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正しい力の使い方【10】










 アメリアは、ただ気を失っているだけだった。ローレンがかばったのだろうが、着水の衝撃に耐えきれなかったのだろう。少し海水を飲んでしまったようで、フェイが水を飲ませていた。

 一方のローレンはほぼ無傷である。アメリアをかばいながら、自分の身を守ることも忘れなかったらしい。彼女に関してはほぼノーコメントである。

 そして、現状である。いや、現状と言うほどでもないけど。

 アメリアと共に海に投げ捨てられたサファイアは回収できなかった。ローレンが人命を優先したためだ。たぶん、機密情報局の総力を挙げて捜索すれば見つかるだろうが、そこまでするほどでもない、とデネット会長は言い切った。あの大きさならひと財産どころの話ではないだろうに、どれだけ金を持っているのだ、と思った。ちょっといらっとしたのは秘密だ。

 しかし、さらっとネタバレしたのはオスカーだった。


「偽物だ」

「は?」


 ロデリックとローレンが同時に口を開いた。偽物? 何が?


「あのサファイアのネックレス、偽物だ。よくできていたが、本物には数段劣るな。もちろん、使われている宝石は本物のサファイアだが純度が足りない。ローレン、気づいてたんじゃないのか?」

「いや、あの距離で気づくわけないだろ」

 冷静なツッコミである。確かに、宝石はアメリアと共に落下中であったし、いくらローレンの動体視力が優れていようと、あの距離では本物かの判別は難しい。そもそも、ローレンにそう言う判断ができるのか、ということもある。

「と言うか、パーティーで付けていた時から偽物だった。そもそも、偽物しか持ってきていないのだろうなぁ」

 しみじみとした口調で言ってのけたオスカーである。さすがの真偽眼。宝石の本物偽物も見分けられるらしい。ちなみに、最初から本物を知っていたわけではないそうだ。

「……じゃあ何。これ、デネット会長の保険金詐欺ってこと」

 ちょっとローレンの推理が飛躍している気がする。しかし、アサギが「そうだね」と同意を示した。

「隠してるけど、デネット・コーポレーションは多額の負債を抱えてる。僕がさらっと調べただけでこれだけでてきたんだから、ローレンが本腰を入れて調べれば、もっと出てくるだろうね」

 しかし、そこまでするのは機密情報局の職務範囲から外れることだ。これ以上何も起きないと言うのであれば、彼らの役割はもう終わっている。


「……どうしようか。すべて調べてしかるべきところにリークしてもいいけど。それとも、公開して社会的に抹殺しようか? これだけの負債があるのなら、税金の滞納、もしくは税金逃れくらいはしているだろ」


 ローレン、言っていることが怖い。せめて以前のように朗らかな感じで言ってくれないだろうか。

「いや、そっとしておいていいだろう。公開せずとも、つぶれるところはつぶれる。アメリア嬢が気の毒と言えば気の毒だが」

 オーガスタスがそう結論を出したので、機密情報局としては彼らに対してノータッチを決め込んだ。船長には寄港しても大丈夫、と伝えるらしい。理由を言えないのが苦しいが、オーガスタスがうまく丸め込んだ。


 それでも、寄港日は一日ずれこんだ。ローレンとアサギが探偵の如く探り、デネット会長が船に脅迫文を送り、爆弾を仕掛け、船を襲わせた。ちなみに、それ以前のサイバー攻撃のあたりから彼の仕組んだことであるらしい。ロデリックたちが乗り込んで来れば、仕込み人たちが本気で殺しかかってきても撃退できるだろう。どこで彼らの存在を知ったのかは気になるが、利用されたのは確かだ。だから、全て中途半端だったのだ。デネット会長としては、最後にネックレスが行方不明になればよかったのだから。

 そして、アメリアが海に落とされたことも作戦の範囲内か。宝石と人。同時に落ちればたいていの人は人を助ける。ローレンの人間として当然の判断を利用されたわけだ。彼女はあからさまに舌打ちしていたけど。


 まあ、デネット会長のたくらみはうまくいったわけであるが、同時にロデリックたちにばれてもいる。オーガスタスの言うとおり、そこまで関与するところではないので無視して下船したけど。


「デネット・コーポレーション、赤字経営で倒産したらしいよ」

 ハリソン、ローレン、アサギが共同生活している部屋である。何となく七人が集まり昼食会である。ちなみに、先ほどのセリフはローレンだ。彼女は戦力外であり、キッチンから追い出されている。

「へえ。保険金詐欺はばれなかったのか」

 キッチンからハリソンの声が飛んでくる。キッチンに立っているのは、彼とアサギ、さらにフェイだ。他は戦力外通告を受けている。

「本物の方を別の装飾品に加工するなりすれば、たいていの人にはばれないだろうね。オスカーはわかるだろうけど」

 そのオスカーはクリスティーナを連れて出かけている。昼までに戻ってくるから待ってろ、とのことだった。

 キッチンからいい匂いが漂ってきた。そこにオスカーとクリスティーヌが戻ってくる。


「ただいまー。おーい、ローレン、ロデリック!」


 よくわからないが、最近、ロデリックはローレンとひとくくりにされることが多い。端末でニュースを検索していたローレンは立ち上がると、オスカーが呼ぶ玄関に向かった。その後にロデリックが続く。

「お帰り~」

「やあ。お邪魔するよ」

「……」

 ニコリと笑ったのは、ローレンの兄ケイシーだ。彼の車いすを押しているのは十三、四歳と見える少女だ。初めて見る顔だが、おそらくマリアンだろう。あまり兄姉には似ていないが、金髪だし、聞いていた年回りとも合致している。


「……とりあえず、いらっしゃい」


 ローレンがケイシーの車いすを押す係を代わる。マンションであるが、車いすが通れるだけのスペースはある。マリアンと思われる少女は「お邪魔しまぁす」と暢気に告げて入ってきた。容姿はあまり似ていないが、ああ、ローレンの妹だなぁと思った。

「あ、い、いらっしゃい」

 はにかんで言ったのはフェイである。ケイシーが「お邪魔します。お久しぶり」とフェイに微笑みかける。ロデリックの隣にいるマリアンがローレンに囁いた。

「ねえ、あのお姉さん、大丈夫? 兄さんに騙されてない?」

「うん、大丈夫……いや、大丈夫だと思うけど、お前は自分の兄のことをなんだと思ってるの」

「詐欺師」

「……」

 ローレン妹、口が悪いな。そして、絶対にケイシーには聞こえているが、彼は怒らなかった。


 ローレンとマリアンがケイシーを支えてソファに移動させる。妹二人、手慣れていた。

 ハリソンとアサギ、フェイが料理を運んできた。一応名目は昼食会なので、お昼ご飯を食べる。どうでもよいが、ハリソンは料理がうまい。

 料理に舌鼓をうち、さすがに片づけは手伝おうとロデリックは立ち上がった。ローレンも同じことを思ったのだろうが、ケイシーに呼び止められた。

「ローレン、待ちなさい。話がある」

「……」

 ローレンは不満げな表情を浮かべたが、おとなしくケイシーの隣に座りなおした。マリアンはそんなローレンの後ろに立っている。

「おーい、ロデリック」

 オスカーがロデリックを呼んだ。フェイとクリスティーナも一緒なので、ハリソンとアサギを残して席を外すつもりらしい。ロデリックは重ねた皿を食器棚に戻すと、リビングの外に出た。


 うまくケイシーがローレンをとりなしてくれるといいのだが。いや、とりなす、と言うのも変だけど。























 ローレンはいつも通り微笑んでいる兄ケイシーをちらりと見た。彼の手はローレンの肩を強くつかんでいる。足が不自由ではあるが、彼も成人男性だ。押さえつけられればさすがのローレンでも抜け出すのは難しい。

 先ほど、オスカーがロデリックやフェイ、クリスティーナを連れて出て行った。何の話をされるかはわかる。

「……父さんのこと?」

「うん。そうだね」

 ケイシーは隠すようなまねはしない。にっこり笑って、ローレンに言った。

「倒したそうだね、君が」

「……そうだね」

 ハリソンが作った隙を、逃さなかった。父の命を奪ったのはローレンだ。兄や妹から、父を奪ったのはローレンだ。


「ねえローレン。今の私には、君にかける言葉が思いつかないんだ。君は正しいことをしたんだと言っても、私がやるべきことだったといっても、君はそれを素直には受け取らないだろう?」


 ケイシーの言葉に、ローレンは返事をしなかったが、彼の言うとおりだ。何を言われても、ローレンはそれをただの慰めとして受け取るだろう。ケイシーは、ローレンを納得させるだけの言葉を持っていないと、そう言っているのだ。


「だからローレン。私からは一つだけ。これ以上、私から家族を奪わないで」

「……」


 ケイシーの言う『家族』には、ローレンも含まれている。ローレンはゆっくりと息を吐き、目を閉じた。

 外れかけていた糸が、再び結ばれていく。目を開いたローレンに、マリアンが「姉さん」と呼びかけた。

「ねえ、姉さん。ほしい靴があるから、買ってほしいの」

 いつか聞いた言葉と同じだ。ローレンは泣きながら笑った。

「いいよ。買ってあげる」

「やったぁ」

 いつもの調子で喜ぶマリアンに笑みを浮かべ、ローレンは兄の肩に額を押し付けた。ケイシーがそっと頭を撫でてくれる。

「ローレン、マリアンをあんまり甘やかさないようにね」

 二人の少女の保護者であるケイシーはそう言ったが、声には笑いを含んでいた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ひとまず、第8章はこれで終了。

次は最終章です。


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