その少年、【3】
本日最後の投稿です。
翌日、網を張ると言ったハリソンだが、ロデリックには何の網を張っているのかさっぱりわからなかった。わからなかったが、一つ事件が起こった。
『大手保険会社、サドラー保険会社から顧客の情報が漏洩したというニュースですが……』
ズバリ、これである。みんな事務所のテレビに張り付いてそのニュースを見ていた。オスカーがハリソンを見る。
「お前が仕掛けたやつか?」
「いや。たぶん、内部告発者じゃねぇの」
「それか、侵入者本人」
ハリソンとフェイがそれぞれ言った。つまり、侵入者は顧客情報を盗み、それを自分で告発した可能性がある。ということは、犯人は社員の可能性があるのだ。
「まあ確かに、社員だったら簡単に中に入れるし、社長室も機会をうかがって侵入することはできそうだけどなぁ」
オスカーは考え込むように言った。それからもう一度ハリソンを見る。
「つーかお前、何しかけたんだ?」
「ちょっとな……こちらから見つけ出すのが難しいので、出てこざるを得ない状況を作ろうと思ってな」
何それ怖い。犯人が戻ってくるときって、どんな時だろう。犯人は現場に帰るとは言うが……。
「それさぁ。ハリソンが自分で考えたの?」
フェイが頬杖をついたまま尋ねた。二人がしばらく見つめ合い、折れたのはハリソンだった。
「そうだよ! アサギに知恵を借りたんだよ!」
「……まあ、あの子も暇してるし、いいんだけどね」
一応アサギの治療をしているフェイが肩をすくめた。足の骨を折ったのなら動けないだろうが、普通に頭は働いているはずだ。
「うまくいけば、今日の夕方には決着がつくだろ」
思ったよりも早かった。本当に、情報漏えいについては、彼らは気にしないらしかった。ロデリックはちょっと気にしたのだが、ハリソンによると、彼らにはプライバシーというものがほぼ存在しないらしい。
深く突っ込むのはためらわれたため、そのまま流しておく。ロデリックはオスカーに連れられ、クリスティーナと共にサドラー保険会社を訪れた。今日の午後、社長が会議で社長室から不在になる。その時を狙って、犯人は戻ってくるだろう、というのがハリソン……というか、アサギの読みだった。
逃げたと思われる経路を調べたい、などと適当なことを言って会社に入り、本当に非常階段に出た。フェイも、おそらく外の非常階段は使っていないだろう、と言っていたのでただのポーズである。
「クリス、準備はいいな?」
「う、うん」
クリスティーナがこくりとうなずいた。この見た目で彼女は戦闘員であるらしい。オスカーは非戦闘員。クリスティーナが抱えている細長いケースには剣が入っている。この時代には珍しい武器だ。だが、戦闘民族の血を引く彼女に扱わせれば強力な武器となる。
「では、クリスは犯人を見つけ次第拘束。ロデリックはその援護だが、初めてだから無茶はするな」
「わ、わかった」
クリスティーナ張りの緊張具合でロデリックはうなずいた。とにかくクリスティーナを助ければよいのだろうが、ロデリックが役に立てるとは思えなかった。
しばらく頃合いを見て、三人は社長室に向かった。事前に申告していないので、この三人も不法侵入となる。しかし、オスカーもクリスティーナも気にしていないようだった。
ハリソンは犯人が現場……つまり、社長室に戻ってくるように網を張った、と言った。簡単に言うと、自分を特定されてしまう情報が社長室に残っていることをちらつかせたのだ。
社長のコンピューターから情報を抜き取った時、記憶媒体を使ったと思われる。その時に誤って、同じ形の別の記憶媒体を持ち去ってしまったようだ、ということにしたのだそうだ。もちろん、情報漏洩のニュースが流れる前にやったことである。
社長室で争ったとしたら、記憶媒体が入れ替わった可能性はある。それはロデリックにも理解できるが、今の状況でこの作戦がうまくいくかはわからなかった。
社長室の扉は開いていた。オスカーが先頭で中に入る。と、クリスティーナがロデリックを引っ張って床に伏せさせた。強い力を受け、扉が曲がる。ロデリックと同じ、念動力者だ。
一瞬の砲弾のようだった念動力をかわすと、クリスティーナがすぐさま立ち上がった。鞘に入れたままの剣を思いっ切り振るう。相手がサイコキネシスを放つ暇もない。戦闘慣れはしていないようだった。唐突に、銃撃がクリスティーナの邪魔をした。
呆然とクリスティーナの猛攻を見ていたロデリックに、念動力をいまいち避けきれなかったオスカーが叫んだ。
「ロデリック! 今、外にいたやつ! 黒いくせ毛の男を追え! 捕まえろ!」
「え!?」
と言いながらもロデリックは言われたとおりに黒いくせ毛の男を追った。すぐにわかった、というか、この社長室周辺にいる男は彼くらいだったのだ。後は社長秘書の女性が二人いるだけ。驚いている秘書の視線を受けながら、ロデリックは男を追う。というか、足が速かった。一気に階下に降りる。その間にロデリックは息が上がっていた。
一応、「待て!」「話を聞きたいだけだ」などを声をかけてみたのだが、効果はなかった。受付まで降りてくると、目の前に金髪の女性が現れた。今まで、すれ違った人は避けていったのに、ぼーっとしていたのだろうか。
「えっ」
黒髪くせ毛の男に人質にされ、頭に銃を突き付けられた女性は何が起こっているかわからない、というような声を出した。表情もきょとんとしていて……というか、偉い美人である。年齢は二十歳ほどに見えた。
「近づいたらこいつを撃つ!」
人質としてインパクトのある美人であるため、ロデリックも、騒ぎに駆け付けた警備も手を出しあぐねた。そのまま男はビルを出ようとする。外に出てしまうと、見つけるのは難しくなってしまう。焦っている間に、男は自動ドアを開くところまで来てしまった。まずい、と思ったとき。
一発の銃声が聞こえた。いや、銃声は聞こえなかった。着弾音だ。黒髪の男が持っていた拳銃は銃撃に吹き飛ばされ、女性から手が離れた。その女性は真っ先に逃げ出すと思ったのだが。
人質になっていた女性は、男に肘鉄を食らわせ、身をひねりながらきれいに回し蹴りをした。男が床に頽れる。
「おや。弱かったかな」
平然と彼女はそんな事をのたまった。男が起き上がってくる。床に倒れた時に鼻をぶつけたらしく、鼻血を出していた。
「この女!」
拳銃をなくしてもナイフを持っていた。女性を刺そうとナイフを振り上げるが、その腕は逆にとらえられ、後ろにねじりあげられる。見事な身のこなしだった。ぎりぎりとねじりあげられ、ナイフが男の手から落ちた。同時にばきっという音が聞こえて男が悲鳴をあげた。女性が男から手を放す。また、顔からつっこんだ男は犯人だがちょっと憐れだった。
「おっ。ローレンじゃねぇか」
ロデリックがこれはどうすればいいのか、と考えていると、オスカーたちも降りてきた。クリスティーナが金髪美女の姿を見て悲鳴を上げてオスカーに隠れた。金髪美女は肩をすくめる。
「お前、西海岸じゃなかったの?」
「今朝の便で帰ってきたのよ。その途端にこれ」
ついてないよねぇ、と彼女は笑った。
「そちらは? もういいの?」
「犯人は捕まえて警備員に引き渡してきた」
「んんっ。じゃあ、こっちもそうしようか」
床に突っ伏したままびくりとも動かない男が生きていることを一応確認し、オスカーは警備員に彼を引き渡した。捕まえることまでが仕事なので、その先は自分たちの仕事ではない、とでもいいたげだ。
「私は社長に挨拶してくるから、お前らはここで待っていろ」
と、オスカーに言われ、ロデリックにはクリスティーナが預けられた。金髪美女がクリスティーナに微笑むと、クリスティーナは「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。ロデリックは胡乱気にその美女を見る。
「誰だ?」
「ああ、私? 私はローレン・リドリー。同僚だから、よろしくね」
ニコッと笑って彼女は言った。何か、思っていたローレン像と違う……。そもそも、ロデリックはローレンという名だけ聞いて勝手に男だと思っていた。
「……ロデリック・リーだ。よろしく」
「ああ。話には聞いているよ。よろしく」
無駄に愛想の良い娘だ。大統領府から西海岸に行き、その帰りだからかパンツスーツに身を包んでいて、それもあって少し大人びて見えたのだろうが、近くでよく見てみれば、ロデリックとさほど年は変わらないように見えた。
クリスティーナは人形のような愛らしさを持つ美少女だが、ローレンは理知的な面差しの美女である。ロデリックは、何となく、フェイがおしゃれに気合を入れている理由がわかる気がした。
「待たせたな。とりあえず私たちの仕事は終わり。戻るぞ」
オスカーがロデリックとクリスティーナの背中をたたく。ビルの外に出たオスカーが「あ」と声を上げる。
「ハリソン、回収していくか? たぶん、狙撃手として来てるんだろ?」
「ああ。助けてもらったけど、まあ、もう撤収してるでしょ。いつまでも狙撃地点にいたら怪しいし」
「それもそうか」
何となく、誰も彼もハリソンへの扱いが適当だな、と感じた。
ちなみに、クリスティーナは機密情報局に戻るまでずっとおびえた様子だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
実は私、よくやるんですが、ローレンは最初、ロレインでした。打ち間違いが多いのでローレンにしました。




