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優しい思い出【2】

アサギ視点。アサギの話は次の章だけど。











 一方、官舎に一人残ったアサギである。行きたくないふりをして部屋に引きこもっていた彼は、玄関のチャイムの音を聞いて立ち上がった。


「おはよう、アサギ」


 にこっと笑ったのはフェイだった。その後ろに、オスカー、クリスティーナ、ロデリックの姿もある。アサギは「おはよう」と答えると後ろに下がって四人を招き入れた。

「うまくいったか」

「ハリソンがだいぶごねてたけどね。ローレンが無理やり連れだした」

「あー、ローレン、何を言っても裏ありそうに見えるからな」

 笑うオスカーに、アサギはシャレにならないなぁと思っていた。ローレンが怪しいのはいつものことだ。

 しかし、誘われたのがアサギなら、彼は喜んでローレンに同行したのに。まあ、今回は目的があるので仕方がない。


「ま、連れ出したのだからいいでしょ。さっさと準備しましょうよ」


 フェイがサクッと言った。ロデリックとクリスティーナに持たせた荷物をキッチンで広げている。クリスティーナのような小柄な少女に荷物持ちをさせるのは世間的に見ておかしいが、彼女はおそらく、この中で一番力持ちだ。一番力がないのはアサギ。……いや、フェイか。

 まあそれはともかく、アサギも準備を手伝い始める。何の準備か。ローレンが連れ出したハリソンの誕生日会である。数日前、彼の誕生日だったのだ。

 十八歳の誕生日である。つまり、それまでハリソンは十七歳だったと言うことで、半年ほどローレンと同い年だったと言うことだ。


 何となく、班員が誕生日になると小さなパーティーなどを開いているが、今回はサプライズパーティーをしてみようと思ったのだ。ハリソンが一番驚いてくれそうだからである。

 ローレン、アサギ、オスカーあたりは必ず勘づく。フェイも勘づく可能性が高いし、ロデリックとクリスティーナをびっくりさせるのは気が引ける。消去法でハリソンが選ばれたのだ。短気だが優しい彼だ。驚かせても最後は許してくれるだろう。という甘えがある。

 フェイとクリスティーナがキッチンで料理を作っている。男性陣三人は飾りつけだ。

「アサギ。ちょっと手伝って」

「了解」

 アサギは部屋の飾りをオスカーとロデリックに任せてキッチンの女性陣の方に向かう。

 二人は当たり前だが料理を作っている。微妙におしゃれな料理だ。幸いアサギがキッチンに立つことが多いので、勝手はわかる。


 ハリソン、ローレン、アサギの三人で暮らしているこの部屋では、基本的に炊事係はハリソンかアサギだ。紅一点のローレンは、何故か料理が下手なのである。できないわけではないのだが、微妙な出来になる。

 と言うわけで、ローレンはハリソンと共に出かけさせたのだ。まあ、そうでなくとも彼女がハリソンを引っ張り出しただろうけど。アサギよりも、ローレンの方が向いている。適材適所と言うやつだ。


 再び玄関のチャイムが鳴った。アサギは手を洗って玄関に出る。

「おはよう、と言うにはちょっと遅いかしら。ケーキ持ってきたわよ」

 ひらひらと手を振ったのは、金茶色の髪の女性だ。もう片方の手にはバスケットを持っている。ケーキ屋で働いているパティシエール、エレオノーラ・ノーランだ。小柄な女性で、身長百六十センチのアサギよりも背が低い。クリスティーナと同じくらいだろうか。

「遅くなってごめんなさい。準備はどう? まだなら手伝うわよ」

「大丈夫。そろそろ、ローレンたちも帰ってくるだろうし。あ、フランクは?」

「あの人なら少し遅れるって。現場で引きとめられているみたいよ」

「ふーん……」

 にこっとエレオノーラは笑った。このにこにことよく笑う小柄な女性は、アサギたちの上司フランクの妻である。結婚したのは二年ほど前で、その時は「犯罪だー」と騒いだものだ。フランクとエレオノーラは八歳差なのである。


「あ、エレオノーラさん」


 フェイがエレオノーラを見て「ケーキ来たー」と声をあげた。料理もほぼ出来上がっているし、飾りつけも終わっている。アサギの端末が震えた。端末を確認すると、ローレンからメッセージが入っていた。

「ねえ。ローレンたち、今から帰るって」

「マジか。ちょっと待って」

 オスカーがあわてたようにカーテンを閉じた。『誕生日おめでとう』の看板が下がっているのだ。クリスティーナもエレオノーラから預かったケーキを冷蔵庫の中にしまっていた。

「とりあえず料理出せ」

「そうね。ケーキは後にして……クリス! ジュース持ってきて!」

「はぁい」

「アサギ、グラスは?」

「ちょっと待って」

「なあアサギ。椅子ってどこ?」

「書斎のクローゼットの中!」

 ばたばたと準備を終わらせていく。ローレンがハリソンを連れ出した駅前の映画館まで、ここから十五分ほど。どんなにゆっくり帰ってきたとしても、それほど猶予はない。

「ってか、フランク来てないわよ」

「もういいじゃん。ほっときなよ」

 フェイの言葉に、アサギがしれっと言った。いいじゃん。エレオノーラがいるし。夫に対してさらりとひどいことを言ったアサギに、エレオノーラは笑う。

「ふふっ。アサギ、相変わらずかっこいいわね」

「確かに、アサギって発言が男前よね。ローレンとは違った感じで」

 それはフェイ、ローレンがかっこいいと言っているに等しいが、フェイはローレンの兄に思いを寄せているらしいので、顔が似ているローレンも格好良く見えるのかもしれない。

「フェイ、ローレンと一緒にしないでよね」

「男前なのは否定しないのね」

 外見を見てかわいいかわいい、と言われるよりは、内面が男前と言われる方がよいに決まっている。これでも年ごろの少年なのだ。


「あ、フランクから。まだこれないから、先に始めてろって」

「りょうかーい」


 オスカーとフェイの声がかぶった。時間的に、そろそろローレンとハリソンが戻ってくる。


「たっだいまー」


 ローレンの良く通る声が聞こえた。アサギはばっと玄関に向かう。

「お帰り!」

「お、おう。ただいま」

 珍しく走ってきたアサギに、ハリソンが引き気味だ。ローレンなどは事情を知っているので、「ただいま~。アサギ、元気そうねぇ」などとのんびりした口調で言っている。

「元気そうねぇ、じゃねぇだろ! お前今朝会ってんだろ! つーか、客? 客!? 何たくらんでんだよお前ら!」

 まあ、人の気配がするし、ハリソンが疑うのも無理ない。

「何言ってんのハリソン。そんな人聞きの悪いこと言わないでよ」

「おめーが一番怪しいんだよ!」

「いだだだだ」

 頭をつかまれたローレンが笑いながらハリソンの手を払いのける。それから彼女はハリソンと腕を組み、アサギは反対側の腕をつかんだ。


「え、ちょ、まじで? 何たくらんでんだよ! 結託すると怖いんだよお前ら!」


 本気で怖がっているハリソンである。まあ、アサギとローレンは過去にいろいろやらかしているので、彼が慄くのもわかる。それでも二人を見捨てないハリソンは、本当に優しい。こんな扱いをしているが、アサギもローレンもハリソンのことが大好きだ。

「開けるよ」

 何の感慨もなくアサギは言うと、リビングの扉を開けた。その瞬間、クラッカーの音が響く。


「ハッピーバースデー、ハリソン!」


 アサギとローレンもハリソンの両側からクラッカーを鳴らす。ハリソンがびくっと体を震わせた。まあ、クラッカーの音は普通にびびる。

「誕生日おめでとう」

「無理やり連れだしてごめんねぇ」

 アサギとローレンがそれぞれ言う。あっけにとられていたハリソンだが、徐々に状況を理解してきたらしく、言った。

「お前ら……いい奴だな……」

 こんな性格だから、ハリソンは舐められるのかもしれない。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ハリソンちょろい(笑)


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