なんでもない幸せがほしい【3】
とりあえず、アサギとローレンの話はついた。押せ押せのアサギに対し、ローレンは後ずさっていたが、たぶん脈はあると思う。アサギほど開き直れないだけで、引いているわけではない。
夏が過ぎ、また涼しくなってきたころ、マイケルの初仕事である。まあ、まだ十二歳だしそんなに急がなくてもいい気がするが、とにかく生意気なので、一回放り込んでみることにしたのだ。なので、今までの仕事と比べればかなり安全である。
「この首飾りは、かつて中東を支配した女帝が身に着けていたと言われるものです。中央のルビーはスタールビーと呼ばれ、多くの魔法を閉じ込めています」
つまり、これは古代の魔法道具であるのだ。シャーリーが興味深そうに観察している。
ここは美術館である。美術館に所蔵されている美術品のネックレスを奪う、と言う趣旨の予告状が届いたのだ。その警備のためにフェイたちは駆り出されていた。
正直、フェイがいても仕方がないのだが、数合わせだ。たぶん、ハリソンがいれば怪盗なる相手もすぐに見つかるし、アサギやローレンのセキュリティーを突破するのも難しいだろう。突破しても、その先に待ち構えているローレン、クリスティーナ、フランクを突破できないだろう。ついでにロデリックとシャーリーもいるし。
ローレンが二回出てきた気がするが、まあいいか。
強化ガラスの中に入れられたネックレスのまわりには多数の警備がいる。狙われているものが古代の魔法道具であるので機密情報局に話が来たのだ。
「こんなの、ただの骨董品じゃん」
などと言ったマイケルは、シャーリーにこのネックレスのすごさについて語られている。誰も救出に行こうとしない。シャーリーの語りに巻き込まれるのが嫌なのだ。
フランク、ローレン、クリスティーナの三人がマイケルと共にネックレスの一番近くを陣取った。事前に本物を『記憶』したオスカーがじっとネックレスを見ている。偽物に入れ替わったりしても、すぐにわかるだろう。
フェイは少し離れたところから、アサギとシャーリーと共に様子を見ていた。オスカーはじっと美術品を眺めている変な人だし、ロデリックとハリソンは入り口付近で人を観察していた。
「……これ、怪盗さんは来るのかしらねぇ」
フェイがつぶやくと、監視モニターを見ていたアサギは顔をあげた。
「さあ? まあ、本当に盗る気ならもう侵入してるでしょ」
相変わらずさらっとアサギが言った。ふーん、とシャーリー。興味なさそうである。
その時、一瞬電気が消えた。アサギが「あっ」と声を上げる。モニターが一瞬真っ暗になったのだ。すぐに復旧したが……。
「ちっ」
アサギが舌打ちした。シャーリーが「なんかあんた態度悪くなってない?」とツッコミを入れている。フェイは「どうしたの?」と尋ねた。
「監視カメラの映像が途切れた」
ほかにもさまざまなシステムが動いていたのだが、今の一瞬で落ちたらしい。復旧しても、同じようにつながるとは限らない。
「あーっ!」
悲鳴が上がった。美術館の館長である。フェイたちはそちらを見た。二名をあげた館長は両手で頭を抱え、驚いた表情を浮かべている。
「アサギ!」
駆け寄ってきたのはクリスティーナだ。両手をばたつかせて言う。
「ネックレス、消えちゃった!」
「セキュリティシステムは?」
「えっと、無効化されてて」
クリスティーナは相変わらず手をバタバタさせながら言った。彼女の言葉にネックレスが展示してあったあたりを見ると、なるほど。ローレンがセキュリティシステムを検分している。
「なるほど。やるなぁ」
感心しているし扉があいているので、やっぱり盗まれたのだろうな。
「おい! ハリソン呼んで来い!」
大声でのたまったのはフランクだ。出て行こうとした警察官にフランクが「お前じゃない!」と呼びかける。
「オスカー、行って来い」
「……わかったよ」
オスカーは肩をすくめて入り口付近にいるハリソンを呼びに行った。しばらく待つと、二人して戻ってくる。ハリソンが「なんだよ」と少し不機嫌そうに言う。
「ネックレスが盗まれた。まだ犯人はこの中にいるはずだ。探せ」
フランクの端的な命令に、オスカーとハリソンが周囲を見渡した。真偽眼を持つオスカーと、テレパシーを使うハリソンなら、違和感のある人物を見つけられるだろう。
オスカーとハリソンが周囲を見渡す。アサギが「いるだろうね」とつぶやく。彼もそう言うのなら、本当にまだ脱出していないのだろう。
ハリソンがローレンの肩をつかんだ。ローレンが眼鏡の奥の青い瞳をすっと細め、刀を握ったまま駆け出した、ところまで見えたが次の瞬間にはすでに離れたところで抜刀していた。彼女の刀が床に食い込み、傷を作る。
「ローレン! 美術品壊すなよ!」
「わかってるよ!」
警官の恰好をした男を、ローレンが追い詰める。刀の軌道は読めないが、彼女の動きはわかる。能力を最大限に利用した武術である。アサギの祖父に指示している彼女は、剣術だけではなく体術も習得している。当たり前だけど。
「うおっと」
ローレンが距離をとった。警官の恰好をした男は右手にナイフ、左手に拳銃を持っていた。ローレンが刀を逆手に持ち直す。
「とんだ警官がいたものね」
「これは、顔に似合わず凶悪なお嬢さんだ」
そんなことを言うと言うことは、ハリソンの見立ては正しかったのだろう。こいつが犯人だ。
「盗んだものを返しなさいよ。今なら罪が軽くて済むんじゃないの?」
「俺が捕まると思ってんのか?」
「少なくとも、私から逃げるのは難しいと思うね」
「そんなにこれが欲しいかい?」
じゃらり、と男が何かを取り出した。フェイは「あ!」と声を上げる。いわく、スタールビーを使ったネックレスだ。ローレンが取り返そうとしているものでもある。しかし、彼女はふっと笑った。
「これ、なーんだ」
彼女が胸元から引っ張り出したのは男が持っているのと同じネックレスだった。フェイはアサギを振り返る。
「どっちが本物!?」
「ローレンが持っている方」
まあ、確かにある意味安全な人間警備装置である。男が目を見開き、そして怒りの表情を浮かべる。
「この……!」
左手の拳銃から銃弾が放たれた。まっすぐにローレンを狙っていたが、彼女には当たらなかった。彼女は逆手に持った刀で銃弾を叩き落としたのである。
「映画では見たことあるけど、本当にできる人初めて見たわ」
フェイは呆れてつぶやいた。どういう反射神経をしているんだ。
ローレンの刀を男はナイフで受けた。もちろん、ナイフの方が弱いのですぐに引く。だが、男はにやりと笑った。
「後ろだ!」
ハリソンの声にローレンは振り返らなかった。代わりにクリスティーナがフォローに入る。先ほどのローレンと同じように銃弾を叩き落とした。クリスティーナはそのまま迫ることをせずに、ハリソンが発砲した警官を撃ちぬいた。
その間にローレンはネックレスを持っている男と再交戦に入る。ナイフで刀を受け止めたが、ローレンはナイフをはじき落とす。刀の刃が拳銃に傷をつけ、刃が埋まったままで一瞬の硬直。そして。
男は右手に別の小銃を持っていた。だが、それはすぐに叩き落される。何が起こったのかフェイにもわからなかったが、ローレンが鞘を持っているのを見て、あれで叩き落したのか、と納得する。そして、ローレンはその左手に持った鞘で男の顔を殴り倒した。ごきっと言う音がした。
「はい、確保」
いや、確かに確保できたけど。そう言う問題ではないと思うのはフェイだけだろうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あと2話だったりします。




