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願い事【2】










 とりあえず、カレンが相手の親に謝れば丸く収まるのだが、カレンはローレンと言う第三者がそこにいてもそれを拒んだ。話を聞いているうちに、ローレンも何となく状況を察したようだ。そもそも、フェイは学校に来るときに彼女にざっくりと呼び出された理由を説明してある。

 裁判官ではないが、ローレンは冷静かつ公正に判決を下してくれそうだ。


「カレンちゃんは謝りたくないんだ?」

「私は悪くないもの」


 ふん、とカレンは顔をそらした。ローレンにもこの態度なので、相手も相当カレンをののしるなりしたのだろう。相手の親の顔が見てみたい……って、今から見に行く予定なんだけど。


「謝りたくなくても、謝らないといけないときっていうのがあるんだよ。いくら相手の方が悪くてもね」


 ローレンに説得役が移った。グッドウィン教師が説得しても駄目だったし、フェイが言っても聞くはずがない。ここでローレンが説得してくれるかどうかで決まる。


「……私が謝ったら、私が悪いみたいになるわ。私、悪くないのに」


 カレンの非難じみた言葉に、フェイは焦る。ローレンは怒らせると怖い。

 だが、一応表では温厚で通っているローレンだ。十三歳の女の子に怒りだすようなことはなかった。


「いい? カレンちゃん。このままでは、君に不利な状況だけが残る。例え相手が先に手を出してきたのだと言っても、君が怪我をさせたのは事実なのだからね」


 悪いことをしたのなら、償わなければ、と、どの口が言うんだ、というようなことをローレンが言う。


「ここらで手を打っておきなよ。君も、学校を放逐されたくはないでしょ」


 グッドウィン教師が口の端をひくひくさせた。さすがに、放逐まではしない、ということなのか、それとも事実を言い当てられて焦っているのか。

「たとえ相手が君に謝らなかったとしても、それはそれで、君が相手よりも一つ、優位に立つ。なんと言っても、相手が先に手を出してきたのに、謝らなかった、ということだからね。君がきちんと謝れば、相手は引け目を覚えるだろう」

「……わかった」

 すごい説得だ、納得するのかこれ、と思ったのだが、カレンはうなずいた。これ、理解できなくてとりあえずうなずいた、とかじゃないよな、と思ったが、うなずいたのは確かなので、フェイはグッドウィン教師と一緒にカレンを連れて相手に謝りに行った。


 怪我をした、と言っても、肘に擦り傷を負っただけだ。相手の親があらゆる言葉で詰ってきたが、カレンの主張を信じるのであれば、カレンは髪をつかんできたこの女生徒を振り払おうと突き飛ばしたらしい。まあ、結局、怪我をさせたほうが悪いのか? 法律に詳しくないフェイにはよくわからない。またおいてきたが、ローレンを連れてきて論破してほしい。


「ちゃんと謝ってきたわ」


 カレンが報告したのは、ローレンに対してだ。ローレンは「相手は? 謝ってきた?」と尋ねた。カレンは首を左右に振る。

「では、カレンちゃんはひとつ優位に立ったわけだ」

「うん」

 にこっと笑ったローレンに、カレンは神妙にうなずいた。こうして、ローレンは子供たちを攻略しているのだろうなぁとフェイはしみじみと思った。

「……姉さんも、怒鳴ってごめん」

 ローレンの説得が聞いたのだろうか。カレンはフェイにも謝ってきた。フェイは思わず微笑む。

「いいえ。あたしも大人げなかったわね。ごめんなさい」

 フェイが謝るとカレンは「うん」とうなずいた。とりあえず、姉妹喧嘩はここで決着ということにしておく。フェイはカレンと別れ、ローレンを連れて車に乗り込んだ。


「助かったわ。ありがとう。すごいわね」


 車を走らせながら礼を言うと、ローレンは「おや」と笑った。

「フェイから礼を言われるなんて意外ね。役に立てたならよかったわ」

「なんというか、説得、上手ね」

「ま、基本的に私、詐欺師だからね」

 しれっと自分で言った。フェイは少し考える。

「……ローレンって、詐欺罪で収監されてたんだっけ」

「詐欺罪もあるけど、直接の罪状は何なんだろう」

「ちょ……さらっと怖いことを言わないでよ……」

 ローレンは第三班の初期メンバーの一人だが、その背景のほとんどは謎だ。ハッキング常習犯らしいが、これは今も治っていない。


 戻った事務室には、相変わらず全員がそろっていた。オスカーが顔をあげて「お帰り」と言った。

「妹さん、どうだった?」

「大丈夫よ。ローレンが説得してくれたわ」

 フェイがため息をついて言った。オスカーは笑って「それは何より」と言った。楽しそう。まあ、他人事だから無理もないけど。

 そのローレンはアサギに何かを問われてそれに答えている。アサギも年齢の割に所属年数は長いので、この二人も仲がいい。

「ねえハリソン」

「なんだよ」

 オスカーと共に報告書を書いていたハリソンは手を止めずに尋ねた。フェイはそのまま口を開く。

「ローレンって何の罪で捕まったの?」

「……あいつの罪状は俺も知らん」

 小声で尋ねたので、小声で返ってきた。最古参の彼でも知らないのなら、誰も知らないのかもしれない。

「突然なんだ?」

「いや、ちょっと気になっただけよ」

 フェイは適当に言ってはぐらかした。ハリソンは空気が読めるので「そうか」とだけ言って作業に戻った。ハリソンとオスカーは空気を読んでくれる。やや天然なのがクリスティーナとロデリック。空気を読めるのに読まないのがローレンとアサギだ。この二人は、本当に……。

 ため息をつきつつ、フェイはぼちぼち事務作業を始めた。


 そんな、カレンの事件があってからしばらくして。国防省の病院にいたフェイは、機密情報局に呼び戻された。おなじみの事務室に入る。

「何? どうしたの?」

「姉さん……」

 そこにいたのはカレンだった。応対しているのは、こちらも呼び出されたのだろう、ローレン。他のメンバーもその周囲には集まっていた。

「カレン、あんた、珍しいわね……」

 気落ちした様子を見せるカレンを見て、フェイはそう言った。珍しいというか、彼女がここに尋ねてくるのは初めてである。


「どうかしたの?」


 両親ではなく、フェイを尋ねてくるのだ。よほどの何かがあったのだろう。もしかして。

「家出?」

「違うわよっ。家出するなら、友達の家に行くわ!」

 確かに。シャムロック姉妹のやり取りに、ローレンが軽く笑い声をあげて笑った。

「ローレンも、ありがとう」

「気にしないで」

 相変わらずローレンはにこにこして言った。彼女が立ち上がり、フェイに席を空けてくれる。

「それで、カレン。どうしたの?」

 改めて尋ねると、カレンは先ほどの威勢はどうしたか、言いづらそうに唇を開いた。

「その……助けて、ほしくて」

「あたしに? 一応内容は聞くけど……」

 フェイを頼ってくるようなことってなんだろう。病気なら普通に病院に行けばいいし。

「あの、私の友達が行方不明なの」

「家出?」

「わからないけど……でも、うちの学校で一人だけじゃないの。もう十人くらい行方不明者が出てて」

「そ、それは多いわね……」

 フェイがちらりとローレンを見る。彼女だけではなく、アサギも調べ始めたし、ハリソンは上層部に問い合わせを始めた。それだけ行方不明者が出ているのなら、機密情報局に情報が入っている可能性はあった。


「警察も家出だろうって取り合ってくれなくて……こんなに行方不明者が出てるのに、学校も何もしてくれないわ! 学校は自分の都合が悪いことは見て見ぬふりよ!」


 だんっ、とカレンは応接用のテーブルをたたいた。テーブルが揺れ、コップが倒れた。幸い、中身は空だったけど。フェイは手を伸ばしてコップを戻した。

「で、そのお友達をあたしたちに探してほしいと?」

「お願いします……」

 さすがに筋違いの頼みだとわかっているのか、カレンは先ほどとは打って変わって小さな声で言った。フェイは困ってオスカーを見上げた。

「どうしよう?」

「いや、どうしようと言われてもなぁ……おーい、ハリソン!」

「俺に振るんじゃねぇよ!」

 ハリソンはそう文句を言いながらも、結局采配してくれる。お人よしと言うかなんというか。

「一応、聞いてみた。うちにも十代前半から後半にかけての行方不明者が多いってことで嘆願が来ているらしい。切り口を探していたが、今、情報提供者が来ているのならそのまま話を聞いて探せ、だと」

「……つまり、あたしたちで行方不明者の捜索をしていいってこと?」

「そう言うこと」

 ハリソンがうなずくと、カレンは顔を輝かせた。


「あ、ありがとう……!」


 ハリソンは思った以上に喜んだカレンに少し照れながら「いや」と答えた。そんなハリソンの頭を、ローレンが丸めた雑誌でたたいた。

「照れすぎだよ」

「お前は俺に遠慮なさすぎなんだよ!」

「まあ、カレンちゃん可愛いけどね~」

「人の話を聞け!」

「お前ら、痴話げんかは後にしろ、ローレン、何か分かったか?」

 オスカーが話しをぶった切って尋ねた。ローレンは丸めた雑誌で肩をたたく。

「今のところ、カレンちゃんの大学附属中等部は確かに、八人の行方不明者が出てる。高等部も合わせると、十三名ね」

 さらりと言われてたが、これだけのことをこの短時間で調べたのである。もう少し詳しく聞けば、ローレンはもっと詳しく調べていたことが分かった。

 相変わらずここのメンバーは有能だが、たまにちょっと怖い。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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