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声の限り【8】









 一方のローレンである。本部の中にまで特別に降りてきた兄ケイシーに、ローレンは小走りに駆け寄る。


「兄さん」

「やあ、ローレン。久しぶり」


 ニコリとケイシーが笑う。彼の了解をとって、ローレンは彼の車いすを押した。突然押されると、結構怖いものがあるのだ。押す時は、必ず了解をとってから。

「食堂でいい? フツーのコーヒーしかないけど」

「構わないよ。突然来たのは私の方だからね」

 いつでも、兄は優しい。その優しさがちょっと苦しいローレンである。

 兄は大切な家族だ。その大切な人の家族を、彼女は奪おうとしている。まあ、ローレン自身にとっても家族なわけだが。


 食堂でコーヒーを注文し、ローレンはそれを持ってケイシーを置いてきたテーブルに向かう。彼女が近づいていくと、ケイシーに興味を示していた事務の女性たちがさっと目をそらす。ローレンは正直微妙な気持ちになった。

「ありがとう」

「本当はカフェにでも行けばいいんだけどね」

 ローレンは肩をすくめた。実は今、ローレンたちには待機命令が出ている。ここを動くわけにはいかないのだ。

「父さんのこと?」

「うん。脱獄したってずいぶん前に聞いたよ。私のところにも話しを聞きに来たよ」

 話を聞きに来た、と彼はマイルドに言ったが、実際には尋問に近かっただろう。父は、本気で、最重要犯罪者だから。


「ローレンが父さんを止めに行くのかな?」


 ケイシーが相変わらず優しい表情で尋ねた。ローレンは一瞬言葉につまり、それからうなずいた。

「ああ。そうなる」

 身内の片は身内でつける。ローレンの信条と言うより、結構現実的な問題だ。

「父のテリトリーに入ってしまえば、他の能力者では勝てないからね」

 物理法則に干渉する能力を持つ父に対抗するためには、同じ能力を持つローレンをぶつけるのが一番だ。同じ能力で相殺し合うことくらいはできるかもしれない。

 ローレンの言葉を聞いて、ケイシーはふうと息を吐いた。

「また君に背負わせてしまうんだね……」

「私が好きでやっているだけよ」

 ローレンはあっさりと、そんなことを言った。好きでやっていると言うか、自分がやるしかないと言うのが本音であるが、それはいう必要がない。

「……私としては、場合によっては兄さんたちの家族を奪ってしまうことになるのが……」

「実際に手にかけなければならない、君ほどではないよ」

 兄妹の間に沈黙が下りる。ローレンは黙ってコーヒーの黒い水面を見つめた。

「……もうすぐ、夏休みだ」

「……そうね」

「マリアンが首都に戻ってくるよ。あの子が戻ってきたら、兄妹三人でご飯に行こう」

「うん。そうだね……」

 もしかしたらかなわない夢かもしれない。それでも約束することに意味があるのだ。……と思う。

「ローレン。例え何があっても、私は君の味方だ。それを忘れないで」

「うん。ありがと」

 兄の柔らかい言葉は心が温かくなる。こういうことを言えるこの兄が、自分と血を分けているとは信じがたいが、この兄もたまに鋭い毒舌を放つので兄妹なのは確かだ。
















「私はさぁ。実は、父のことがそんなに嫌いなわけじゃないんだよね」


 早朝、機密情報局本部ビルの屋上から朝日を眺めながら、ローレンはつぶやくように言った。初夏とはいえ、まだ早朝は肌寒い。ビルの屋上から外に足を投げ出して座ったローレンは黒いロングコートを着ていた。片足を引き上げて膝を立てる。


「殺人鬼である以外は、まともな父だったと思うよ。母よりはちゃんと子育てをしていたと思う。だけど、私に殺人術を教えたのもあの人だ」


 父は、母よりも親だった。だが、同時に母よりも人間ではなかった。器用な人だ。

「さすがのお前も父親を殺すのは気が引けるか?」

「いや? 別に?」

 クリスティーナを挟んで隣に立っているフランクに尋ねられ、ローレンはあっさりと答えた。本当に、いや、別に、と言う感じである。

 そもそも、ローレンに父が殺せるとは思えない。良くて相打ちだろう。まあ、それは口に出さないけど。


「……ローレンは、どうして自分の両親を突き出したんですか?」


 今度はクリスティーナだ。彼女もビルの屋上の端に立っている。フランクとローレンの間だ。普段とは違い髪を高い位置でポニーテールにしているローレンとは違い、クリスティーナは普段通り二つ結びのお下げだ。だが、来ているコートはローレンのものと同じ黒のロングコートである。一応、これが機密情報局の正規の戦闘服である。色気もそっけもないが、防御服としてはそれなりに優れていた。魔法陣が織り込んであるのである。


「どうして、だろうね。私一人なら、たぶん、父について行ったと思うよ」


 少なくとも母にはついて行かないだろう。兄や妹がおらず、ローレン一人なら、彼女は父と一緒に行ったかもしれない。

「何だそれ。お前も一緒だったら、本気で俺らに勝ち目無いな」

「いつも思うけど、フランクの冗談って滑りがちだよね」

「てめぇ怒るぞ」

「あと、ハリソンの口の悪さはフランク譲り」

 フランクはローレンを殴ろうとしたようだが、間にクリスティーナがいたので未実施に終わった。


「結局、私は兄や妹のおかげでまっとう……とは言えないけど、人の道を歩んでるのよねぇ」


 ローレンはしみじみとつぶやく。ローレンは家族のせいで道を踏み外す可能性があったが、同時に家族のおかげで踏み外さなかった。

 父について行けば兄妹を裏切る。兄妹を選べば父を切り捨てることになる。今はまさに後者の状態。あのときは捕まえただけだから兄妹の仲はこじれなかった。


 しかし、今回はどうだろう。万が一ローレンが生き残って父を殺したら、兄と妹とは絶交になる可能性もある。ローレンを踏みとどまらせていたものが亡くなってしまうかもしれない。そうなると、彼女自身にも自分がどうなるかわからなかった。

 ローレンは自分が危ういバランスの上にいることはわかっていた。最後の張りつめていたものを、自分で切ろうとしている。

「……ローレンも、家族のために戦っているんですね」

「クリスは純粋だねぇ」

 笑ってローレンは答えた。彼女はすくっと立ち上がる。左手に持っていた刀をベルトに括り付ける。刀を帯びる方法としては間違っているのだが、この格好に刀は帯びにくい。


「そろそろ、作戦開始時刻ね」


 懐中時計で時間を確認し、ローレンは言った。時計をポケットにしまう。三人は並んで朝の首都を眺める。後手に回り続けた彼女らだが、今度は罠をはる。うまくかかってくれるとよいのだが。いや、むしろ、ローレンの父なら罠とわかってやってくるのだろう。

「では、私は先に行くわ」

「ああ」

「気を付けて……」

 うなずいたフランクと気遣うクリスティーナに、ローレンは微笑むとビルから飛び降りた。基本的に、彼女は高いところから飛び降りて目的地へ移動する。

 自身の周囲の空間に干渉すると、彼女は自身が指定した中継点まで一気に移動する。

 やがてたどり着いたのは公園だった。周囲に物がない方が、ローレンとしては条件が良いのである。まあ、それは父にとっても同じであるが。

 ほどなくして気配を感じた。ローレンはそちらを見て笑う。


「やあ父さん。来てくれると思ったわ」


 ローレンは腰を落として刀の柄に手をかける。おそらく、ローレンと同じ能力で近づいてきたのだろうクロックフォードは、明らかに敵対する娘を見ても表情を変えなかった。

「ローレン。少しは成長してきたか?」

「……父さん、娘が命狙ってるのに、余裕ね」

「お前が私を殺せるとは思えん」

 ちょっとむかついた。ローレンは外見も性格も父親に似ている。彼について行ったら、ローレンもこうなっていたのだろうか。

「……ねえ父さん。父さんは何をしたいの?」

「それを聞いてどうする」

 腰の武器にも手をかけず、(こちらも刀である)クロックフォードは冷静に言った。

「どんな理由があれ、お前が私を止めようとするのは変わらんだろう。まあ、せいぜい頑張れ」

 クロックフォードが言い終わるが早いか、ローレンは彼に向かって刀を抜いた。自分の動きを加速させ、高速で刃をふりぬくが、同じようにクロックフォードも素早く刀を抜いた。つばぜり合いは不利なので早々に引く。


「ローレン。お前に剣術を教えたのは、私だな」

「剣術と言うか、殺人術ね。それが何か?」


 ローレンが挑発的に返すと、クロックフォードはここにきてにやりと笑った。

「お前は、自分に剣術を教えた相手に勝てると思っているのか?」

「……」

 わかっている。良くて相打ち、負ける公算の方が高い。しかし。

「やってみなきゃわかんないでしょ!」

 だって、これは罠なのだ。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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