なんでもない幸せがほしい【1】
最終章。短めです。蛇足的な感じ。
機密情報局特殊事例課第三班にクソガキが増えた。フェイが初めて会ったとき、ローレンもアサギもロデリックもクソガキであったが、彼はそれらを越える。
名はマイケル・アールストン。年は十二。初等教育課程を終えたばかりだ。とりあえず、彼が第三班になじみ、落ち着いたころにオスカーが離れることになっているが、これ、落ち着くことなんかあるのか。
とにかく、くだらないいたずらをする。若年からここにいるハリソン、ローレン、アサギ、クリスティーナはそう言うことをするタイプではないので、新しいタイプである。とりあえず、フェイが巻き込まれると対抗できない。
「はい、フェイ。復帰したよ」
「ありがとう。今ほどあんたに感謝したことはないわ……」
PCの上にコーヒーをこぼされて、データが全部吹っ飛んだのだ。真っ白になったフェイに、アサギが「大丈夫だよ」と声をかけた。
「ローレンなら復帰できるよ」
「……そもそも、電源が入らないのだけど」
「ちょっと待って」
そう言うと、アサギは慣れた手つきでPCを分解し、水分を拭き取り電子回路を修正した。再び組み立てると、電源が入った。
「とりあえず、初期化したけど。ローレン」
「はいよ。クリス、この子捕まえてて」
「わ、わかりました」
クリスティーナにマイケルを預け、ローレンがフェイのPCをいじり、そして今、データが完全復活した。お見事。何をしたかさっぱりわからないけど。
「さすが! 最強コンビ!」
フェイがローレンとアサギを持ち上げるが、ハリソンが顔をしかめ、「最恐の間違いでは」などと言いだした。ローレンが投げたペンがハリソンにクリティカルヒットした。ハリソン、今日も不憫である。
ペンを投げたローレンはクリスティーナが捕まえているマイケルの前に仁王立ちした。マイケルが反抗的に「なんだよ、この男女!」とののしった。
いや、気持ちはわかる。多少は髪が伸びたとはいえ、跳ねるので束ねているローレンは、眼鏡のせいもあるだろうが美青年にも見える。確かに男女だ。ちなみに、アサギには女男、と言っていた。アサギは絶対零度の視線を向けて歯牙にもかけなかったけど。
ローレンは握った拳をマイケルの頭に叩き落とした。やたらと痛そうな音がして、捕まえている側のクリスティーナが「ひっ」と悲鳴をあげた。彼女のローレンに対する苦手意識はだいぶ緩和されてきているようだが、まだ時々こうして悲鳴が上がる。
「マイケル坊や、やっていいことと悪いことの区別もつかないのか、このクソガキが」
言った。ローレン言った! みんな思ってたけど言わなかったことを、この女は言った。
「なんだよ! 児童虐待だ!」
「そんなに痛くなかったでしょ。馬鹿なこと言ってないで、少しは年上の言うことを聞きな」
「暴力反対!」
「何あんた。理詰めで説教されたいの?」
ローレンの絶対零度の視線である。十二歳の子供に対し、大人げないような気もするが、この世界の厳しさを知っているローレンにとってはこれでも甘い、という認識らしい。
力技も頭脳戦もできるローレン相手に、マイケルの分は悪すぎる。彼は涙目でふるふるふるえた。
「ローレン、それくらいにしとけ。でもマイケル、お前も悪い。やるなら悪口ぐらいにしておけ。物を壊すな」
少し離れたところからハリソンがマイケルに向かって言った。さすがに彼は、ローレンとアサギと言う問題児たちの兄をしていただけある。あしらい方がうまい。実際、マイケルは今のところハリソンに一番懐いている。
おそらく、オスカーが異動になれば、ハリソンが彼の役割を引き継ぐだろう。年齢的に言えばフェイの方が年上であるが、まとめ役にはハリソンの方が向いている。参謀にローレンとアサギがついているから完璧だ。
新人さんのマイケルであるが、彼は瞬間移動能力を持っているらしい。そのため、物理法則に干渉するローレンの能力とは相性が悪い。二人の仲が悪いのはそのためもあるかもしれない。
「それじゃあ私、大統領府へ行ってくるから」
「おう。今日は帰ってくるのか?」
「いや、向こうで泊まりこみの予定」
ローレンが呼び出され、大統領府に向かうことになった。夜ご飯の有無を確認したのはハリソンだ。この二人夫婦と言うか親子みたいだ。
「じゃ、あたしも病院の方に行ってくるわ」
フェイはそう言ってアサギとローレンに復旧してもらったPCを持って立ち上がる。論文なども入っているので、本当に復旧してよかった。
「じゃあね~。マイケル。次があったらさすがにあたしも怒るわよ」
「うるさいっ」
すねているのかそんな返答が返ってきた。フェイは問題児に苦笑して病院に向かった。まあ、ハリソンには懐いているし、このまま何とかなるだろう。
だが、第三班の問題児は彼だけではなかった。
ある朝、ハリソンから電話がかかってきた。起き抜けで不機嫌なフェイはそのまま電話に出る。
「何よ朝っぱらから」
『すまん、フェイ。ちょっと緊急事態だ。クリスを連れてうちまで来てくれ』
「……は?」
意味が分からなかったが、ハリソンが詳しいことはあとで話すからとにかく来い、の一点張りだったため、フェイは仕方なくクリスティーナを連れてハリソンたちが暮らす官舎に向かった。ハリソンは基本的にまじめなので、下手な嘘をつくとも思えないし。
「どうしたんですかねぇ。何かあったんでしょうか」
「たいていのことはあそこの三人で解決できると思うのだけどね」
クリスティーナともそんな会話をしながら官舎に向かう。少し距離があるので、フェイの車で向かった。
集合住宅になっている官舎に入り、ハリソンたちの家のインターホンを鳴らした。しかし、しばらく待っても何の応答もない。フェイとクリスティーナは目を見合わせ、もう一度インターホンを鳴らした。今度はドアが開いた。
「すまん、朝から呼び出して」
「……あんた、なんで朝っぱらからそんなにぐったりしてんの」
顔を見たら文句を言ってやろうと思っていたのだが、ハリソンの無駄にハンサムな顔は何故かぐったりやつれていた。どうしたのだろうか。
「不測の事態……いや、考えてみたら当然のことなのか? いま、フランクが説教してるけど」
何故フランク。まあ、彼も呼んだのなら、すぐに来ただろうな。だって同じ集合住宅に住んでるもん。
「……全然話が見えないわよ」
「……まあ、とりあえず入ってくれ」
とハリソンが体をよける。中に入りながらフェイは言った。
「ハリソン、あんた、ジャージ似合ってないわね」
「うるせーよ。着替える暇もなかったんだよ! あいつら、起きるの早すぎなんだよ。子供か!」
はてさて、彼が面倒を見ている少年少女は一体何をやらかしたのだろうか。リビングに入ったハリソンは、ソファで丸くなっている物体をたたいた。
「おら、ローレン。フェイとクリスが来たから、お前、二人と一緒に外で朝食でも食べて来い」
ローレンはむくれた表情で体を起こした。彼女もまだパジャマのままだ。
「フェイ、クリス、こいつ着替えさせて外に連れて行ってやってくれ」
「……いいけど、アサギは?」
「フランクに説教されてる」
クリスティーナは首をかしげたが、フェイは何となく状況が理解できてきた。ハリソンの首根っこをつかんでローレンから少し離れる。
「ちょっと、アサギはあの子に何したの。無理やりキスでもしようとした?」
小声で尋ねる。幸い、クリスティーナがローレンに話しかけているので、彼女の意識はこちらには向いていない。
「さすがフェイ。惜しいな。押し倒してキスしようとしたらしい」
ハリソン、遠い目をしていた。彼はローレンの悲鳴で飛び起きたらしい。様子を見に行けばローレンが泣きついてくるわ、アサギが睨んでくるわで朝から大迷惑だったそうだ。
「なんか……うん。お疲れ様」
とりあえず、ハリソンをねぎらっておく。朝から呼び出されていい迷惑だと思ったが、本当にいい迷惑をしていたのはハリソンの方だった。
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