その少年、【4】
「あらー。お帰りなさい。あ、ローレンも帰っていたのね。ハリソンったら何も言わないんだから」
事務所ではフェイが待っていた。奥の方にハリソンもいるようだが、何やら作業をしているようだ。一応、フェイの発言に答えて「悪かったな!」という声が聞こえた。
「ロデリック、初仕事、どうだった?」
「何もできなかった……」
フェイの問いかけに悄然として答えると、彼女は笑って言った。
「ま、そんなもんよ。後方支援員のあたしが言うことじゃないけどね」
と言ってロデリックの肩をたたいた。それからオスカーに尋ねる。
「んで? 結局どういう事件だったわけ?」
「相変わらず結果は聞くのな」
「気になるじゃない?」
にこりと、フェイは微笑む。彼女は自分がどうすれば美しく見えるか知っている人だ。
「あー、ローレン」
がりがりと頭をかいたオスカーは、ローレンに助けを求めた。当然、ローレンから苦情が入る。
「なんで私なの? 私、数時間前に帰ってきてハリソンに言われたとおりにしただけだけど」
「おいローレン。俺を巻き込むんじゃねぇよ」
「私を巻き込んだの、ハリソンじゃん」
奥からハリソンが出てくる。彼は何故か狙撃銃を担いでいた。
「仕方ねぇだろ。使えるもんは使わねぇと」
「か弱い女の子に何言ってるの」
「五メートル先から撃たれた弾丸をよけるような女が言うセリフじゃねぇだろ」
「……ハリソン、だから君、モテないんだよ」
「ほっとけ!」
何だろうこの二人。一瞬顔をしかめたロデリックだが、ハリソンの狙撃銃を見て唐突に「ああ」と理解した。
「あの狙撃、ハリソンだったのか」
「ん? ああ……お前、初めてだったもんな」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの彼だったが、すぐにロデリックが入ったばかりで初仕事だったことに気付いたらしい。
「ハリソンは狙撃手だ。いい腕だぞ」
オスカーにそう言われ、ちょっと照れた様子のハリソン。フェイが「で」と話を戻す。
「結局どういう風に収まったの?」
誰も正確なところを把握していない様子。報告書とか、どうするんだろう。
「……ま、産業スパイと内部告発者との三つ巴だよね。産業スパイ、つまりこの場合は同業者だけど、そいつらはサドラー保険会社が保有している情報が欲しい。例えば、新商品とか、価格設定とかだね。対する内部告発者はサドラー保険会社に捜査の手を入れたい……ちなみに、クリスが捕まえたのが産業スパイ、内部告発者は私が捕まえたやつね」
にこっとローレンが笑った。最後にちょこっと参加しただけのローレンのほうが詳しいってどうなの。ちなみに、ローレンに名を呼ばれたクリスティーナはやはりびくっとしていた。この二人の間に何があったのだろう。
「どちらとしても、自分を示唆する証拠を残したくないから、社長室に忍び込んだんだろうね。でも、そこにオスカーたちがやってきた。スパイの方は捕まるまいと暴れる。相手はクリスだからね。簡単に制圧できると思っても不思議ではない。そこへ内部告発者がやってくる。先にいる人々に驚き、彼は思わず発砲。ま、状況を混乱させるという意味ではいい方法だけど、どうして逃げ出したかねぇ」
そのままスパイにすべての責任を押し付ければよかったのにね、と彼女は結構辛辣……というか、ゲスいことを言う。
「……じゃあ、顧客情報の漏えいと言うのは?」
「内部告発者のでたらめだ。私が調べた限り、そのような事実はない。まあ、資産の不正使用はしていたようだけど、そこに捜査が入ったとしても、自業自得、私たちが関与することではない」
「そうなのね……」
フェイがほっとしたように言ったから、彼女はサドラー保険会社に保険をかけていたのかもしれない。同じことを思ったのか、ローレンは言った。
「フェイ、サドラー保険会社の保険に入っているなら、すぐに契約を切ることをお勧めするわ。三か月以内に、会社は倒産、さらに民事、刑事裁判にかけられる可能性も高いからね」
「契約は切ってあるわ」
情報が漏洩したかもしれないことが不安だったらしい。ローレンの言葉を聞いて、いくらか落ち着いた様子でフェイが言った。
「……しかし、君は後から来たのに、どうしてそこまで詳しく……」
ロデリックが思わず尋ねると、ローレンは「ははっ」と笑った。
「その質問はナンセンスだよ、ロデリック。私がここにとらわれている理由、聞いたでしょ」
「……ハッキング」
「その通り。しかも私は、他のみんなとは違って自らの意思で犯罪を起こした、明確な犯罪者。君もせいぜい気を付けたまえ」
何を、とは言えなかったが、こういうことを言うからクリスティーナが怖がるのかもしれない、とちょっと理解できた。
「……ま、私の公文書偽装も自分の意志でやったんだけどな……」
「あたしの解剖もね」
オスカーとフェイが肩をすくめた。しかし、二人の言い方を見るに、犯罪としてローレンの方がたちが悪い様子だ。
「ねえローレン。本当に情報漏れてないでしょうね?」
「心配性だねぇ、フェイは」
フェイがローレンの後ろからモニターをのぞきこんで言った。ローレンの前には六つのモニターがあり、PC本体は三つ置いてある。
「私たちの情報だよ? たとえ漏れていたとしても、機密情報局側がうまく処理するさ」
「それをするのがローレンとアサギなんでしょ」
「おや、鋭いところを突いてくるわね」
「伊達にあんたらと一年も付き合ってないわよ。相変わらずノーメイクなくせに腹の立つ美人顔だこと」
「私だって好きで美人なわけではないんだけどねぇ」
全世界の女性を敵に回しそうな発言をしたローレンだった。報告書を書いていたオスカーがロデリックに声をかける。
「ロデリック。お前にも報告書まわすから、目ぇ通しといてくれ。次からは書いてもらうからな」
「わかった」
それまではクリスティーナと勉強でもしていようか。さすがに高校に通えなくなってしまった彼なので、現在は高等学校卒業程度資格を取るべく勉強中であった。
「……クリスも、勉強して何かやりたいことでもあるのか?」
「え……っ」
聞かれたことが意外、みたいな感じで驚かれてロデリックの方がびっくりである。クリスティーナは大きな碧眼をしばたたかせて言った。
「特には……でも、みんな、頭いいから……」
「いや、まあ、それは確かに……」
数日の付き合いでもわかるほど、この機密情報局の彼らは頭がよかった。フェイは言うに及ばず、オスカーやハリソンもびくっとするほど頭がよかった。
「ロデリックは何かしたいこと、あるの?」
相変わらずクリスティーナの勉強を見ているフェイが尋ねた。ロデリックはしれっと言う。
「プログラマーになりたかったんですよ」
「そこにプログラマーいるけど」
フェイに示されたローレンは「はぁい」と手をあげた。
「正確にはソフトウェアエンジニアだけどね。システム関係のこと、聞いてくれれば教えられる範囲で教えるわよ」
気さくに言うローレンである。ロデリックの持論として、天才肌の人の説明はわかりにくい、というものがあるのだが。
「そう言えば、ローレンはいくつだ?」
「私? 十七」
「年下か」
落ち着いているので年上かと思った。ロデリックとハリソンが十八歳で同い年なので、彼女はそのひとつ年下と言うことになる。
ここにいる人たちはみな若い。それなりの年齢になると正規職員として別の班に所属になるらしく、常に第三班は若者の集まりなのだ。
最古参はハリソン。十歳のころから八年いる。続いてローレン、オスカー、クリスティーナ・フェイと続くらしい。まだ見ぬアサギも古参メンバーに入るらしく、古参三人は仲良しらしい。
「ロデリック。あんたもわからないところあったら教えてあげるわよ」
フェイにそう言われ、意識が現実に戻ってきた。ロデリックはしばらく考え、化学、と答えた。医者の国家試験を突破してきたフェイは「任せて」と親指を立てる。
こうして即答できるあたり、この集まりってすごいな……とクリスティーナの気持ちが少しわかるロデリックだった。
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