正しい力の使い方【1】
新章突入。
季節はすっかり夏である。世の中は夏休みシーズンであり、機密情報局でもちょこちょこと夏休みでいない職員がいる。
ちなみに、特殊事例課の職員の半数は、過去に犯罪歴、もしくは予備歴があるため国外に出ることは難しい。ロデリックもそうだ。
夏休みシーズンの少し前にあった脱獄騒動のあと、大した事件もなくひと月半が過ぎようとしている。ロデリックは高校卒業レベル試験を通過したし、クリスティーナも高等教育一年生レベルを修め、九月から二年生の内容に移るらしい。
そんなある日のことである。フラッと上司にあたるフランクがやってきた。
「よう」
「え、何? 何かあった?」
声をあげたのはオスカーである。ロデリック以降、新しい人も入ってきていないので変わらずオスカーがリーダーの役割をしているが、二十歳を越えている彼はそろそろ正規職員になるかもしれない……とのことである。
「実はな。局長がシルバーウイングに乗船するんだが」
「シルバーウイングって、豪華客船の? 何? 外交でもすんの?」
ハリソンの問いかけにフランクは「まあ、社交の一種だな」と答える。それが、ロデリックたちに何の関係があるのか。
「で、その護衛にオスカーとハリソン、フェイについてきてほしいんだが」
「私とフェイは護衛にならないのでは? ロデリックとクリスの方がまだ護衛になるよ」
オスカーが冷静なツッコミを入れる。名指しされたロデリックはクリスティーナと目を見合わせる。静かにしていたアサギが指摘を入れる。
「護衛っていうか、経験じゃないの。年長者だけ選んでるし、フェイは普通に医者だし。それならロデリックも連れて行けばいいと思うんだけど」
相変わらずのクールさ。フランクが苦笑を浮かべる。
「いや、ロデリックを連れて行くのはさすがにかわいそうかと思ってな」
ロデリックはうんうんとうなずいて同意を示した。豪華客船は興味があるが、堅苦しいのは遠慮したい。
「俺らは可愛そうじゃねーのかよ」
というハリソンのツッコミはスルーされた。
「まあ、私たちはいいけど、フェイは今病院だ」
とオスカーが勝手に許可を出す。フェイは例によって病院にいる。
「ああ、先に会ってきた。彼女もいいって言ってくれたからな」
フランクがしれっと言った。先に行ってきたのかよ! と思わないではなかったが、国防省附属病院には今、ローレンが入院中である。すでにリハビリの終了段階に入っているが、おそらく、フランクは彼女の様子を見に行ってフェイに遭遇したのだろう。
ローレンはひと月ほど前に目を覚ました。その時にはすでに、脱獄事件の終結から二週間以上が経過していた。現在はリハビリを行っているが、かなりの回復力だと言う。
まあそれはともかく。オスカー、ハリソン、フェイの三人がいなくなると、残るのはリハビリ中のローレンをのぞくと、ロデリック、クリスティーナ、アサギの三人だけになる。どうにも不安が残るメンバーだ。
しかし、一週間後、フランクは遠慮なくオスカーたち三人を連れて行ってしまった。結果、三人だけが残る。
「……」
沈黙。別に居心地が悪いわけではないが、必要以上にしゃべらないメンバーばかりなのでどうしても第三班の研究室は静かになる。珍しく静かな研究室に、電話の音が鳴り響いた。
「……」
ちらっとロデリックはクリスティーナ、アサギと目を見合わせる。年長者として、ロデリックは受話器を取った。
「はい、第三班」
前にも言ったが、電話に出る人間はだいたい決まっている。ハリソンがいれば必ず彼が出るし、彼がいなければオスカーかローレンが出ることが多いか。今はその誰もいないので、ロデリックが出た。
「はい、え? はい……ちょっと、相談してみます」
仕事内容を聞いたロデリックは戸惑いながら電話を切った。口調のおかしな様子にクリスティーナとアサギがロデリックを振り返っていた。
「どうかしましたか?」
「どういう内容?」
少年と少女が口々に尋ねてくる。アサギがスーッとキャスター付きの椅子を滑らせて近くまで来た。
「いや……なんか、子供が、逃げてるらしくて」
「子供?」
「逃げてる、とは?」
やはり、クリスティーナとアサギは着目点が違う。それはともかく、慣れないが説明だ。
「ええっと、十二、三歳の少年が、警察の追跡を振り切って街中を逃げ回ってるらしくて」
「十二、三歳? それくらいの子ならすぐに捕まるでしょ。ローレンやクリスじゃないんだから」
「え」
引き合いに出されたクリスティーナが納得のいかないような表情でアサギを見たが、話がそれるからか黙っていた。空気の読める子だ。単純に寡黙なだけかもしれないけど。
「それが……捕まえた、と思ったらすでに別の場所にいるんだって。だから、捕まらない」
「……どういう……?」
クリスティーナはピンとこなかったようだが、アサギはロデリックのつたない説明でも何となく理解したらしい。
「なるほどね……瞬間移動かな。それとも幻覚能力? まあどっちでもいいや」
アサギはスーッと元のモニターの前に戻ると、カタカタとキーボードをたたく。ロデリックとクリスティーナは後ろからそれを覗きこむ。
「……あ、この子?」
街中の監視カメラの映像の一つを、アサギが指さした。ロデリックももうツッコまないが、もちろんハッキングである。
アサギが少し映像を巻き戻し、再生する。するとそこにいたはずの少年が消えた。
「!?」
どこに行った、と目を凝らすが、見つからない。アサギが「こっち」と別のモニターを指さす。先ほど少年がいた通りと同じ通りだが、かなり場所が離れている。時間を見ると同時刻だが……。
「いや、これだけだと瞬間移動とかわからないよ」
「映像も本物かわからないしな」
クリスティーナとロデリックがアサギにツッコミを入れた。アサギも同意を示す。
「確かにね。じゃあまあ、直接行けばいいじゃん。ロデリックとクリスなら捕まえられるよ。たぶん」
「……」
かなり投げやりだったが、アサギに言われるのならできる……のかもしれない。
とりあえず、三人は居残り組であるジェイクの指揮下に入った。と言っても、作戦はアサギが立てている気がする。
少年の名はマイケル・アールストン、十二歳。生意気盛りだ。公衆トイレにいたずらをしているところを警察官に声をかけられ、それから三十分ほど逃亡し続けている。
手に負えなくなってきたので機密情報局に依頼が来たと言うわけだ。
「いいかい。状況から見る限り、マイケルの能力は幻覚能力ではなく、瞬間移動だ。しかも不完全。能力から考えて、本当は一番相性がいいのはローレンだけど、いないものは仕方がないからね」
やはり一番年下なのは変わらないアサギであるが、やっぱり彼は一番冷静である。
「瞬間移動と言っても、マイケルの能力は不完全。クリスの身体能力と、ロデリックの念動力があれば捕らえるのは不可能じゃないよ」
クリスティーナはその身体能力でマイケルを追う。ロデリックは隙を見てマイケルを取り押さえる。シンプルだが、わかりやすくてよい。
「移動距離は限られている。見る限り、壁より厚いものはすり抜けられない。クリスの身体能力なら見失わない。もし見失っても、僕とジェイクが追跡してる。だから、安心して行ってきなよ!」
アサギがぽん、とロデリックの肩をたたいた。アサギは最近身長が伸びてきて目線が近くなってきた。かわいらしい顔立ちはそのままだが、さすがに女の子にしか見えない、と言うことはなくなってきたか。
それはともかくだ。ロデリックはジェイクを見る。一応、指揮官は彼だ。
「……よし、それで行こう。私とアサギには追いかけるほどの能力がないからな」
「……」
それでいいのだろうか、ジェイク。そう思わないではなかったが、時間がないので四人はマイケル・アールストンを追うため、本部を出た。
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