声の限り【1】
囚人脱走事件から一週間がたった。あの時点で十二人いた逃亡犯は、現在では六名まで減っている。そして、七人目をクリスティーナ・ワーズワースは今捕らえたところだ。気を失っている男を、機密情報局の局員たちが縛り上げる。クリスティーナが捕らえた逃亡犯としては、二人目になる。
「お疲れ、クリス。さすがだな」
大量の重火器と共にクリスティーナの隣に降り立ったのはロデリックである。機密情報局に来て半年足らずの彼は、だいぶ機密情報局になれつつある。念動力の使い方も慣れてきたようで、今では自分だけではなく他人も宙に浮かせて運ぶことができるようだ。
「うおーい。二人とも、無事だなー」
少し離れたところに待機していたオスカーがやってきた。さらに遠くの狙撃地点にいるハリソンは、合流出来るほどの距離にいない。今のところ、この四人で行動することが多かった。
「今のがコリン・ヘインズだな。元連邦合衆国軍の軍人で、仲間の能力者を惨殺して脱走した」
「……そう言う情報、いいから」
機密情報局にいるとそう言った情報は聞きなれてくるのだが、まだ慣れていないらしいロデリックはげんなりして言った。脱獄者はあと五名だが、オスカーに『危険』と言わしめた三人がまだ捕まっていない。簡単に言うと、ローレンが全力で逃げている感じなので、そう簡単には捕まらないだろうとのことだった。まあ、クリスティーナもそう思う。
今から三年前、クリスティーナは家族全員を殺され、機密情報局に保護されることとなった。この時、クリスティーナの家族を皆殺しにしたのが今回の脱獄者の一人、ヴィクター・ライランズである。
クリスティーナの一族は、『始末屋』と呼ばれる戦闘民族、アイリスの一族の一つだった。かつては集団で暮らしていたアイリス民族だが、今では各地に散らばって暮らしている。
なんでも、今から二十年ほど前、一人の男が、すでに滅びの道を歩んでいたアイリス民族を殺して回っていたらしい。これがローレンの父、ヘンリー・クロックフォードであるという話だが、事実のほどは不明である。現場を見た人間は、もう誰も生きていないからだ。殺された、と言う意味で。
そんなわけで、アイリスの民族は散り散りになって隠れて暮らしていた。クリスティーナの家族も、そんな中の一つだった。
戦闘民族とはいえ、ただの家族と同じ生活をしていたと思う。父がいて母がいて、兄がいて。平和に、普通に暮らしていたのにあの一瞬で壊されたのだ。
アイリスの民族は戦闘民族。兄もクリスティーナも、それなりの訓練を受けていた。身の内にある力をうまく放出するために、どうしても必要だったのだ。高い身体能力と回復力を持つ彼らは、かつて、優秀な『兵器』として戦場に動員されたらしい。
家族を皆殺しにされ、兄にかばわれたクリスティーナだけが生き残った。彼女が一番強くアイリスの血を継いでいたのだとも言われるが、定かではない。とにかく彼女は暴走し、ヴィクター・ライランズと互角に渡り合ったのだと言う。
そして、そこにやってきたのが、通報を受けたフランクとローレンだった。クリスティーナの出身はこの州ではないのだが、たまたま近くまで来ていたらしい。そのままフランクはヴィクター・ライランズを捕らえ、ローレンは暴走するクリスティーナを力ずくで止めた。
この時から、クリスティーナはローレンが苦手なのである。力でかなわない、という野性的な本能なのだろうか。やや戦闘狂ではあるものの、基本的には温厚な人だし、いい人であるとは思うのだが。
以降、クリスティーナは機密情報局にいる。まともな戦闘訓練を受けたのはそれからであり、彼女はまだ戦闘歴三年目である。まあ、十六歳であることを考えれば長いのかもしれないけど。
「残り五人か」
「見つかるかわからんし、見つかってもどう捕らえるかが問題だよな」
ロデリックの言葉にオスカーがそう返答した。確かに、見つけても捕まえられるかはわからないのだ。
「でも、一回捕まえられてるんなら、不可能ではないんだよな?」
「……うーん」
不安そうなロデリックの不安をさらにあおるようなオスカーの何とも言えない表情。「微妙なところだな」と答えたのは先ほど合流ししたハリソンだ。正確には、三人も移動して中間地点で合流となったのだが。ここは、ハイウェイのサービスエリアである。
「今逃げてる五人、捕まえたのはすべてフランクとローレンだ。フランクはまだアスクウィス島、ローレンは本部。クリスだけじゃ難しいかもなぁ」
ハリソンの冷静な指摘に、クリスティーナは少し落ち込む。そんな彼女に気付き、ハリソンは彼女の頭を撫でて微笑んだ。
「お前のせいじゃねぇよ。今回は上層部が判断を誤ってんだよ」
さすがは最古参。言うことが辛辣である。しかし、確かにローレンを動かせないと言うのは誤った判断だと言わざるを得ないだろう。
「ま、これからは捜査網が絞られるだろうね。ここまで見つからないとなると、あの五人はチームを組んで逃げ回っている可能性がある。……いや、彼らの性格からして、近場に陣取ってるかもしれないけど」
「あー、あれだな。あいつらは、ローレンの性格で考えると結構簡単に見つかりそう」
ハリソンがオスカーに同意したのか微妙な発言をした。さすがのクリスティーナも口を開く。
「みんな……ローレンをなんだと思ってるんですか……」
さすがにローレンが憐れになったクリスティーナであった。
「おい! お前たち!」
駆け寄ってきたのは似非神父のジェイクである。神父じゃないのにエクソシストとはどういうこと。今回の件でエクソシストが出る幕はないので、彼はただの調整役である。
「何? 悪魔でも出たの?」
オスカーがにへらっと笑って言った。ジェイクは「悪魔ではないが、悪魔のようなやつらが出た」という言い方をした。クリスティーナたちは首をかしげる。
「悪魔のようなやつら?」
「首都、大統領府の近くにヴィクター・ライランズが現れたそうだ」
「な……」
みんな絶句した。オスカーが冗談交じりに「近くにいるかもね」なんて言っていたが、本当に近くにいたようだ。
自分の家族を殺した相手が、近くにいる。そう思うと、クリスティーナは会ってみたい気も、このまま逃げてしまいたい気もする。まあひとまず、クリスティーナの心情は置いておき。
「今日、ローレンとアサギが大統領府に行くって言ってなかったか」
ハリソンが二人の予定を思い出しながら言った。彼はあの二人と一緒に暮らしているので、スケジュールくらいは把握しているだろう。
「ああ。二人は大統領府にいるけど、ローレンの出撃命令が出ないからな」
何それ。目の前にいるのなら、ローレンを出せばいいのに。っていうか、出撃命令って。クリスティーナの心の中は常にこんな感じだが、うつむいて声には出さない。
「それで、代わりにクリスをよこせってか」
「まあ……あと、ハリソンには狙撃しろって」
「マジでか」
どう考えても狙撃できる相手ではないと思うのだが、命令には従わざるを得ない。クリスティーナはそのままヴィクター・ライランズの元へ、ハリソンは高所をとるために別方向へ、オスカーとロデリックは大統領府へと向かった。
いよいよ……いよいよである。クリスティーナは、家族を殺した相手と正面からぶつかり合うことになる。
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