優しい思い出【1】
その日、ハリソン・オルブライトは同居人にたたき起こされた。
「ハリソン、起きてってば」
「んだよ、うるせぇな……」
眼を開くと、同居人の金髪美少女の顔が見えた。見なれているハリソンは目を閉じ、枕になつく。
「あ、ちょっと!」
彼女はハリソンの肩を乱暴にゆすった。金髪美少女、つまりローレンに揺さぶられると怪我をしそうだ。
「なんだよ。朝っぱらから。休みの日くらいゆっくり寝かせろよ」
「何仕事で疲れたお父さんみたいなこと言ってるのよ。朝って言っても九時過ぎてんのよ」
「あと一時間くらいはいいだろ……」
「だめ! 映画観に行くから!」
「一人で行けよ」
「ナンパされるじゃん。それに、今日はカップルデーだから男女で行けばちょっと安い」
そこそこの給料をもらっているはずなのに、何を言っているのかこの娘は。金銭感覚が一般的であるということだから、ツッコまなかったけど。
「じゃあアサギと行け」
「二人してナンパされに行くようなもんじゃん!」
「お前が男装して、アサギが女装すればいいだろ。ほら、いいから出てけ」
端正な顔立ちで少年にも見えるローレンと、かわいらしい顔立ちで少女にも見えるアサギだ。しかし、ローレンは意外と少女らしいところがあるし、アサギもクールな男前である。だが、外見だけ見ればローレンが少年でアサギが少女と言った方がしっくりくる。
というのはどうでもいい。ローレンの猛攻に負けてハリソンは起き上がった。豪快に伸びをする。
「あ、行く気になった?」
「なってねぇよ。アサギと行け、アサギと。たまにはあの出不精を引きずりだせ」
「アサギ、行きたくないっていうんだもん。強情だよねぇ」
「すでにチャレンジ済みだった」
何のかんの言いつつ、ローレンもアサギを誘っていたらしい。しかし、強情なアサギは家から出る気配がないので、ターゲットをハリソンに変えたようだ。
「ねーえー!」
「わかったよ、うるせぇな!」
ついに折れたハリソンに、ローレンはやったぁと喜ぶ。大人びた少女で時々人をぞくりと恐怖に陥れることもある彼女だが、まだ十七歳の女の子なのだなぁとしみじみと思った。そんなことを思うハリソンは年寄りじみているとよく言われる。
「じゃあ待ってる。朝ごはんは?」
「お前が作ったものだったらいらねぇ」
「失礼な。アサギが作ったわよ」
「じゃあ食う」
ローレンはりょーかい、と言うとハリソンの部屋から出て行った。そう言えば彼女は、鍵のかかったこの部屋にどうやって侵入したのだろう。まあ、オートロックも昔ながらの錠前も、彼女の前には無施錠に等しいが。
起きてしまったハリソンは、パジャマのまま部屋を出て洗面所に顔を洗いに行く。キッチンではローレンが朝食らしいスープを温めている。料理が壊滅的にへたなローレンであるが、温めるくらいはできるだろう。
顔を洗い、寝癖も直し、服を着替える。出かけるので外出着だ。ローレンと出かけるときは気を使う。彼女が百人中九十九人が美少女だと言うであろう程の美少女だからだ。いくらハリソンも顔立ちが整っている方だと言っても、中途半端な格好では逆にナンパやスカウトの餌食になる。
要するに、「こんな中途半端な男とより……」ということになるのだ。余計なお世話だ。フェイと歩く時もそれはそれで気を使うが、おしゃれな彼女の場合、指摘をくれる。だが、ローレンはそうもいかない。例えハリソンがとてつもなくダサい恰好をしていたとしても、構わず一緒に出掛けるだろう。
アサギが作り、ローレンが並べた朝食を食べながら、ハリソンは姿の見えないもう一人の同居人アサギの所在を尋ねる。
「アサギは?」
「なんか実験がいいところだから話しかけるなって」
「なるほど」
ハリソンも人のことは言えないが、アサギは我が道を行く人間だ。
ハリソン、ローレン、アサギの三人は官舎の一室に同居している。ファミリー用のマンションだ。ここに三人で共同生活をしている。
理由はいくつかあるが、最大なのは、この三人が上司であるフランクに育てられた、と言うのが大きいだろう。
ハリソンは十歳のころにテレパシーが使えると言うことで機密情報局に保護された。もちろん一人暮らしなど無理だし、だからと言ってほかの子供たちと共同生活をさせるのはどうか、と言うことになった。そこで、フランクに預けられたのである。
その三年後にはローレンが一緒に暮らすようになり、さらに一年後にはアサギが一緒になった。この三人は、いわば家族なのだ。ハリソンは二人を弟妹のように思っている。下二人にはなめられている気はするが、慕ってくれているのがわかる。だから、ちゃんとしなければ、と思うのだ。
「アサギー! 行ってくるね~!」
ローレンが一応声をかけるが、アサギからの返答はなかった。ハリソンも一応尋ねる。
「おーい。一緒に行かなくていいんだな?」
しばらく待ってみたが、返答なし。ハリソンもあきらめた。まあ、子供じゃないし大丈夫だろう。
「……行くか」
「そうだね」
オートロックなので鍵は閉めなくてもよい。二人はそのまま官舎を出た。
「映画だったっけ。どこの映画館に行くんだ?」
「駅前!」
少し距離があるが、歩けない距離ではない。ハリソンとローレンなら散歩くらいの距離だ。
ローレンは、珍しくスカート姿だった。スカートと言うかワンピースである。たっぷり布地を使った真紅のワンピースである。ウエストを締め上げ、足首まであるスカートを翻し、靴はパンプス。さらに日差し除けと顔を隠すために白いつばの広い帽子をかぶっていた。
ハリソンはシャツにジャケットを合わせただけであるが、フェイ曰く、変に着飾るよりもシンプルにまとめたほうが格好良く見える、とのことだったので、これでいいのだと思う。たぶん。
やたらとテンションの高いローレンであるが、何かいいことでもあったのだろうか。それとも、その映画がそんなに楽しみなのだろうか。
「……そう言えば、何の映画なんだ、それ」
映画の内容を聞いていなかったな、と思って尋ねた。ローレンはハリソンを見上げて笑った。
「機密情報局をモデルにした映画なんだってさ。フランクが監修に立ち会ったらしいわよ」
「そう言えばそんなような話を聞いたような気がする」
一時期ローレンがフランクとよく出張に行っていたが、この慣習の為だったのだろうか。
公開日からしばらくたっているとはいえ、ローレン曰く『カップルデー』なので人が多い。当たり前だが、カップルの。
「……なあローレン。ホントに行くのか?」
「ホントに行くよ」
「お前、そんなに映画とか、好きだったっけ?」
「や、別に?」
との回答に、ハリソンは「この女」と思わないでもなかったが、ローレンはそこから話を続けた。
「でも、世間様が私たちをどう見てるのかは気になるよね」
そう言うところは気にするのか。何があっても我が道を行く人間だと思っていたが、そうでもないらしい。たまに彼女のこうした人間らしいところを見ると、何となく安心する。
映画館の中に入ると、見事に男女二人組ばかりで、ハリソンは腰が引けていた。ローレンがその腕を引っ張る。
「何しり込みしてんの。カップルばっかりなの気にしてるなら、大丈夫よ。はたから見れば私らもカップルだから!」
「……確かに」
指摘されてハリソンは思わず納得した。そうだ。普通の顔をしていれば、こちらも男女の連れ合いなのだから、カップルだと認識されるだろう。たぶん、ハリソンでもそう思う。
「……んじゃあ、とっとと見て帰るぞ」
「うん。ありがとね」
やっぱりローレンの機嫌がいい。彼女の機嫌にムラがあるのだ、と言う気はないが、どうしても不信感を覚えるハリソンだった。
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