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10.アメミットの鬣

※今更ですが、作中の幻想生物の特徴や設定は資料等に記載されているものとは若干異なる場合があります。フィクションの一部として診ていただけますと幸いです。

 わたしが哨戒活動を行った翌日には、思惑通り不死鳥の噂が広がっていた。

 数年ぶりに現れた不死鳥は恐らく今中央付近にいる。もしかしたらもう別の地に飛び立っているかもしれないけど、痕跡くらいは近くにあるかもしれない。そう思わせることができているのだから結果としては上々なのではないだろうか。


 実際はここにいるんですけどね、なんて内心思いながら、今日もイチノセ素材店は休業である。


 昨日は祭りの直後だったのが休みの理由だが、今日は圧倒的に不足している素材の採集のための休業だ。わたしの仕事が休みというわけではない。花祭り前の怒涛の貴族ラッシュで希少な素材はほぼ完売していたし、手に入れやすい素材もだいぶ数が減っている。営業したところで売れるものが何もないのだ。

 希少な素材が何もない現状、目玉商品となる何かは仕入れておきたいところだ。どうせならこれまで仕入れたたことのない素材がいい。そうなるとわたしも滅多に行かない場所に行くのが一番確実だろう。


 普段は森ばかりで採集しているが、今日の目的地は渓流としよう。もちろんただの渓流ではなく、わたしが行く以上それなりに幻想生物の巣窟となっている場所である。

 中央と東を隔てる山々の渓谷にその渓流はあった。これまでの森のように魔力のもたない人間を完全に排除しているわけではない。迷い込んだり、それこそわたしのように素材集めに赴く人間が入っても問題ないが、一方でその場を荒らしたり危害を加えようとしたら即幻想生物によって返り討ちにあう。


 万が一のことを考えて、転移の登録地は渓流近くの山の中に置いてあった。早速そこへ転移する。青色の光が収まって周りを見ると、周りはただの木に覆われていた。

 幻想生物が多い影響か開拓されることもなく、まともな獣道すらないような場所だ。そこから山を下るのは難しいのだが、少し遠回りをすることによって比較的安全に移動することは出来る。イチノセ素材店を開店する前に徹底的に調査しておいて良かった。


 人間の女性の足では地面に溜まった木の葉に足をすくわれ思うように移動できない。時間をかけてゆっくりと山を下っていくしかなさそうだ。

 結局目的地である渓流にたどり着いたのは、太陽がてっぺんを通り過ぎてからのことだっった。


「渓流にはついたけど……素材のためとなると、ここからさらに移動しなきゃいけないのよね……」


 思わずため息が漏れた。不死鳥の姿ならもうとっくに目的の素材を回収して、帰宅すらできていただろうに。

 今更文句を言っても無駄だし、せっかく不死鳥が中央にいると思わせられているのにこの付近で姿を見られるわけにはいかない。諦めて上流側に向かって歩く。

 わたしが歩いている渓流はたくさんある支流のうちの一つで、それほど大きくはなかった。流れている川も、一番深いところで膝までくらいしかない。雨さえ降らなければ流れも穏やかだ。しかし人の足ではここに来るには一度大きな滝を登る必要がある。わざわざ迂回するくらいなら他のもっと大きな渓流の方が、人や獣が歩いた道が出来上がっているので楽というような場所だ。


 透き通った川の水は陽の光を反射してきらめいていた。自然に囲まれているとほっとする。朝緋流に言えば、今わたしは全身にマイナスイオンを浴びているようなものだ。

 河原の端にぽつぽつとある季節の草木に癒やしを感じながらひたすら歩く。上流へ向かえばいい、ということは分かっていても、具体的にどこまで歩くべきなのかわたしは知らなかった。その必要がないからだ。


 わたしは、相手が見つけてくれるのを待てばいいだけなのだから。


 しばらく歩いていると、周りの空気が変わったのが分かった。こちらを探るそれは嫌な感じではなく、見知ったものである。やっと気付いてもらえた。そう判断して、少し強めに魔力を放出した。

 人間の姿をしているが、わたしが何者なのかに気付いたのだろう。気配は隠すつもりもなく大きくなり、そして山の中からその正体がぬっと出てきた。


『まさかとは思ったが、やはりあんたか、不死鳥』

「久しぶりね、アスクウェル」


 現れたのはわたしの今回の目玉商品……もとい、アメミットという幻想生物だった。

 アメミットは三種類の獣が合わさった姿をしている。顔がワニ、前脚と身体がライオン、後ろ足はカバなのだ。顔はワニだというのにライオンのような立派なたてがみも映えている。本来ならアメミットはダマスクを拠点としているはずだった。


 だが自らををアスクウェルと名乗るこのアメミットは、ダマスクを飛び出したばかりかはるばるこんな渓流を棲家に選んだのである。自分で自分に名付けるなんて、普通の幻想生物ではあり得ないことだ。どれくらいあり得ないかというと、不死鳥が人間に混ざって生活するくらいである。……案外他にもいるかもしれない。

 過去に罪人として捧げられた人間を食ってから思うところがあったのか、その人間の名を貰い人格まで真似して、ずっと生きているらしい。

 わたしとの付き合いも長く、幻想生物にはない友人という概念があるとしたら、それはアスクウェルにこそ当てはまった。


『なんでまた人間の姿なんてしてんのさ』

「大した理由があるわけじゃないんだけど……今、人間に紛れて過ごしてるのよ。ここはあまり人が立ち入らないとはいえ、念のためこのままでいるってわけ」

『おれと話している時点で意味がないと思うけど?』

「人間の姿で話しているところを見られるのと、不死鳥としてここにいるのとでは全然違うの」


 わたしの事情を知らないアスクウェルは「ふぅん」とだけ返事をした。自分から聞いてきたくせにどうでも良さそうだ。


『で? おれに何の用?』

「たてがみを分けてほしいの。少しくらい切っても大丈夫でしょ?」

『ああ、それくらいなら』

「よし。じゃあ早速」


 ポーチからハサミを取り出して、アスクウェルのたてがみを切っていく。切りすぎたら威厳がなくなりそうなので、長さは五センチ程度にとどめておいた。そのまま袋に詰めるわけにもいかないので、ある程度の量が揃ったら紐で束ねてひとまとめにしておく。こうすれば袋のなかで散らばることもないだろう。


 久しぶりの再会ということもあり、たてがみを切っている間は話が尽きなかった。たしか十年ぶりだ。朝緋の記憶のことは伏せたままだが、気まぐれで人間の町で過ごしていること、アスクウェルのようにわたしも己の名を『アサヒ』と名乗っていること、そこで人間向けに幻想生物の一部を提供していることを伝えた。……商売というものを、幻想生物に説明しても理解してもらえるかわからなかったので、そこはだいぶ濁してある。


 アスクウェルの方は特に変わったことはないようだった。ずっとこの近辺を中心に生活しているらしい。何度か人間に遭遇したこともあるけれど、アメミットはトリューシカには本来いない幻想生物ということもあって、人間の方から逃げ去ることが多いようだ。果敢にも挑んでくる相手は殺さない程度に遊んでいるらしい。……相手は遊ばれているだけだななんて思ってないだろう。


 十分すぎるほどのたてがみを手に入れた頃には、空は鮮やかなオレンジ色になっていた。


「助かったわ、アスクウェル。また来るわ。そうそう、もし顔の鱗が剥がれたら、そのままにしないで拾っておいてもらえると助かるかな」

『面倒だな……』

「無理やり引き剥がさないだけいいでしょ」

『そりゃあそうだが。ったく、人間に混ざるようになってから随分と変わったな、不死鳥』

「色々あったのよ、わたしにも」


 朝緋の記憶がなければあと十年、あるいは二度とアスクウェルに会いに来ようとは思わなかっただろう。ワームの件もそうだが、ここまで幻想生物に気を向けるのは先代の不死鳥にもあまりいない。

 そういえば、ワームの大量発生は結局どうなったのだろう。

 情報収集を求められていたことを思い出してついげんなりしてしまったのは許してほしかった。

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