通り魔にご用心【2】
フェイが病院から戻ってきた。オスカーはまず彼女の見解を聞くことにした。
「いや、見解も何もないわよ。そんなこと見てないし。被害者、ただの貧血だったもの」
「そうなのか?」
さらりと言ってのけたフェイに、オスカーは意外そうな声を上げる。実際に、意外だった。
「てっきり、何か変なものを検出するかと」
「しなかったわね、変なもの」
「……」
それは一体どういうことなのだろうか。フェイ曰く、あらゆる検査を行ったらしいが、何もなかったらしい。
「……いや、そもそも俺達が吸血鬼だと思ってるだけで、相手は普通の人間かもしれねぇ」
などとまともなツッコミを入れてきたのはハリソンだ。確かに、さっきは散々吸血鬼で盛り上がったが、フランクも吸血鬼だと断言できないと言っていた。
「……つまり、牙の痕をつけてそこからわざわざ血を抜いていったってことか? 犯人は」
ロデリックが不思議そうに首をかしげる。年少組からは発言がないが、気にするほどのことではない。
「というか、あんな小さな傷口から血を抜けるのか?」
オスカーが尋ねると、「採血用の針の方が小さいでしょーが」と突っ込まれた。確かに。不可能ではないのか。
「問題はどっちかっていうと吸引力よねー」
と、さすがに医者は着目点が違う。そうか。吸引力か。
とにかく、今までの被害者には何の異常もないらしい。オスカーたち的には情報がなくて困るが、被害者たち的には何事もなくてよかった。
「あのー、しゃべってもいい?」
アサギが声をかけてきた。遠慮がちな言葉の割に、声は堂々としている。オスカーは「どうぞ」と促した。
「一応、通り魔があった場所を特定して、犯人の動きをシミュレートしてみた」
「なんだとお前天才か」
「天才ってのはフェイみたいな人を言うんだよ。で、まあ、今までのパターンからすると、次はここかここかここ」
と、アサギは流れるようなツッコミを入れてからいくつか端末上の地図にしるしをつける。
「……多くねぇ?」
「じゃああきらめて、次の被害者が出てもう少し情報が集まるのを待つしかないね」
アサギが冷静にツッコミを入れてくる。最年少でへたしたら、第三班の七人の中で最もかわいらしい顔立ちをしている彼だが、中身は本当に男前である。
アサギが可能性として示したのは、五か所。彼の予知能力的第六感が示しているので、間違いない。しかも彼は、統計学や行動学に基づいてその結論を出しているので、かなり信頼できる。というか、直感でもよく当たるけど。
「ちなみに、可能性が高い順に三つは?」
オスカーが尋ねると、アサギはためらいなく三か所を指さした。オスカーはよし、とうなずく。
「じゃあ、こっちにハリソン、ここにはロデリック、ここはクリスと私。残りは防犯カメラでアサギとフェイが監視」
「それ、僕に防犯カメラハッキングしろって言ってる?」
ローレンなら言われなくても勝手にするだろうが、アサギは言葉にして尋ねた。たぶん、こちらの反応の方が正しいのだろう。たぶん。
「まあいいけどね。戦いに行くの嫌だし」
アサギは完璧に非戦闘員だ。必要とあれば現場まで出て行き、サポートまで何でもするが、戦うのは怖いらしい。と言うか、仲間が傷つくのが怖いらしい。そう言う意味で、アサギをいつも追いつめているのはクリスティーナとローレンであったりする。
優しい少年である。これが少女だったらオスカーは好きになっていたかもしれない。
と言うわけで、その日は徹夜となった。何事もなければ定時の夕方五時に帰路につくオスカーたちも、その日は本部を離れはしたが、アサギが割り出した次に犯行が行われるとみられる現場に向かった。まあ、張り込みである。
オスカーはたいていクリスティーナと一緒だった。まあ、オスカーがよわのもあるが、クリスティーナを御せるのは今のところオスカーだけだからである。ロデリックあたりがうまくやってくれそうな雰囲気を醸し出しているが、それでも、彼自身が戦力なので今回のように離れてしまうことも多い。
「……クリス、本当に通り魔が吸血鬼だったらどうする?」
「ふえ? えっと……」
待ち時間、暇だったのでオスカーはそんな問いかけをクリスティーナにした。のだが、彼女にとって難易度の高い質問だったらしい。オスカーは軽く笑い声をあげた。
「ごめんごめん。変なこと聞いたな」
ぽんぽんとクリスティーナの頭をたたく。今日も銀髪をお下げにした彼女は、月明かりの下で少しはにかんだようだった。いや、月明かりと言うか、街灯の明かりだけど。
はっと、クリスティーナが目を見開いた。オスカーが「どうかしたか」と尋ねると、彼女は言った。
「何か聞こえませんか?」
そう言われてオスカーは耳を澄ませたが、何も聞こえない。首をかしげていると、クリスティーナに突き飛ばされた。
「うお!?」
思わずしりもちをついたオスカーとは対照的に、クリスティーナは思いっきり拳を振りかぶっていた。殴られた男がぐったりと伸びていた。
「や……やり過ぎた?」
クリスティーナがあわあわと男を覗き込む。今度はオスカーが彼女を押しやり、男の顔を覗き込む。不自然に大きな犬歯。それを引っ張りぬくと、やはり付け歯だった。
「……間隔が被害者の首にあったものと同じだな」
つまり、こいつが犯人。
通り魔事件はあっけなく解決した。
かに思われた。
「は? また通り魔被害者が出た?」
声をあげたのはハリソンである。クリスティーナが捕まえた男を尋問したのは彼だ。通り魔の男は若い女性を襲い、その血をすする変態だったわけだが、正直機密情報局が出るほどの事件ではなかった。
「あのおっさん、犯人じゃねぇの?」
「いや、尋問したのあんたでしょ」
フェイが冷静につっこむ。フェイの言うとおり、あおのおっさんが犯人であることを一番よく知っているのは彼だ。
「話、進めるぞ」
またふらっと第三班事務所にやってきたフランクが再び通り魔が発生したことを告げた。以前と同じく、首筋に牙の痕があり、貧血傾向があるらしい。
「じゃああたし、また病院で検査してきた方がいい?」
「いいな」
フランクがうなずいたので、フェイが立ち上がる。その時、ドアがスライドした。
「ただいま」
ローレンである。大統領府から解放されてきたらしい。普通に「おかえり」と言おうとしてオスカーは、というか、その場の全員が絶句した。
「あんた……どうしたの?」
ローレンは怪我をしていた。左手を吊り、左目を覆うように包帯を巻いている。基本的に朗らかに笑っているローレンが荒んだ目をしていると怖い。
「車から降りたところで襲撃を受けた」
「マジかよ。お前をそこまでぼろぼろにできるって、相手はどんな化けもんだよ」
ハリソンが思わずと言う風にツッコミを入れたが、ローレンに睨まれて黙った。彼女は怒ると本気で怖いのだ。
「そこまでだ。車から降りたところで襲撃を受けたと言ったな。つまり、本部の前で襲われたのか」
フランクが状況を確認するように尋ねると、ローレンはたたかれた頭をさすりながら「ああ」とうなずいた。
「本部から人が出てきたのを見て、逃げ出した。すまん。制限に引っかかって追えなかった」
ローレンの機嫌が悪いのはそのせいもあるのか。一人で一個大隊ほどの戦闘力を持つ彼女は、基本的に能力が制限されているのである。つまり、普段のハッキングも戦闘も、全て自前の能力なのだ。
「そうか……やはり、お前の能力制限も考え物だな」
フランクがため息をついた。ロデリックがこそっとオスカーに尋ねてきた。
「能力制限とは?」
「……まあ、その名の通りだな。危険と判断された場合、能力が制限される。ほら、ローレンの左手首……今見えないな」
ローレンは左手を吊っているため、左手首が見えなかった。オスカーは気を取り直して続ける。
「まあ、左手首にブレスレットをつけているんだが、それは能力制限装置だ。制限値を越えて能力を使うと、電撃が出るらしい」
オスカーは付けたことがないのでわからないが、ローレンは何度か感電しているらしい。と言うか、この七人の中でつけているのは彼女だけだ。
「それ、人権に反してないか?」
「訴えたところで、ローレンは余罪があるからなぁ」
別の犯行で捕まってしまうだろう。機密情報局の上層部は、ローレンを疑っているのだ。
「……本部の前で戦ったんなら、防犯カメラに映ってるだろうな」
本部にはいたるところに防犯カメラ、まあ、監視カメラと言うべきかもしれないが、それらがついている。本部近くで襲われたのなら、必ず映像が残っているはずだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
普段温厚な人ほど、起こると怖いですよね……。




