通り魔にご用心【5】
第4章最終話。
さすがにその場からとんずらするわけにはいかず、オスカーたちは機密情報局の調査部が到着するまで待ち構えていた。
「また派手にやったわね。ローレンでしょう」
濃い金髪の女性だ。澄んだ茶色の瞳に、整っているがあまり動かない表情。調査部を率いる魔法学者・シャーリー・プレスコットだ。ジェイクと並ぶと、彼もあまり表情が動かないで微妙に威圧感がある。
「何か問題でも?」
ひとまず応急処置として怪我をした肩を縛り上げたローレンが平然と尋ねる。オスカーには問題点しか見当たらないのだが、シャーリーにとっては違ったらしい。
「いえ、いい判断ね。これはラミアーに近いと思う。首と胴体がつながっている限り再生してくるわよ」
「げぇ……」
さしものローレンも顔をしかめている。オスカーはジェイクに尋ねた。
「ラミアーってアルビオンのモンスターだよな。何とかできねぇのエクソシスト」
「……本物のラミアーならできるが」
できるんかい。しかし、本物とはどういうことだろうか。
「人工物なのよ、これは。まあ、ホムンクルス? みたいな?」
「何かを掛け合わせたのかしらね」
シャーリーとローレンの言だ。女二人は強い。クリスティーナは怯えてるけど。というか、クリスティーナの一族は『始末屋』とも呼ばれる戦闘民族で、昔は対モンスター戦も行っていたと聞いたことがあるが、彼女を見てもそうは思えないのだ。
「まあ、結果的には正解だけど、ローレン、制約違反で始末書と減給十分の七、一か月、加えて監禁一日らしいわよ」
「……いや、まあ覚悟してたし、思ってたより軽いけど、そうかぁ」
ローレンは月一ほどのペースで何らかの処罰を受けている。彼女がやらかしているのも確かだが、彼女に対する制約もまた重いのも事実だ。そんなに彼女が怖いのだろうか。怖いけど。
「シャーリー、結局これ、どうすんの?」
オスカーが尋ねると、ゴム手袋をつけてローレンが斬り落とした腕を観察していたシャーリーはきっぱりと言った。
「持ち帰って解剖する」
「機密情報局には変人しかいないの?」
オスカーのつぶやきに、ローレンが冷静に返した。
「変人じゃなかったら、もっとまともなところに就職してるだろうよ」
確かに。シャーリーは大学院を卒業してから入局してきた口だが、そもそも機密情報局に望んで入ってくる人はおかしいと、オスカーも思う。
まあ、シャーリーが遺体を持ち帰ろうが、それは調査部のやることで、オスカーたちは口をはさむことができない。警察のごとく現場検証を終えた一行は本部に戻ることになった。
本部に戻ったとたん、ローレンは連行された。丸一日監禁部屋に入れられるらしい。そんなことをしても彼女は懲りないのだから、やるだけ無駄であると思う。力で押さえつけるより、良心に訴える方が彼女には堪えるだろうに。
「お帰りー。クリス、大丈夫?」
第三班の事務所に戻ると、早速フェイが声をかけてきた。心配するのはクリスティーナのことだけらしい。
「フェイ、私は?」
などとオスカーが尋ねてみるが、フェイはしれっと「あんたは無事でしょ」と言った。まあその通りである。クリスティーナにもローレンにもかばわれたし。年下の女の子にかばわれるって、自分って情けないのでは、と思わないでもないがあの二人が強すぎるし度胸もあるのだ、と思っておく。
「っていうか、ローレンは?」
フェイがクリスティーナの診察をしながら尋ねた。オスカーは簡単に「制限違反で監禁部屋一日」と答えた。
「また? いやもうさ、制限解除してあげればいいじゃん。あのブレスレッドだって、電気通ったら手首にあと残るんだよ」
「私に言われても困るんだが」
フェイが機密情報局に来てから一年ちょいだが、その間にローレンは四度監禁部屋に入っている。制限に引っかかって電撃を食らったことも数度ある。
実際のところ、フランクやシャーリーが上に働きかけているらしいが、お上の方々はローレンの力が怖いらしい。
それはともかくだ。ロデリックとハリソンが帰ってきていない。てっきり、先に戻っていると思ったのだが。
「ああ、あの二人ならフランクに捕まってたわよ」
フェイがあっさりと言った。ロデリックだけならともかく、ハリソンが一緒なら大丈夫だろう。
「大丈夫そうね、クリス。頭を打ってるから今日一日は無茶なことしないようにね」
フェイが診断を下してクリスティーナの肩をたたいた。クリスティーナは素直に「ありがとうございました」と礼を言う。クリスティーナは、フェイにはよくなついている。
電話が鳴った。いつも電話をとるハリソンがいないので、仕方がないのでオスカーが受話器を取った。
「はい、第三班」
『もしもし、受付です』
受付。つまり、表向きの窓口だ。現在、夜の七時を過ぎており、本来なら受付時間が終わっている。
『あのぉ。オスカーさんのお母様がいらっしゃってるんですけどぉ』
間延びした声で受け付けの女性が言った。どうしたものか困っているのがありありとわかる。本来なら閉めなければならないのに、閉められないからだろう。
「何? お母さん?」
オスカーの顔色が変わったことで何となく察したらしいフェイが尋ねた。今、オスカーはそんなにわかりやすく嫌そうな表情をしているのだろうか。
「……わかりました。今行きます」
がしゃっと受話器を置くと、オスカーは言った。あ、クリスティーナがびくっとした。
「……大丈夫? あたし、ついていこうか?」
さすがに心配したのか、フェイが言った。オスカーは首を左右に振る。
「いや、いい。クリスとアサギだけにするわけにもいかないだろ」
「僕は別にいいけど」
最年少のアサギがしれっと冷静に言った。本当に、可愛い顔して冷静で男前である。
しかしまあ、フェイを巻き込むのもどうかと思うので、オスカーは一人で窓口の方に向かった。窓口に出てから、荷物を持ってくればよかったと思った。置いてきてしまったので、一度戻らねばならない。
そして、確かに窓口では明らかに酔っぱらっている母が管をまいていた。
「だからさ~。あたしは息子に会いに来ただけなんだってば」
「ですから、もう受付時間が過ぎておりまして……」
受付窓口の女性が困惑気味に対応している。オスカーはカウンターを回り込んで外に出た。
「何してるんだ、あんた」
「あ、オスカーじゃない!」
嬉しそうにオスカーに抱き着こうとする母を、彼は邪険に振り払った。
「あん。つれないわねぇ。一緒にご飯でもどうかなって思っただけなのにぃ」
「男と行けばいいだろ」
母には男の影が途切れたことがない。しかし、どうしても空白の期間ができるらしく、そう言う時だけオスカーを構うのだ。つまり、一人では寂しいと。
「いいじゃない。たまにはさぁ。親子水入らずでさぁ」
「私は必要性を感じない。男に相手にされないからと言って、こちらに来るな。あんたは私を捨てたんだぞ」
「捨てたつもりなんてないわよー。どこまで行っても、あたしら親子なんだからね」
「……」
それはわかっている、つもりだ。とりあえずいつまでもこのままにはしておけないので、オスカーは仕方なく母を家まで連行した。こういう時、自分は寮生活で良かったと思った。母は入ってこられないからだ。ちなみに、置いていった荷物はフェイが持ってきてくれた。気の利く女だ。
そんなことがあった翌々日。監禁室から出てきたローレンにオスカーは尋ねた。
「なあローレン。私は母と折り合いが良くないんだが、どうすればいいと思う?」
男が途切れると襲撃してくるんだ、といいぞえると、ローレンは「はあ」と気のない声をあげた。マグカップ片手にオスカーがいるテーブルに寄りかかった。
「なんで私に聞くわけ」
「いや、お前の親、収監されてるじゃん」
彼女の母親の方が釈放されたらしいが、父親の方は終身刑だと聞いている。こちらも折り合いが悪いだろうと思って対処法を尋ねたのだ。
「別に私、接触しないしね。っていうか、前提から違うわよ。私、別に親と仲悪くないもん」
「……お前が両親を刑務所に入れたんじゃないの?」
「そうだね。兄さんによると、母は私への恨み言が絶えないらしいわね。でも、だから、私は母と会わないし。あんたのお母さんは依存症なのよ。病院に行った方がいいわ」
「フェイと同じ結論!」
ローレンにもきっぱり言われ、オスカーはあきらめることにした。ローレンがからりと笑う。
「なんなら、今度お母さんが来たら私が一緒に出てあげるわよ」
それはそれで別の意味でこじれそうである。しかし、それからオスカーの母の襲撃はしばらくなかった。
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