通り魔にご用心【1】
第4章。オスカーの話。
機密情報局の『表向きの』窓口にあたる場所で知り合いが騒いでいると聞き、オスカー・マクローリンは気乗りしないながらもそちらに赴いた。
表向きの窓口は、本当に表向きでしかない。機密情報局本部から窓口には出られるが、窓口から本部に再度入ることはできず、本当に窓口の機能しかない。もう一度本部に入るには、隠された入り口をもう一度通るしかない。
そんな面倒な窓口に出たオスカーは、その顔をしかめた。どこか適当でへらっとしたところがある彼にしては珍しい反応だ。
「……何しに来た」
まるでハリソンのような不機嫌な声が出た。オスカーの声を聞いた女性はパッと顔をあげた。その顔に媚びるような表情を浮かべた。
「久しぶりねぇ、オスカー。すっかり大きくなっちゃって」
たぶん、美人の範疇に入るのだと思う。毎日超絶美人を見たりしているのでよくわからなくなってきた。
鮮やかな赤毛に青みがかった緑の瞳の女性だ。何となくオスカーに似ているのは当然で、彼の母親なのだ。認めたくないけど。
「何をしに来た」
本当に、自分でもびっくりするくらい冷たい声が出た。怒ったローレンもびっくりだろう。
派手な化粧に香水。彼女は、昔から自分を飾りたてることと男にしか興味がなかった。シングルマザーの母は、一人でオスカーを育てたわけだが、決していい母親ではなかった。
オスカーも美形と言うほどではないので、母も似たようなものだろう。化粧はうまいのだが派手すぎる。フェイと引きあわせたら、彼女が怒りだしそうな化粧だと思った。これで母は、男に媚びている。息子も媚びる男の一人らしい。
「ね~。ちょっとでいいからお金貸してくれない?」
「まだそんなことを言っているのか。いいから帰れ。どうせ貢いでくれる男がいるんだろ」
「ええ~。あたしあんたの母親でしょ。いいじゃない。必ず返すからさ~」
オスカーの母はたまにこうして金を無心に来る。オスカーはいつも通りすげなく追い返した。
「貸したところでろくなことに使わないだろう。いいから帰れ。もう来るな」
何とか母を窓口から追い出し、ため息をついたところに話しかけられた。
「今の人、お母さん?」
「……一応な」
フェイだ。空気の読める彼女は、目を細めて言った。
「珍しいわね、オスカーが機嫌悪いの」
「……母には、いい思い出がない」
幼少期から育児放棄されていた。やせ細っていたところを保護され、児童保護施設に入れられるが、母が迎えに来るので施設側もオスカーを帰さなければならない。
それからオスカーは全寮制中学に入り、同系列の高等部に進学。このころに公文書偽装事件を起こした。いや、大学に入ろうとしたのだが、保護者の証明が得られなかったので、政府の許可証を偽装したのだ。いや、あの時は本当にどうかしていたと思う。後悔はしていないけど。
母と不仲と言うと、ローレンが強烈であるが、オスカーの母は彼女の母のように罪を犯しているわけではない。もちろん逮捕なんてできないし、そもそもオスカーに母を差し出すような度胸はない。十二歳のローレンにはあったのに。
「……あんたのお母さん、アルコール中毒ね」
「……やっぱりそう思うか?」
母は酒に逃げる人だった。医者で、確かな観察眼を持つフェイだから気づいたのだろう。
「まあねえ。まだそこまで進行してないみたいだけど、早めに病院に行った方がいいわよ」
「……」
そこまでする義理はない、と思ったが、フェイの前では言えなかった。だが、彼女は察したようだ。
「ま、いいわ。あんたが後悔しないならね」
「……フェイ、カウンセラーにもなれるんじゃないか?」
「こんな適当なカウンセラー、いないわよ」
フェイは苦笑して窓口から出た。一度出なければ、本部に戻れないのである。
「誰かしらね、こんな仕組みにした人……」
それは知らないが、管理しているのはローレンとアサギだったと思う。
△
「通り魔?」
珍しく、電話ではなくフランク自身が仕事を持ってきた。ちなみに、七人のうちフェイは国防省の病院、ローレンは大統領府に連れて行かれた。
「そう、通り魔だ。若い女性が狙われている。首筋にこう……かまれた痕みたいなものが」
とフランクがタブレットで写真を見せる。確かにこれは噛み傷だが。
「これ、牙の痕じゃねぇの……」
ツッコミを入れたのはハリソンだった。いつもならフェイもツッコミを入れてくれるのだが、今は出張中。オスカーはこの通りだし、クリスティーナとアサギにツッコミは期待できない。ロデリックは「そうなのか?」とローレンの嘘も真に受けてしまうくらいだ。
と言うわけで彼は今、ツッコミ一人と言う過酷な状況なのである。
「……吸血鬼?」
ロデリックが首をかしげた。確かに、そう見える。被害者の後ろ首筋に二つのかまれた痕……牙が突き刺さったような痕があるのだ。
「……かもしれん。実際に、血を抜かれた形跡がある」
「彼女たちは無事なのか?」
「それを確認するためにフェイを病院にやった」
ハリソンの問いに、フランクはさらっと答えた。理由事情を説明してくれないので、こういうことが起こるのである。
「まあ今更吸血鬼がいたところで驚かないですけど……」
ロデリックが眉をひそめてフランクを見上げた。
「被害者、何人でしたっけ」
「今のところ三人だ。三人目が襲われた時、近くに警官がいて後を追ったんだが、俊敏すぎて追いつけなかったって話だ」
一応、目撃者がいたらしい。ハリソンが声をあげた。
「ローレン呼び戻せー。おとりさせろ!」
「おー、それいいな。今までの被害者も美人だし、ローレンなら絶対食いつかれるだろ」
オスカーも適当に言った。でも、いい案のような気もする。ローレンは若い美人な女性だし、生身で戦わせても絶対生還してくるし。そんな感じの信頼が、ローレンに対してはある。
「それは無理だ。あいつは二、三日は絶対に大統領府を動けねぇ」
フランクがさくっと言い切った。そうか、駄目か。ローレンはやらせると割と何でもできるので、いてくれると心強いのだが。しかし彼女は、不在にすることも多い。この案が駄目だと言うことは。
「……となると、クリスか」
「ふぇっ」
クリスティーナがびくっとなった。彼女はどちらかと言うと、幼い印象であるが、フェイを行かせるわけには行くまい。アサギを女装させてもいいが、戦闘力皆無であるし、しかも幼すぎるだろう。
「……ハリソン、女装してみるか?」
「……んで俺なんだよ」
不機嫌そうにハリソンは言った。何故って、戦闘力があって女装が似合いそうだからである。オスカーも整った顔立ちをしている方だが、いかんせん戦闘力がないし、ロデリックはどちらかと言うと男らしい顔をしている。
「というか、なんでおとりを使うことになってんだ」
「だって、そうでもしないと吸血鬼に会えないじゃん」
フランクのツッコミにオスカーはそう返したが、この微妙に混とんとした中、一人冷静なアサギが指摘を入れてきた。
「そうでもないかもしれないよ。吸血鬼が出る場所は、だいたい決まってる。もう少し詳しく解析で来たら、張ってるだけで見つかるかもね」
などとアサギは言い切った。解析してみるよ、とその可愛い顔で男前なことを言う。彼は姿はどうあれ中身は男である。第三班は、アサギとローレンがいなくなったら回らなくなるだろう。
「……ちなみに、さっきから吸血鬼吸血鬼って言ってるが、通り魔だからな。吸血鬼と決まったわけじゃないからな」
フランクがツッコミを入れたが、誰も聞いていなかったと思う。
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