声の限り【11】
こうして、最重要犯罪者脱獄事件は終結した。最後まで捕まらなかった脱獄犯五人のうち、四人が死亡。そのうち三人を手にかけたのは、ローレンだった。
そのローレンは未だ目を覚まさない。クリスティーナも様子を見に行ったが、酸素マスクをつけられたままこんこんと眠っていた。事件の終結から三日が経過している。
一人生き残ったダレル・スコットニーはアサギによってセキュリティを強化された監獄に入れられた。監獄……文字通り監獄。元いたアスクウィス島とは別の監獄に入れられたが、彼一人で脱獄するのは不可能だろう。そもそも、監獄のセキュリティを破ったのは彼だが、手引きしたのはクロックフォードであったとみられている。
ともに脱獄しようが、彼らは仲間ではなかった。お互いを利用し、討つことに何もためらわなかったそうだ。
何となく重苦しい空気が漂っているような気がするのは、気のせいではないだろう。事件の処理を終えた第三班は事実上の休暇中であるが、全員、何となく研究室に集まっている。いや、医者のフェイはいないけど。
何をするでもなく集まってきているクリスティーナたちだが、彼女とロデリックはそろそろ試験の時期だ。クリスティーナは高等教育一学年レベルの修了試験、ロデリックは高等教育卒業レベルの資格が得られるかの瀬戸際である。
勉強に身は入らないが、試験の日はやってくる。とりあえず、二人は一緒に試験に出かけた。事件から十日後のことである。
「あの、ロデリック。明日、ちょっと付き合ってもらえませんか」
クリスティーナはロデリックにそう頼んだのは、試験の日のことだった。事実上の開店営業中である第三班にも一応断りを入れて、二人が向かったのはクリスティーナが生まれ育ったチェスタートン州である。首都からそれほど離れていないので、日帰りだ。エクスプレスで一時間半くらいの距離。
チェスタートン州の教会墓地に、クリスティーナの家族は眠っている。久々に参ろうと思ったのだが、一人で行く勇気がなかったので、ロデリックを巻き込んでしまった。
両親と、兄の分。三つの花束を用意して、墓標に備えた。クリスティーナがここを訪れるのも久しぶりだ。前回訪れたのは、もう一年も前のことになる。
「……すみません、ついてきてもらっちゃって」
「いや……ご家族の?」
「はい……」
クリスティーナがうなずくと、ロデリックも一緒に祈ってくれた。クリスティーナは少し微笑む。ロデリックは優しい。彼は来た時から、クリスティーナに優しく接してくれていた。
「……ライランズを倒したら、家族の敵を討てるんだと思ってました」
クリスティーナはぽつりと言う。隣にしゃがんだロデリックは黙ってクリスティーナの話に耳を傾ける。
「……でも、ライランズが死んでも、敵を討ったって気がしないんです。私が倒したからじゃないかもしれないですけど、でもきっと、私が手を下していても同じだったと思うんです」
現実味がないと言うか、それもあるが。
「何と言うか、心にぽっかり穴が空いたと言うか」
敵を討ちたいとか、復讐したいとか、そんなに強く思っていたわけではない。そう思っていたのに、この空虚な気持ちは何だろう。
クリスティーナが機密情報局に保護された時には、ライランズは既に収監されていた。だから、敵を討てるなんて思っていなかった。それなのに、突然チャンスが訪れたからだろうか。
「……これからどうしようかなって、思うんです。思ったとき、ここに来ようと思って。ついてきてもらって、話を聞いてくれて、ありがとうございました」
「いや、これくらいでクリスの気が晴れるなら、いくらでも付き合うぞ」
「じゃあもう一件いいですか」
「……いいけど」
クリスティーナは甘えることにした。ロデリックを連れて向かったのは、現在公園になっている場所だ。三年半前まで、ここにはクリスティーナたちが暮らした家があった。
「ここでクリスは育ったんだ」
「そうです」
ロデリックに並んでベンチに腰かけたクリスティーナはこくりとうなずく。
そして、彼女が家族を失った場所。ライランズがフランクによって捕らえられ、クリスティーナがローレンに負けた場所。
半壊した家は引き取り手がいないと言うことで取り壊され、こうして公園になったらしい。たぶん、殺人事件があった場所と言うことで、買い手がつかなかったのだろうな、と何となく思っている。
「私、ローレンが怖いんです」
「だろうな」
一瞬の間もなく同意された。まあ、クリスティーナのふるまいもあからさまだったし、わかって当然だろう。
「暴れていた私をとめたの、ローレンだったんです」
その圧倒的な力が怖かった。でもそれは、きっと、クリスティーナのため。
「……ローレンが目を覚ましたら、一緒にお出かけしてみようかな……」
「いいんじゃないの」
ロデリックは笑ってクリスティーナの頭を撫でた。
△
フェイは一向に目を覚ます気配のないローレンの容体を見ていた。怪我が重症だったのもあるが、本人に目を覚ます気がなければ目は覚めないだろう。
彼女ははじめから、父親と刺し違える気概で望んでいた。たぶん、その時一緒に死のうと思っていたのではないだろうか。だから、目覚めない。
点滴を入れ替えたフェイは、半分を包帯でおおわれたローレンの頬の肌が見えているあたりをつついた。
「……わがまま言ってないで、起きなさいよねぇ」
「うん、ごめんね」
思わぬ返答があってフェイは振り返った。病室の入り口に、ローレンの兄ケイシーがいた。思わずどきりとした彼女だが、そんな場合ではない、と気を引き締める。
「ケイシーさん? ……思ったより遅かったですね」
「はは。申し訳ない」
ややシスコンのきらいがある彼は、ローレンのことを聞いたら翌日にはやってくると思ったのだが、すでに連絡がいってから十日が経とうとしている。彼にも仕事があるだろうから、こんなものなのかもしれないが。
「私が来るまでに目を覚ますかなと思ったのだけど」
相変わらず車いすのケイシーである。フェイは許可を得て、車いすを押した。
「ありがとう。ごめんね、うちの妹が」
「いえ……仕事ですし。早く目を覚ませよ、とは思いますけど」
「はは。その通りだね」
ケイシーが手を伸ばして妹の頬を撫でる。顔の半分は包帯でおおわれているし、酸素マスクもつけているので、露出している部分はほとんどない。
「……そう言えば、髪を切ってしまったんですけど」
と、フェイはローレンの金髪を少しつまむ。癖のあるその髪は、覚えているより短い。フェイ自らが切ったのだ。
「ああ、本当だ。まあ、ローレンも気にしないだろうから、大丈夫だよ」
それは大丈夫なのだろうか。ローレンより常識的だと思うが、やはりケイシーはローレンの兄なのだな、とも思う。
「……ローレンの体力なら、もう目を覚ましていてもおかしくないんですけど」
たとえ全身打撲の上に頭部や四肢に裂傷、捻挫、骨折、さらに彼女を失血性貧血に追い込んだ背面部から刺された傷があろうと、彼女の体力ならすでに目覚めていてもおかしくないのだ。
目を覚まさないのでハリソンにも見てもらったが、「彼女が目を覚ましたくないと思っている」ということしかわからなかった。
「そうだね……わがままだね、ローレン」
ケイシーがローレンの手を握る。彼女は、その手で、父親を斬り殺した。
彼は、ケイシーはそのことをどう思っているのだろう。フェイは気になったが、それを尋ねるのはフェイではない。ローレンが直接尋ねるべきだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ひとまずここで一区切り。初期プロットではここで完結の予定だったのですが、もうしばらく続きます。
完結予定の段階ではローレンが戦死する予定だったので、彼女は順調にフラグを積み立てましたが、一応生きてます。




