優しい思い出【3】
ローレンが怪しさ満点に無理やりハリソンは連れ出したのは、彼の誕生日パーティーの用意をするためだったらしい。ものすごく驚いたが、好意でやってくれたことを否定できるわけもなく、そして、単純にうれしかった。
しかし、妻のエレオノーラはいるのに、フランクは料理を食べ終わってもやってこなかった。呼ぶと、その日が休みなら必ず来るのが彼なのに。なんだかんだで、フランクもハリソンたちに甘いのだ。
そして、パティシエールであるエレオノーラが作ってきたケーキを切り分ける段階になる。包丁を持ったフェイが顔をしかめる。
「ねえどうする? 九つに切るべき?」
今はちょうど八人で、その数なら切りやすいのだが、フランクを入れると全部で九人。一気に切り分けの難易度が上がるわけだ。
「一応、九つに分けておけば?」
「そうね。もしかしたら来るかもしれないし、来なかったら食べるわ。ハリソンが」
オスカーの意見に乗っかる形でローレンがにっこり笑って言った。名が挙がったハリソンは「なんで俺なんだよ」と突っ込む。わかっている。これはハリソンの誕生日パーティーで、このケーキもハリソンのためのものだからだ。
「……そうね。九つね」
フェイがケーキを眺め、包丁を握りしめた。九つに切るのは簡単だ。三等分したやつを、さらに三等分にしてしまえばいい。だが、難易度が高い。
「私やろうかー」
ローレンが名乗り出た。彼女なら機械の如く正確に九等分するだろう。料理はできないが、そう言うことは得意なのだ。魚をさばくこととか。むしろ、何故それだけできて料理ができないのか。
「……いいわ」
フェイは断ると、慎重にケーキを切り始めた。フルーツなどのトッピングがあるので、切りにくいのである。しかし、なかなかうまく切れたのではないだろうか。多少大きさにムラがあるのは、むしろホールケーキの醍醐味である。
大きさでもめるようなメンツではないので、単純にケーキの味を楽しむ。エレオノーラのケーキはおいしい。
「エレオノーラ、ごちそうさま。おいしかった」
「うふふ。それはよかったわ」
にこにことエレオノーラが笑う。本当に、なぜ彼女がフランクと結婚したのかわからないほどいい人だ。
玄関で物音がした。ローレンが無言で立ち上がる。料理はできないが、防犯面では無駄に役立つ彼女である。しばらくして、戻ってきた。
「フランクだった」
「お前絶対わかってただろ。わかってんのに、攻撃しかけてきただろ」
かなり遅れてフランクの登場である。フェイが片づけたケーキを出そうと立ち上がるが、フランクは手をあげて止めた。
「お楽しみのところ悪いが、仕事だ」
えー、とブーイングが上がる。しかし、フランクは無視して言った。
「向こうの通りでテロが起きた。つーわけで、全員出動。急げ」
「はーい、あたしは?」
エレオノーラが手をあげて尋ねた。フランクは「ここにいろ」と即答する。
「え、いいの?」
と、エレオノーラはハリソン、ローレン、アサギの顔を見る。ハリソンはうなずいた。
「構わない。今から動く方が危ないだろ」
「わかったわ。ありがとう」
にこっとエレオノーラが笑った。うちの女子たちにはない優しさなので、ちょっとほっこりする。うちの女子たちと言えば。
「ちょっとローレン、服貸してよ」
「いいけど、丈足りないかもよ」
などと現実的な話をしている。フェイは今日、ミニスカートなのでテロの現場での活動に向かないのだ。それを言うなら、ローレンとクリスティーナもロングスカートであるが。
「多少短くても、ま、いいわ。緊急事態だし」
おしゃれなフェイであるが、こういうところはすごいと思う。今の恰好が、医療活動には向かないことを理解していて、実をとる。ローレンとクリスティーナはあえてスカートのままだ。
アサギもいろいろと機材を用意している。ハリソンはフランクに話しかけられた。
「ハリソン。一時的にお前の能力制限が解除されている。救助活動に協力してくれ」
「救助活動って、どんな規模のテロなんだよ……」
ハリソンは呆れたが、フランクは次々と指示していく。オスカーはハリソンと共に救助活動。フェイは医療班に合流。ローレンとアサギは情報収集、ロデリックとクリスティーナはシャーリーと合流し、瓦礫等の撤去作業だ。
「犯人って捕まってんの?」
ローレンがジャケットを着こみながら尋ねた。それから、アサギが持てなかった機材を軽々と持つ。アサギががっくりしているのが見えた。アサギもだいぶ体格がしっかりしてきたと思うのだが、まだローレンの方が背が高いし、力もあるのだ。
「……半分くらいは」
「あ、そ。ハリソン。尋問頑張ってね」
「うるせぇ」
急速に興味をなくしたらしいローレンの言葉に、ハリソンは顔をしかめた。
「じゃあエレオノーラ。待ってろよ」
「わかってるわ。みんな、気を付けてね」
エレオノーラが、笑顔で、しかし、心なしか心配そうに一行を見送った。
現場には途中まで車で行ったが、混乱が激しかったので途中から徒歩になった。遅れ気味のアサギの手を、ローレンが引っ張っている。
「んじゃ、私は情報処理班と合流するから!」
サイレンや人の声で騒がしいので、ローレンが大声で言った。彼女はそのままアサギを連れて仮設本部の方へ向かって行く。爆弾テロだったらしく、かなり規模が大きい。
「あたしも医療班の所へ行くわ!」
「ロデリック! クリス! こっちよ!」
フェイともわかれ、ロデリックとクリスティーナもシャーリーに呼ばれ、寂しく野郎三人が残った。
「見事に男だけ」
「花はハリソンの顔でカバーしとけ」
オスカーの言葉に、フランクが投げやりに言った。どういう意味だ、それは。
「さて。ハリソン、どのあたりに人がいそうだ?」
建物が崩れているので、人がその中に閉じ込められていないか、と言うことだろう。今、ローレンとアサギがこの辺りにいた総人数を算出しているはずだ。
眼を閉じて意識を集中すると、子供の泣き声が頭の中にぐわん、と響いた。あわてて眼を開く。
「そっちの建物。中に子供がいる」
「人数はわかるか?」
「さすがにそこまでは……」
ハリソンは彼の能力であるテレパシーで人のいる場所を把握しているが、さすがに人数まではわからない。この場所には恐怖と悲しみが渦巻いていて、人々のそれらが絡み合い、うまく個人が判別できない。
「いや、大丈夫だ。オスカー、撤去班に指示を出せ」
「はいよ。おーい、ロデリック!」
オスカーが近くでシャーリーと共に念動力で瓦礫を動かしているロデリックに声をかける。オスカーなら建物の崩れ方を見れば、どう動かせばいいか『わかる』。ロデリックなら念動力で指示通りに瓦礫を撤去できるだろう。
オスカーの指示に従ってロデリックが瓦礫を動かしはじめた時、通信機が鳴った。支給されたインカムは、フランクもハリソンもオスカーも、全員がつけている。
『こちらアサギ。ここら一帯にいた人数が算出できたから、データを送るよ』
アサギからだった。フランクの携帯端末が鳴ったので、そちらにデータが送られたのだろう。
『今、ローレンが犯人の行方を追跡中。ファイアーウォールが突破できたらまた連絡するよ』
ローレンならすぐに突破するだろう。というか、何のシステムのファイアーウォールに挑んでいるのだ、彼女は。
アサギからフランクに送られてきた地図データを見ると、事件当時に現場にいたであろうおおよその人数が表示されている。それを元に救出活動を行うのだ。
「……ハリソン、すまん。どう考えてももう一人いるんだが、どのあたりにいるかわかるか?」
「ちょっと待ってくれ。やってみる」
この状況でテレパシーがうまく作動するとは限らないし、対象がすでに死んでいれば、探ることは難しい。まあ、ハリソンは残留思念も読み取れるタイプの精神感応能力者であるが、何事にも『絶対』はないのである。
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