声の限り【5】
クリスティーナはゆっくりと目を開いた。脇から声がかかる。
「ああ。目が覚めたか」
覗き込んできたのは金髪美少女である。もちろんローレンであるが、頭に包帯を巻いていた。彼女はいつも怪我をしている気がする。
クリスティーナは身を起こそうとして鈍い痛みでうめいた。ローレンが手を伸ばしてクリスティーナをベッドに戻す。
「寝てな。まだ傷がふさがってないからね。今フェイを呼ぶわ」
ローレンが落ち着いた声音で言う。彼女が怖いクリスティーナであるが、この状況では叫ぶこともできない。
「入るわよー」
フェイの声だ。クリスティーナはベッドに横たわったまま顔だけ向ける。
「お、目を覚ましたわね。ちょっと診察するわよ。あ、ローレン、あんたもそこにいるのよ」
「はぁい」
間延びした声でローレンが答えた。フェイは聴診器でクリスティーナの心音や肺の音を確認する。
「大丈夫ね。回復してる。さすがに丈夫ね」
「それだけが取り柄ですから」
クリスティーナが答えると、フェイはよしよしと彼女の頭を撫でた。
「あんたは可愛いわね~」
フェイはひとしきりクリスティーナの頭を撫で、さらに体の調子を確認する。
「まだ貧血状態だし、傷もふさがってないわ。無理はしないのよ」
「わかりました」
クリスティーナは素直にうなずく。次にフェイはローレンの診察を始めた。心なしか、クリスティーナの時よりも雑だ。
「あんたはもう傷口もふさがってるわね……あんたも重症だったんだけどね」
「まあ、私は優先的に魔法治療を受けたからね」
「……本当はあまりお勧めしないんだけどね」
と、医者のフェイは肩をすくめてローレンに言った。
「魔法治療は通常治療より早く治るけど、本当はもっとゆっくり定着させていくものなのよ。結局、自分の体を癒すのは自分の自己治癒力なんだからね」
「……あのー、そもそも、私ってどれくらい寝てたんですか……?」
ふと思って言った。ローレンとフェイの顔がクリスティーナに向く。
「そうね。三日ってところ? 一時は危なかったのに、こんなに早く目を覚ますなんて……」
まあ、クリスティーナの身体能力は人間を超越しているのでそんなものだろう。
「ま、ライランズとローレン父の襲撃からもう三日たってるわ。あたしは、とにかくあんたたちを最優先で治療しろって命令されたの。何度も言うけど、本当はお勧めしないんだけど、魔法治療で最短で行くわ。……あたしも、あの二人を倒すにはあんたたちがいると思うもの」
フェイが怒涛のように言った。むしろ、自分に言い聞かせているような気もする。とりあえず、クリスティーナとローレンは最優先で治療されていて、ローレンの治療は既に終わっていることはわかった。
「……ライランズたちの行方は、わかってるんですか?」
クリスティーナが尋ねるが、フェイは「あたしは実は関与してないの」と肩をすくめる。今回は、フェイは完全に医療班らしい。
「目下アサギが捜索中。私は入れてくれないの」
たぶん、ローレンの父が脱獄者の中にいるからだろう。単純に、今回は戦闘員だからかもしれないけど。
「捜索中ってことは、まだ見つかってないってことですよね……」
たぶん、みんな考えることは同じだが、先手を打ちたいところだ。後手に回っていては、彼らには勝てない。
「ま、とにかくクリスは怪我を治すことが優先ね。ローレンも、無理しないのよ。内臓痛めてたんだからね!」
「肝に銘じておこう」
などとローレンは鹿爪らしく言ったが、絶対に守らないだろうなと思った。フェイも同様なのか、ため息をつく。
「あんたの言葉って、どうしてどこまでも真実味にかけるのかしらね」
「あ、ひどい」
ローレンはそう言ってからからと笑ったが、自分でわかってやっているのだろうな、と言う気もする。ローレンはさて、とばかりに立ち上がった。
「それじゃあ、私はもう行くよ」
「そう。家に帰るの?」
「いや。一度、本部に顔を出そうと思ってるけど」
「そう。何度も言うけど、無茶しないのよ」
「わかってるよ」
やはり嘘っぽい口調で、ローレンは言った。彼女は立ち上がると、軽く手を振る。クリスティーナは起き上がれないまま彼女を見送る。
「あと、帰り道、ナンパに遭わないようにね!」
「ははっ。最近は逆ナンが多いかなぁ」
まあ、ローレンが颯爽としていてかっこいいのはわからないではない。それ以上に、クリスティーナは怖いのだけど。
ローレンが帰って行ったあと、クリスティーナはいくつか検査を受けた。結局、異常なし、退院、を言い渡されたのはそれからさらに四日後だった。一週間で治せるような怪我じゃなかったのよ! とは、フェイの言である。ローレンの時と同じで、魔法治療が存分に使われたのである。
フェイも言っていたが、魔法治療は見た目治っているように見えても、実は定着していないことがよくある。最終的に自分を治すのは、自分の治癒能力なのだ。魔法は、これを助けているに過ぎない。
「無理はしないのよ! 絶対よ!」
とフェイは何度も念押ししてきた。通常より怪我が治りやすいクリスティーナでも、まだ完全には治っていないと言うことだ。
クリスティーナが久々に機密情報局の本部に行くと、珍しく全員が集まっていた。
「おう、クリス、久しぶり」
「怪我はもういいのか?」
オスカーとハリソンだ。久々に顔を見るとほっとする。久々と言っても、みんなお見舞いに来てくれたけど。
「はい。無理はするなって言われてるんですけど」
「そりゃそうだな」
とハリソンがうなずく。何となく、出たがるローレンを止めるのに苦労しているのかな、と思った。
「退院できてよかった、と言うべきなんだろうけど」
と微妙な表情をしたのはロデリックだ。クリスティーナが首をかしげると、彼は言った。
「ここにいるってことは、戦わなきゃいけないんだろ」
優しい人だなぁと思った。もう半年もたつのに、ロデリックは機密情報局の色に染まり切っていない。クリスティーナは笑った。
「大丈夫ですよ。私がやらないと」
少なくとも、ライランズは。彼は、彼女の家族を殺したのだから。せめて、一矢報いたいと思うのは自然なことではないだろうか。
しばらくの沈黙。その沈黙を破ったのは、いつも通りPCの前に座ったローレンだった。
「覚悟があるのなら、やらせてあげるのが男と言うものだよ、ロデリック」
「お前何言ってんだ」
「つまり、フォローよろしくってこと」
ニコリとローレンが笑う。胡散臭い。とりあえずハリソンがローレンの頭をたたいた。フェイが「あ!」と声を上げる。
「ちょっとハリソン。元気そうだけど、ローレンも一応重症患者だったんだからね!」
「わぁお。フェイにかばわれた」
うん、いつも通りだ。ずっと黙っていたアサギがツッコミを入れる。
「そんなことやってる場合じゃないよね。一時間後に会議。僕とローレンはできるだけ情報をかき集めて来いって」
「了解」
機密情報局にハッキングが許可された瞬間である。まあ、もともと黙認されていたけど。
「……えっと、何か進展はあったの?」
クリスティーナが尋ねたのはアサギだ。基本的に丁寧口調なクリスティーナだが、年下のアサギにだけは砕けた口調で話す。
「特になし。目撃情報はいくつかあるし、罠を張ろうと言う話はあるけど、結局、君たち個人の戦闘力にかかってるよね」
「……そっか」
クリスティーナは指を組み、ぎゅっと力を入れる。わかっている。クリスティーナたちがやらなければ、機密情報局は手段を選ばなくなる。アサギの隣にいるローレンと目を見合わせる。どう考えてもこの二人は主力になる。
「……まあ、私たちも手段を選んでいる場合ではないってことかもね」
などと恐ろしいことを言う彼女だった。ちょっと背筋が冷えた。
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