声の限り【10】
前半はアサギ、後半はローレンの話。
時は少しさかのぼり、実行部隊が出動した後、アサギとオスカーは本部に残り後方支援を担っていた。
「どうだ?」
「ローレンは交戦状態に入ったよ。やっぱりちょっと押され気味みたい」
「だろうなぁ」
オスカーがのんびりと言う。ドローンを飛ばして映像を送っているのだ。モニターをクリスティーナたちに切り替える。
「こっちも交戦に入ったみたい。まあ、こっちは多重に罠を用意しているし、大丈夫でしょ」
「だな。ってことは、やっぱりローレンか……」
オスカーがしみじみと言う。アサギはモニターを二分割してローレンとクリスティーナの双方を映す。
ライランズに対しては多数の罠を用意しているが、クロックフォードに関してはノープランである。クロックフォードに対して小手先だけの罠を用意しても意味がないのだ。なので、全てはローレンの技量にかかっていると言っていい。
クリスティーナたちの誘導で、ライランズが第一作戦ポイントに到達した。ここではロデリックの銃弾の雨が降り注いだが、ライランズが軽くいなしていた。まあ、予想の範囲内だ。一度ローレンで実験をしたことがあるのだが、彼女も銃弾をはじいて突っ込んできたことがあるし。尤も、あの時は機関銃だったけど。
続いて、シャーリーが用意した魔法陣へと誘導していた。少々強引であったが、うまい具合にライランズに魔法陣を踏ませていた。
『シャーリー、成功だ』
『それはよかったわ』
通信機からフランクとシャーリーの声が聞こえた。オスカーが「ライランズは確保」とデータを入力している。続いて、「クロックフォードは?」と尋ねられたのでモニターをローレンに切り替える。
「うん、たぶん、ローレンが押されてるんじゃない?」
たぶん、気概はローレンの方が上だが、実力はクロックフォードの方が上だ。ローレンが自分の父親だからと言って手を抜くとは思えないので、これが単純に実力の差。
「なんか、地球上での戦いじゃないみたいだな」
「二人とも思いっきり能力使ってるんじゃないの? 障害物がないからね」
「障害物ねぇ」
アサギの言葉に、オスカーがいぶかしそうな声を上げる。確かに、公園に映えている木とか、ひっくり返っている。だが、周囲に障害物……建物などがあればこれではすまなかっただろうと思う。
「……ん?」
「どしたぁ、アサギ」
「いや、PCが……あ、ハッキング」
「ハッキング? ダレルか?」
オスカーが身を乗り出してアサギの横から手元をのぞく。アサギが高速でタイピングをしているのを見守っていた。アサギはキーボードをたたく。
「ちょっとローレン呼んできてよ。っていうか、なんか出てきた」
「ん?」
何だこれ。アサギとオスカーは顔を見合わせる。そしてもう一度モニターを見た。現実は変わらない。彼らと共に本部待機の局員たちも「なんですかね、これ」と言っていた。
「……機械?」
「みたいだけど、二足歩行だね」
人型の機械だった。手には銃を持っているので、たぶん、戦闘を目的としているのだと思うが。クリスティーナたちのところにも、ローレンのところにもその機械はいた。
クリスティーナたちのところにいる機械が動いた。銃を発射し、味方であるはずのライランズを射殺したのである。
『あはははは! やはり僕の勝ちだ! ざまぁみろ、お前ら!』
突然通信機からダレル・スコットニーの声が響いた。これらの機械を操っているのは彼らしい。アサギは即座に通信関係に絞って権限を取り返す。
「ごめん、突破された。僕がダレルを相手するから、みんなはそっちをお願い」
アサギは一方的に言うと、こちらからの通信をきった。通信機の向こうから『って、待て! 何だこれ!』とフランクが呼びかけてくるが、無視。オスカーが「お前……」とつぶやくが、アサギがこちらの権限を取り返そうとしているのをわかっているので、あまり言わないことにしたらしい。
ローレンによると『機械兵』らしい彼らは、一斉にクリスティーナやフランク、ローレンに飽き足らずクロックフォードまでも襲い始めた。まあ、機械ごときに負けるような人たちではないが、これらをダレル・スコットニーがこちらの制御システムを使って操作しているので、早急に追い出してしまいたいのだ。おそらく、アサギが制御を取り戻せば、この機械兵たちも止まるだろう。
「こいつら強いんだな……知ってたけど」
オスカーがモニターを見ながらつぶやいた。アサギもちらりと見る。うん、大丈夫そう。大丈夫でないのはこちらだ。
「駄目だ。制御システムを取り返せない」
アサギはつぶやくと、方法を変えた。ハッキング経路をさかのぼっていく。
「何してるんだ?」
「ダレル・スコットニーの居場所を特定してる」
いくつものサーバーを経由しているが、逆探知のスキルくらいはアサギにもある。ローレンならたぶん、すぐに制御システムを奪還しただろうが、彼女は今戦場である。
「特定してどうするんだ?」
「閉じ込める」
言葉少なにアサギは答えた。オスカーは聞いても無駄だと思ったのか、それきり口を閉ざした。ただ、アサギの作業を見守っている。
「……いた」
意外と近くにいる。首都近郊の廃工場。アサギはダレルがいる場所に続く扉をすべて電子ロックで閉じた。オスカーを振り返る。
「ダレルを閉じ込めた。この場所にいるから人をやって」
「……わかった」
アサギが差し出した携帯端末を受け取り、オスカーが指示を出しに行く。アサギは再び制御システムを取り返しにかかった。
閉じ込められたことに気付いたのか、ダレルの抵抗が弱くなった。アサギはその隙に彼が使っているPCに侵入し、強制的に電源を落とした。ついでに、機械兵に関する指示コードを書き換える。
「お、機械兵の動きが止まったぞ」
「だろうね」
アサギのあっさりした返答に、オスカーは彼を見たが、すでにアサギは通信機をつかんでいた。
「待たせてごめん。ダレル・スコットニーを捕縛したよ。正確には閉じ込めたんだけど」
誰からも返答がなかった。一応アサギはモニターを確認する。クリスティーナとフランクの方は問題ないだろう。
「その機械兵とやらはもう大丈夫だよ。それより、ライランズを捕まえたなら、ローレンの回収に行ってくれない?」
『シャーリー』
『了解』
シャーリーが行くようだ。回収、と言ってもローレンは再びクロックフォードと戦闘に入っている。この二人もぶれない。
「……アサギ、ローレンが」
「気のすむまで戦わせておけばいいよ」
アサギは温かいココアを飲みながらさくっとオスカーに言い返す。しかし、オスカーは歯切れ悪く続けた。
「いや、そうじゃなくて……」
アサギは顔を上げてモニターを見た。すっかり忘れていた脱獄者の残り二人を、ローレンが切り捨てたところだった。
クリスティーナとフランク、ロデリックが撤収してくる。それを脇目で見つつ、アサギはローレンの姿を映していた。ほつれた髪を血に染めたローレンが倒れた。アサギは目を閉じる。倒れたローレンの側にはクロックフォードが倒れていた。
「とりあえず……」
終わったのだ。
△
物理法則に干渉するローレンとその父クロックフォードは機械と相性が良い。二人は機械兵をアサギが止める前にすべてを斬り倒していた。二十体近くいたそれらは、全て機能停止してローレンとクロックフォードの足元に転がっている。
ローレンはそれを蹴ると、乱暴に流れる汗をぬぐった。肩で息をしながら振り返る。全身が痛む。決定的な致命傷はないが、いくつもの小さな傷が体力を奪っていた。これらは機械兵に付けられたものではない。機械に、ローレンやクロックフォードが怪我を負わされるわけがなかった。
つまり、互いの怪我は、親子が傷つけあった結果だ。
「言っただろう。お前に私を殺せるとは思えん、と」
クロックフォードが静かに言った。ローレンははじめから、良くて相打ちだと思っていた。だから、現状も想定の範囲内ではある。
「そうね……でも、最後まで何が起こるかわからないでしょ!」
ローレンは刀を両手で握り、クロックフォードに打ち掛かった。クロックフォードはそれを正面から受け止める。
「わが娘とは思えない愚策だ」
「さあ、どうかしら……!」
クロックフォードの体がはねた。背後から機会をうかがっていたハリソンによる狙撃だ。ローレンとクロックフォードが能力を使って戦っていたので、なかなか手を出せなかった彼だが、タイミングを逃さずに狙撃したのだ。
げほっと咳き込んだクロックフォードの口から血があふれる。ローレンは刀を下ろす。
「なるほど……お前は一人ではなかったわけだ」
「……わかっていたくせに」
ローレンは目を細めると、刀を構えた。
「さようなら、父さん」
勢いよく振り下ろす。今度は自分の体で受け止めたクロックフォードは、その場で倒れた。斬ったローレンが一番よくわかっている。彼はもう、生きてはいないと。
「わかっていたくせに……」
ローレンはもう一度つぶやく。クロックフォードはわかっていたはずだ。組織に所属している娘が、一人で来るはずがない。背後に狙撃手がいることをわかって、クロックフォードは戦っていた。娘に殺されようとしていた。彼は、ローレンに殺されたかったのだ。
「あんた、そのためにわざわざ脱獄したっていうの……」
ローレンが力なくつぶやいた時。背後から刺された。一瞬間を置いて灼熱の痛みがローレンを襲う。
「ひ、ひひひっ。お、おお、俺を捕まえた罰だ!」
「……」
誰だっけ、こいつ。刺された幅広の短剣を抜かれ、膝をついたローレンは背後の男を見て思った。そうか、まだ捕まっていなかった脱獄犯の一人か。そう言えば、あと二人、捕まっていなかったか。
「まあまあ。せっかくこの美貌なんだ。お前のやり方でずたずたにするのはもっだいないだろう」
ここは剥製かホルマリン漬けに、とどちらも猟奇的な発言である。というか、もう一人いたらしい。探さなくていいので、ちょうど良い。
ははっとローレンは小さく笑う。
「お前たち、これで私を捕らえたつもりか?」
ローレンは振り返りながら刀を一閃する。そのまま立ち上がり、先ほど斬った男に刀を突き刺すと、もう一人の男に迫った。先ほどホルマリン漬けがどうの、とか言っていた方だ。
「ま、待て! ちょっと待て!」
「……失せろよ」
問答無用に切り捨てる。ローレンは無感動にそれを眺めると、軽く咳き込んだ。内臓が傷ついているらしく、血を吐いた。ローレンはふらりと振り返ると、父の遺体のそばまで来た。しかし、その場で力尽き、倒れ込んだ。手を伸ばすが、父の元までは届かない。
「ね、え、父さん……」
もう聞こえていないとわかっているが、語りかける。
「私はさ……」
結構、父さんのことが好きだったんだよ。
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