物である。わざと短時間でおこなったのだが、こちらをうかがっていた魔術師たちはもちろん、ゼーレでも驚くくらいだったようだ。


「詠唱して魔術を使うとか、そういうのは苦手なんですけど……単純に魔力を流したり放出するだけなら、得意なんですよ」

「なるほど。おかげで私の魔力を節約できたようだ。半分ほど溜まれば十分だと思っていたから嬉しい誤算だな」


 どことなく上機嫌なゼーレは、わたしから魔術具を取るとそのまま発動させた。浮かび上がる魔法陣は、わたしが持っているものとは少し異なる模様をしている。基本は同じなのだが、よくよく見ればこちらのほうがより効率化が図られている。

 ほとばしる青い光の眩しさに目を閉じた。そしてその光が瞼の裏からゆっくり消えるのを待って、目を開ける。

 目の前の光景は下町の商店街から一転、貴族が好みそうな白亜の建物に様変わりしていた。


「ここが魔術師の研究棟だ」

「……すごく綺麗なところですね」


 研究棟と言うからにはもっと質素な建物をイメージしていたのだが、その趣はまるで神殿のようだった。わたしたちが転移されたのは研究棟の入り口のようで、見上げると白い石造りのアーチがある。両脇には円柱が均等に立ち並び、よくよくみるとその柱には様々な幻想生物の彫刻が施されていた。

 入り口は重厚な扉で閉ざされている。普通の扉かと思えば、どうやらこの扉事態が魔術具の一種として使われているようである。実に魔術師の拠点らしい。


「ここは王宮魔術師の中でも、特に上位の者のみが研究所として部屋を持つことが許される場所だ。私の研究室も私室もここにある。……客室に案内しよう。着いてきなさい」


 ゼーレが扉に手をかけると、さほど重さを感じさせないくらい軽く開いていった。後について建物の中に入ってみると、真っ先に目に飛び込んできたのは中庭……もとい、薬草園だ。

 建物内は回廊になっていて、ぐるりと廊下が一周できるようになっている。そしてその回廊のどこからでも行けるように、数段の階段の下に薬草畑が広がっていた。どこか神聖な雰囲気すら漂う場所だというのに、妙に現実的である。草花を楽しむ憩いの場など魔術師には必要ないらしい。回廊は二層となっており、両脇に階段があった。おそらく二階もほぼ同じような構造をしているのだろう。天井は日光を取り入れるためにガラス張りだが、きっとこのガラスにも何か魔術が施されているに違いない。


 下町や森を中心に生活しているわたしにはこの無機物さは少し冷たく感じると同時に、少しだけ懐かしくもあった。コンクリートビルを懐かしく思う日が来るとは。


「この回廊から繋がる部屋がすべて客室だ。扉は魔術具となっていて、魔力を登録していないと開けられない。下手したら城より強固な守りだろうな」

「お城よりって……いいんですか、それで」

「ここで研究した結果、実用化に値すると判断されたもののみが城にも導入されるのだ。どのような効果がどれだけの期間続くか分からぬものを、城の警備に取り入れる方が恐ろしい」


 一応こちらの方が魔術が上なのにもちゃんと理由があるようだ。

 ゼーレが用意してくれたのは、回廊の二階にある一室だった。いつでも客人を迎え入れられるように掃除は常にされているらしく、一通り必要なものはほとんど揃っていた。上位の魔術師の客人を迎える部屋というだけあって、わたしが借りている部屋よりはるかに広く立派だ。


「鍵も魔術具になっているのだが、これは君の魔力で登録しておいてくれ。私はまだやることがあるから、しばらくは何かあっても駆けつけられないが……このお守りは、まだ効果があるか?」

「ああ、それなら……わたしの魔力を少し流しておけば、何かあると反応すると思いますよ」

「ならしておいてくれ。今の君は、我々にとって貴重な情報源であり、国として守るべき不死鳥の加護を受けた人間であり……私の個人的な客でもある」

「ゼーレ様の、個人的な?」


 不死鳥を聖獣とするトリューシカにおいて、加護を受けているという設定の自分が丁重に扱われるのは、仕方がないとはいえ理解できるのだが。ゼーレの個人的な客というのはどういう意味だろうか。


「そうだ。ドルガーから聞いているかもしれないが……不死鳥は、私にとって特別な存在だ。その加護を受けている人間を目の前にして、興味が尽きないはずがないだろう?」

「……わたしに、というか、加護を受けている者に興味津々だから質問攻めにしたいってことですね……」

「誤解を恐れずに言うなら、そういうことになるな。もとより珍しい素材をどこから手に入れてきているのか興味はあったものの、流石に立場柄親しくなりすぎるわけにいかなかったが……これからはそれを気にしなくていいのは喜ばしい」


 だからこんな事件があって周りが慌ただしいのに、上機嫌だったのか。


 それからお守りに魔力を流し直したり、鍵に魔力を登録したり、ゼーレが現場に戻ったのを見届けてから部屋のものの位置を確認したり。自分が置かれている状況を整理して、今後の方針を考える必要もあって。

 わたしがやっと眠れたのは、薬草園に朝日が降り注ぎ始めてからだった。

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