過去編
一話だけの過去編。クリスマスイブですね。
「はい?」
機密情報局本部を離れ、近郊の州チェスタートン州に来ていたローレンは怪訝な声をあげた。よく一人で放りだされる彼女だが、今回は上司であるフランク、同僚のハリソンが一緒だった。
「何それ。どういうこと?」
「住宅街に大量殺人鬼ヴィクター・ライランズが出現したらしい。締め上げに行くぞ」
「いや、その理論がわかんないわよ」
フランクの言葉にツッコミを入れたローレンであるが、この場合はローレンの方が正しいと思う。その理論は意味が分からない。
「いやな。ライランズはアイリス民族だって話だろ。機動隊くらいじゃどうにも何ねぇんだと」
「軍を出せばいいじゃん」
「それより、俺たちが行った方が早い。ハリソン、留守番よろしくな」
「はいはい。気を付けて」
留守番を言い渡されたハリソンは、ひらひらと手を振ってフランクと彼に連行されるローレンを見送った。ローレンはむすっとむくれている。
「なんで私も一緒なの。フランク一人で行けばいいじゃん」
「子供がいたほうが相手の油断を誘えるだろ。いいから来い」
「ええ~」
と言いつつ、ローレンは受け取った剣を引き抜いて刃を確認する。彼女はまっすぐである剣よりも、反りのある刀の方が得意なのだが、仕方がない。
「よし、行くか」
「はぁい」
ローレン十四歳。この後、十三歳のアイリス民族の少女、クリスティーナと出会うことになる。
△
「うっわ、すげぇ」
つぶやいたのはフランクだ。ローレンも「うーわー」と間抜けに声をあげた。警察が規制を敷いている範囲内に、二人はいた。住宅街にある普通の家が、半壊している。しかも、まだ家の中から戦っているような音が……。
「……ねえ、待ってフランク。何かまだ音聴こえてるよ」
「わかってるよ。家人が抵抗してんのかもな。行くぞ」
「……イエス、サー」
ローレンはあきらめて一階部分のベランダから家の中に足を踏み入れた。さしものローレンも顔をしかめる。
そこには二人分のご遺体があった。夫婦だろうか。惨殺されているので、判別しにくいがシルエット的に。物音は上階から聞こえていた。
「……上だな。行くぞ」
階段を上がり始めるフランクにローレンは続く。階段を上りきる瞬間、フランクがローレンの頭を押さえてしゃがみ込んだ。頭上を弾丸が駆け抜ける。その体勢から、フランクは一気に二階に上がる。広いその空間で、男と少女が互いに剣をもって対峙していた。
「……あの子」
「ああ。アイリスの民だ」
フランクはそれだけ言うと二人に駆け寄る。男……手配書で見たことのある顔だ。ライランズがフランクとローレンを認めてにやりと笑う。
「これはこれは。お客さんか」
フランクの剣戟をライランズが受け止める。ローレンは加勢すべきかちょっと迷った。
「ローレン! お前はその子を止めろ!」
「は? 止めろったって……うおっ!」
ローレンは少女の攻撃を間一髪でかわした。彼女は剣をでたらめに振り回す。ローレンは少女の両腕をつかむ。正面からの力勝負だ。
「ちょっと! これどういうこと!?」
「暴走状態だ! 止めてや、れ!」
そう言うとフランクはライランズを蹴り飛ばして庭に付き落とし、自分も外に出てしまった。ローレンは叫ぶ。
「なんだとー!?」
叫んだローレンであるが、対応は早かった。力で押し負けそうになっていたので、腕をひねって少女を床にたたきつける。かわいそうな気もしたが、
「まあ、大丈夫だろう」
アイリス民族は丈夫だと言う話。実際、少女もすぐさま飛び起きた。彼女、目はうつろだが、その碧眼からは涙が流れていた。
たぶん、戦っている相手を認識していないのだと思う。それなら確かに、フランクの言うように止めるほかない。
ローレンは剣を鞘から引き抜いた。少女がでたらめに振り回す剣をさばく。一応訓練は受けたことがあるのか、完全にでたらめと言うことはなく、時々鋭い一撃をくれるので、なかなか手ごわい。そして、単純な力だけに関して言えば、ローレンより上だろう。力技で二の腕を切り裂かれた。ローレンは一度彼女から距離をとる。
「……ははっ」
ローレンは押さえた笑い声をあげる。剣の柄を握り直し、少女を見た。
「楽しませてくれるじゃないか!」
止める、ということで防戦一方だったローレンは、攻撃に転じる。上から斬りかかり、横に凪ぐ。少女からの攻撃を避けると、下から剣を突き上げ、ローレンは少女の手から剣を絡め落とした。そのまま足を引っ掛けて仰向けに押し倒す。
「ちょ、暴れるなっ。落ち着け!!」
本気で抵抗されたら、ローレンは押さえつけられない。しかも今の勢いで絶対に頭を打ったはずなのに、彼女、元気だ。
「落ち着けって言ってるだろ!」
ローレンは少女の顔の横に剣を突き立てた。少女がびくっと動きを止める。それからがたがたと震えだした。ちょっとかわいそうなことをしてしまったかもしれない。
「おい、ローレン」
「ああ……」
背後から声をかけられ、ローレンは振り返る。再び階段を上がってきたフランクがローレンに声をかけてきたのだ。
「お前……やりすぎじゃないか?」
ローレンはフランクと少女を見比べて肩をすくめた。その場で立ち上がる。そして、その場にもう一人分のご遺体があることに気が付いた。階下の二人よりは若く、ローレンよりいくらか年上の少年に見えた。少女の兄だろうか。
「……ライランズは?」
「捕らえた。あの怪我じゃ動けねぇだろ」
「……そう」
ローレンは少女の近くにしゃがみ直す。
「あなた、私の声が聞こえる? 立てる?」
話しかけながら肩に手をかけると、少女は「ひぃっ」と悲鳴を上げて体をこわばらせた。ローレンはフランクを振り返る。
「先生、怖がられてまーす」
「やっぱりやりすぎってことだろ。お嬢ちゃん、すまないが一緒に来てくれないか?」
フランクが優しい声(当社比)で語りかけるが、少女は余計に泣きだした。フランクの顔が怖いとか、そう言うことではないと思うのだが。ローレンとフランクは顔を見合わせる。
「……よし、ハリソンを呼ぼう」
「賛成」
フランクに意見にローレンも賛成する。怖がられている二人よりも、大気中のハリソンを連れてきた方がいいだろう。たぶん。
ハリソンが来る前に、少女は女性警官に保護された。ローレンはやり過ぎと言うことで注意されたが、少女に目立った怪我はなく、説教で終わった。
パトカーの中で紅茶を飲みながら待っていたローレンは、フランクがウィンドウをたたいたのを見てドアを開けた。
「どうだった?」
「どうもこうもない。あの家の家族は、あの少女を残して亡くなった。家の中の三人のご遺体は、あの子のご両親とお兄さんだそうだ」
「そっかぁ……」
ローレンはちらっと外を見る。警察が用意した椅子に座り、ハリソンがあの少女と話をしている。フランクの思惑が当たったのかはわからないが、ハリソンにはぽつぽつと話をしているようだ。年の近い少年だからだろうか。それを言うなら、ローレンだって年の近い少女なのだが。やはり、脅し過ぎたのだろうか。
「あの子、やっぱりアイリス民族の子?」
「だな。検査をしないとはっきりしたことは言えねぇけど、たぶん、純血なんじゃないか」
「純血?」
「まじりっけのないアイリス民族だってこと」
「ああ~」
ローレンは納得してうなずいた。フランクもこの戦闘民族の血を引いているが、半分だけだと言う。
「じゃあ、フランクより強い?」
「どうだろうな。潜在能力は高いかもしれん」
そう答えたフランクに、ローレンは首をかしげた。
「つまり、ライランズは自分と同じ民族の人を殺して回ってたってこと?」
「……そう言うことだな。そもそも、そんなに人数は多くないが」
ローレンは足を組んでそこに頬杖をついた。始末屋、戦闘民族、呼ばれ唐はいろいろあるが、アイリス民族についてはローレンも聞いたことがある。二年前、最重要犯罪者として投獄されたローレンの父が、今から三十年弱前に殺しまわったからである。
まあそれはともかく。
「……あの子、機密情報局で保護すんの?」
「そうなるだろうな……児童保護施設に入れても、うまくいくとは思えん」
「だろうねぇ」
ローレンもそう思う。ローレン自身、児童保護施設でやっていけないだろうと言われた。そもそも、ローレンには犯罪歴があるけど。
「要するに仲良くなれってことよね。任せて」
「いや、お前はもう怖がられてるから無理だ」
フランクに一刀両断されてローレンはむくれた。フランクは笑ってローレンの頭を撫でる。
「ま、頑張れ。第一印象ってなかなか覆せないけどな」
腹が立ったので、ローレンは座った姿勢からフランクを蹴った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次からは新章にはいります。




