願い事【3】
ローレンが詳しい情報を提供してくれる。この短時間に、どれだけ調べたのだろうか。
「同様に、この首都圏内で十代の行方不明者が二十七名……まあ、正気の人数じゃないよね。ニュースになっていないのは、機密情報局が情報統制をしているからよ」
「……ローレン、ハッキング……」
「私にかかれば、セキュリティなんて存在しないに等しいわ」
きりっとしてローレンは言ったが、犯罪である。見つかっていないのか、見て見ぬふりをされているのかはわからないけど。
「しかし、三十人弱も行方不明になれば、普通、もっと大騒ぎになるよな?」
ハリソンが首をかしげて尋ねた。ローレンはハリソンを見上げて言った。
「ハリソン。この国で、年間何人の人間が行方不明になっているか知ってる?」
「……いや、知らないが」
「年間約十万人。そのうち、十八歳以下の未成年は三万人。つまり、三千人に一人は行方不明になっていて、そのうち三人に一人は未成年ってこと」
ローレンがつらつらと説明する。
「連邦合衆国は三十七の州で構成されているわね。だから、単純に考えれば、各州で三千人弱が行方不明になっているということで、そのうち一千人は未成年。もちろん、大半が家出や迷子だわ。三分の二以上が三日以内に家に帰ってくる。でもね。それだけ行方不明事件が多発しているのだから、二十七人くらいの失踪で、みんな騒ぎ立てないわよ。特に、この首都では一時的な行方不明者が多いしね」
行方不明になっても、期間が短ければみんな気にしないのだろう。普段からたびたび夜中などに出かけるような子であれば、なおさら気にされない。そう言った条件が重なって、現状に至るのだ。
「ナオミはそんな子じゃないわ!」
カレンが憤慨してローレンに言った。突然怒鳴られたローレンであるが、気にしていない、というように鷹揚に微笑む。
「もちろん、そうよね。じゃなきゃ、カレンちゃんがお姉さんを頼ってくるはずないわ。そのナオミちゃんは、おとなしい優等生系の女の子でしょう。下に弟か妹がいると思うわ。面倒見はいいけど、本人は成績も良くておとなしいから、親にはあまり相手にされていない……でも、家出を考えるような子ではない、といったところかしら」
「……なんでわかるの……?」
引き気味のカレンに「こういうの、得意なの」とローレンは笑った。だが、ローレンにわかるのは背景までだ。ハリソンなら、相手に会えばその性格や考えまでわかってしまうが、対象が目の前にいない以上、彼は役に立たない。
「ローレン、そんなナオミが取りそうな行動は?」
オスカーが尋ねたが、ローレンは首を左右に振った。
「いや、わからない。心理学的に解析はできるけど、思春期の少女の心情は特に複雑だからね。私には理解不能」
「あんた……頭の中電子回路図だもんね……」
「アサギよりはましだと思うけどね」
ローレンの余計なひと言に、アサギが消しゴムを投げた。第三班一の戦闘力を誇るローレンがあっさり避けて、代わりにハリソンにあたった。とばっちりと言うか、ハリソンはよく貧乏くじを引く。
「カレンちゃん、とりあえず、いなくなる前のナオミちゃんの様子を教えてくれるか?」
オスカーが尋ねた。カレンが思い出す限りのことを話す間、彼は一度もメモを取らなかった。彼の記憶力は視覚だけではなく、聴覚から入ったものも含むのだ。
一通り話し終えるころには、もう遅い時間になっていた。見切りをつけてフェイは声をかける。
「カレン、今日どうやってきたの?」
「地下鉄」
「まあ、そうよね……送っていくわ」
「うん」
カレンは素直にうなずいた。地下鉄を乗り継ぐよりは、車で行った方が近いからだ。現金な妹にフェイは苦笑する。そんな彼女の服を、アサギがくいっと引いた。男性にやられたら微妙な気持ちになる行動だが、かわいらしいアサギがやるとやっぱり可愛い。
「何?」
「夜道は危険だよ。誰か一緒に連れて行った方がいい。できれば、ローレンかクリス」
おとなしく勉強していたクリスティーナがびくっとした。彼女とロデリックは、たぶん話は聞いていただろうが、口を挟まずにおとなしくしていた。この二人、仲がいいのである。
「ローレンは最終兵器だからな。クリス、行って来い。それと、ロデリックはフォローを頼む」
「え!?」
オスカーの指示にクリスティーナとロデリックが異口同音で口を開けた。お互いに見つめ合う。
「わ、私が行くの……?」
「俺は行っても構わないが、役に立てるとは思えないんだけど」
挙動不審なクリスティーナに、不思議そうなロデリック。オスカーは「ははっ」と笑った。
「フェイが一緒だからな。クリス、できるだろ。お前が主戦力、ロデリックがその援護だ。実戦は大事だからな~」
のんびりとなんでもないことのように言うオスカーに、ロデリックは尋ねた。
「だが、何かあると決まったわけではないだろう」
こういうところ、懐かしいなぁと思う。フェイも、ここに来たばかりのころはそう言ったっけ。
「ところがな。アサギの直感はよく当たるんだよ。だから、手は打っておくに越したことはない。フェイは戦闘力がないからな」
そう言うオスカーにだってないけどね、と言いたかったが、話がそれるので黙って置いた。
それにしてもこの二人のお守りかぁ、と思いながらフェイはカレンを助手席に乗せる。クリスティーナとロデリックには後部座席に座ってもらった。
「……大丈夫なの?」
助手席のカレンがこそっとフェイに尋ねた。その視線は背後のロデリックとクリスティーナを見ている。クリスティーナは相変わらずおどおどしているし、ロデリックはまだ新入りと言うことで、第三班色に染まっておらず、どこか頼りなさそうに見えるのだろう。
「大丈夫よ。二人とも、戦闘面では優秀よ。ま、何もないのが一番だけど」
バックミラーで確認すると、フェイの言葉にクリスティーナが震えていた。ロデリックがその肩をたたいている。彼も緊張しているだろうに、クリスティーナの気負い具合が半端ないせいで戦闘経験の少ないロデリックの方が落ち着いているのだろう。フェイも、やっぱりローレン連れてくればよかったかしら、なんて思った。せめてハリソン。
一応、無事に家に着いた。次女のアリスは寮に入っているので、家には両親がいるだけだ。
「カレン! 遅かったじゃない!」
「姉さんに送ってもらったから大丈夫だよ」
心配していたらしい母に憤然と返すカレン。彼女は構われるのが嫌いなのだろう。たぶん。
「久しぶりだな、フェイ。泊まって行けるのか?」
父は温和な笑みを浮かべてフェイの方に話しかけた。たぶん、母の怒りに巻き込まれないようにするためだろう。フェイは笑って首を左右に振った。
「それは無理ね。外泊届、出してないし」
後出しもできるが、フェイたちの処遇と言うのは結構面倒くさい。フェイは現在、機密情報局の寮で暮らしているが、本部や仕事以外での外泊の場合は届け出がいる。フェイの場合は届け出は結構簡単に受理されるのだが、クリスティーナやハリソンは厳しいらしい。それに、フェイでも後出しは面倒な聴収があるので避けたい。
「それに、人を待たせてるのよ」
フェイは一応家族なので家の中まで入ってきたが、クリスティーナとロデリックは外で待機中だ。
「そうか……。今度はアリスが帰ってきているときにでも来てくれ」
「そうね。私も久々に会いたいわね……」
そうでなくてもアリスとはなかなか会えないので、フェイも少し懐かしい気持ちになった。しかし、とにかく今は帰らなければ。
「気を付けて行くのよ」
「わかってるわ」
「姉さん、ありがと」
「どういたしまして」
母の言葉はそのまま受け取り、カレンの言葉は「ナオミをお願い!」という意味を含んでいるような気がした。眼力が強かったし。
見送りはいい、と言ってフェイは家の外にでた。その敷地から瞬間、白銀の細長いものが目の前を通過した。
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