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ストーリー短編小説集

里の秋 【クリプロ2017 参加2000文字作品】

作者: 84g

 日下部良介さんのクリプロ2017の参加作品です。

 https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/21242/blogkey/1872963/

 


「私も入れなさいよ」

 みどりさんの垂れた頬と天パな白髪は、初めて主の唄に合わせて揺れることになった。

「もちろん! 一緒に唄いましょ!」

 一般的にはまだ老人ホームとの違いが周知されていないここは認知症対応の入居施設。

 私たち職員でも判っていない人も居るくらいなのだが、することはそう変わらないわけで。余暇に懐かし歌謡曲を皆で唄ったりする。

 うちの事業所ではポピュラーなレクリエーションだったが、二か月前に入居してきた緑さんはこれまで子供っぽいと端から見ているだけだった。

 私が大きな文字で書かれた歌詞カードを取りに行こうとしたとき、緑さんは大丈夫、と唄いだしてくれた。

 それは、初めて聴くのに懐かしいような、唄いなれた里の秋。

 ―――そういえば、この唄は、緑さんが入居してから初めて唄うな。そう思った。



「里の秋は、秋の歌じゃないよ」

 それはその日の夕食どき。

 私が、ご飯を食べさせて欲しがる三郎さんに自分で食べないと遊びに来たお孫さんを抱っこできなくなりますよ、といつも通り説明しているときだった。

「え? 秋の歌じゃないんですか?」

「冬の歌だよ。昔、戦争が終わった年の冬に発表された曲だからね」

 もう少し聞きたかったが、戦争という言葉をスイッチに金次さんが話し出す。

 三八銃というのだけ持たされて、機関車に乗ったり、海竜を見たり、マラリアになる話。

 最低一日一回、多いときだと五回は聞く話。

 緑さんもその話を“ハイハイまたなのね”と聞き流しているが、何かまだ話したいことが有ったんじゃなかろうか。



 ☆★☆★



「緑、大変だろうけど頑張ってね」

 丈の合わない軍服を着てバカは云った。それは私の台詞じゃないのか。

 生まれつき少しばかり捻れていた脚のお蔭で……というか、そのせいで、戦況が切迫するまで赤紙をお上から賜れなかった庄太しょうた

 ヘラヘラと私のことばかり気にかける田舎者の甘坊が切迫した戦況とやらで何の役に立つというのだろうか。

 最後かもしれないのに夜這いのひとつもできない根性なしのバカが英霊になんてなれるわけないんだ。

 バカはいつものぜんまい仕掛けのような足取りで戦場へ向かう。無意識に合掌していた私の手。縁起が悪いったらありゃしない。



 うちの村は、男が減ったが女子供は増えていった。

 嫁いだ姉が甥姪を連れて街から帰ってきて賑やかになった。疎開だそうだ。

 庄太が植えた芋に姪は歓び、庄太から貰った竹細工にへのへのもへじを書いたヤジロベーに甥ははしゃいだ。

 誰から貰ったかと訊かれてバカなお前のことを伝えたら、甥は逢いたいと云っていた。もうひとつ欲しいそうだぞ。

 早く、帰ってこい。




 明くる日、お前が帰ってきたとおばさんが教えてくれた。

 ――母親を泣かせたことがないのが、多くないお前の自慢じゃなかったのか。おばさんはとても泣いてたぞ。

 大きくて立派な木箱に入った、小さな くすんだ白っぽい欠片。

 それがお前の骨だと云われて、私には妙にしっくり来た。ヘロヘロで弱っちいお前らしい小さな骨。

 仲間を庇って爆弾の前に出て、腕しか見付からなかったと聞いた。

 お前がそんなに勇敢だとは知らなかったな。腕だけで帰ってくるせっかちさも癇に障る。

 なきじゃくるおばさんに付き合ってから私は帰路についたが……帰ってみると甥まで泣いていた。しかも私に謝ってきた。

 ヤジロベーの腕を折ってしまった、と。

「遊んでいれば壊れるのは当たり前だよ。庄太が帰ってきたら――」

 無意識に口が庄太の名前を出した瞬間、私の心の中で何かが切れた。

 上半身は気色の悪い浮遊感に引かれ、下半身に現れた淀んだ重圧に、私の心が上下に裂けた。

 庄太は帰ってきた。いな来てっ帰は太庄

 庄太は帰って来ない。たきてっ帰は太庄

 涙混じりの嘔吐じみた嗚咽から、私は庄太を失ったことを自分に諭した。



 夏の終わりに戦争も終わって秋は瞬く間に過ぎた。幸せがないなら、不幸も無いんだ。

 ラジオからは今日……一二月二十四日、引揚援護局の番組とかで曲が流れた。

 こんな冬にお母さんと栗を煮るなんて昼行灯、庄太みたいとも思ったとき、枯れたはずの涙がまた、こぼれた。

「――緑」

 ラジオではなく玄関からした聞き覚えのある声に、寒い夜と冷たい涙は、一気に温まった。



 ☆★☆★



 里の秋を歌った翌日、緑さんの旦那さんが来所してくれた。杖を使ってはいるが老化ではなく生まれつきの障害らしい。

「腕が無いなら足だけは、と妻が健康に気を遣ってくれましてね。毎日散歩しろ、てな具合で。今では妻より元気でして」

 笑い合いながら、私と旦那さんは同時にそれに気がついた。

 旦那さんの手に下げた紙袋だ。

 緑さんは糖尿病があるので、お菓子の差し入れは断らなければならないことがある。

 (病状を知っているのに差し入れする家族は珍しくないのだ!)

「ああ、食べ物じゃありませんよ」

 隻腕で紙袋から出してくれたのは、手作りとは思えないほどキレイなヤジロベーだった。

「会うときは、これを贈るのが約束で」

 以下、かなり暴走気味なあとがき。




















 日下部さんのレギュレーションを見た段階では『楽勝楽勝!』だったものの、少し経ってからかなりプロットで苦戦しました。

 暗雲に包まれながら暗礁に乗り上げた作品でした。


 まず、『カタカナ名前不可』というルールでありながら、『クリスマスイヴでの話』。

 ファンタジー的にルドルフやサンタクロースを使うネタは不可能、現代日本で恋愛小説を書く、という縛りになります。



 第一案・女の子が人を探すのを手伝う青年。実はその探している人というのはサンタクロースで、青年こそがサンタクロースだった。



 ……は、没となりました。主人公の名前がサンタだもん。カタカナだもん。

 ここで『素直に現代日本で恋愛書けよ』となりますが、それは縛りのようで縛りに感じない。

 主人公が小学生でも良いし、学生でも良いし、会社員でも良い。自由すぎて逆に書きにくかったんです。

 んで、考えた末に出た第二案。



 第二案・待ち合わせをしていた青年は、うっかり者の彼女が場所を間違えていると気付くが、彼女はうっかり自宅に携帯電話を忘れていた。

 クリスマスイヴにプロポーズしたい。そして何より、彼女をひとりでイヴを過ごさせたくない。彼の奮闘が始まる!


 一見するとレギュレーションを満たしそうですが、これ、ドタバタほのぼのなんです。

 ドタバタほのぼので終わるなら2000文字ジャストっぽいんですが、感動エンドに持っていくに文字数は3000~5000クラス。(俺の構成力の限界)

 そう、感動系エンド、という縛りがキツイ。

 ぶっちゃけ現代で男と女がクリスマスにプロポーズしても感動なんてしねぇよ! リア充爆発しろ!(暴論)

 この段階で、【俺の感動するプロポーズ】という条件を先に満たすことにします。



 第三案・手違いで北海道への飛行機に乗ってしまった柴犬の犬太郎。

 果たして彼はクリスマスイヴまでに自宅に戻り、最愛の飼い主に愛の抱擁ができるだろうか……?


 迷走してます。

 そもそも、日本“人”じゃないし。日本犬だし。プロポーズじゃないし。

 動物ものは確かに感動するんだけどねぇ……。しかしながら、ここで【再会】というキーワードを得ます。

 そして、自分は秋頃までママチャリで日本一周をしていまして。

 ちょうど実生活において自転車日本一周が終わり、フェリーで名古屋から仙台への自宅に戻っていました。

 そのフェリーの中、余興としてミニコンサートがあり、こんな話を聴きました。



 【里の秋が発表されたのは戦後の12月24日】



 神掛かってました。

 この瞬間、今までの苦労は何だったのか、そんなレベルでこの話は完成しました。

 そう、「クリスマスイヴとは言っているが、クリスマスのイベントを使う必要はない」という、シンプルな帰結。

 クリスマスを現代の日本人が祝う、という段階で日和見というか平坦なシーン展開になってしまい、俺の技量では感動エンドに導けないという、根本的問題。

 戦地から奇跡の生還をすれば、それは感動的なのではないだろうか! そんな確信の元、構成にだけ注意して、あっさりと完成致しました。

 文字数の関係上、あえてプロポーズシーンをカットする、というのは、我ながら暴走ですが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あとがきまで楽しめるところ。 [一言] 冒頭から、今回の企画にどうやって辿り着くのかと思いながら読み進めていくと、 「こうきたのか!」 という展開になりました。 戦争を作品に盛り込むのは…
[一言] 読ませて頂きました。 「里の秋」は、小学校の授業で習いました。多分、一番だけ。だから、その頃はこの歌が戦地に向かった父を待つ母子の歌だと知ったのは、大人になってからでした。 そんな歌をか…
[一言] こんにちは(^o^)クリプロ作品を読みにきました。 童謡の”里の秋”が、そういう経緯を持っていたとは、しりませんでした。金次さんの話しといい、緑さん夫婦の話しといい、2000字ですますには、…
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