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大切なもの【5】









「ねえ、フェイ。たぶん当たってると思うけど、兄さんに一目ぼれした?」

「え? 何言ってんのこの子は!」


 ケイシーをマンションに送り届けた後、二人きりになった車内でローレンは運転中のフェイに尋ねた。フェイは前を見ながらも赤い顔をする。強く否定するあたりも、典型的な感じがする。

 ケイシーのマンションはこの首都グラッドストンにある。首都内の高校で教師をしているからだ。まあ、大学も首都大学だけど……。まあそれはともかく。

 ローレンの道案内でまっすぐマンションについた。ケイシーを介助するのに、ローレンとフェイも部屋まで付き添った。ケイシーは足が悪いが歩けるので、車いすの移乗介助は簡単だ。倒れないように手を持っていればいいからだ。たまに、ローレンが抱き上げたりするが、彼女は筋力があるわけではないので結構大変だ。


 一応、部屋に入ってからもフェイに健診をしてもらい、大丈夫だとお墨付きをもらってからわかれたのだ。次に会えるのはいつだろうと思うと、さしものローレンも少しさみしい。

 で、その帰りである。信号待ちで車が停まったところでフェイはローレンの方を見る。

「そうよ、悪い!? あんたと違って優しそうでいい人ね!」

「顔は似てるって言われるんだけど。あ、青だよー」

 ローレンが信号を見て言うと、フェイがアクセルを踏んで急発進した。ローレンは「あはは」と笑う。

「フェイがお姉さんになるならいいかな」

「あんたみたいな妹、願い下げよ!」

 顔だけはいいけどね! とフェイはぷりぷりしながら言った。ローレンは黙って目を細める。機密情報局にとらわれた彼女が、何か一つでも幸せを見つけてくれたのなら、それは喜ばしいことだと思う。

 機密情報局本部に戻ると、先に戻ってきていたハリソン、ロデリック、アサギがいた。


「みんな、今日はどうもありがとう」


 ローレンが一応誠意をこめて礼を言うと、ロデリックとフェイに思いっきり引かれた。何だ。ローレンだってちゃんと礼くらい言う。慣れているハリソンは「おう」と答える。定位置にいるアサギも振り返って尋ねた。


「ケイシーさんは? 大丈夫?」


 ケイシーの名が出た時、フェイがじろっとローレンを睨んだ。たぶん、何も言うな、と言うことなのだろう。最初から言うつもりはない。


「うん。平気。なんだかんだ言って、結構丈夫なのよね」


 風邪とかもあまり引かないし。席に着いたローレンに、ハリソンが声をかける。

「つーかローレン。お前、始末書かけよ」

「ええー」

 ローレンは嫌そうな声を上げるが、しかし、仕方がないような気もする。結構好き勝手にやったし、そもそも危機に瀕していないのにエマージェンシーを申請してしまったのだ。まあ、ローレンの場合は初めてではないのだが。

「もういっそお前にエマージェンシー発信機を持たせないでおこうと言う話も出てたぞ」

「なんですとー!?」

 一応ローレンは驚いて見せるが、まあ、これだけエマージェンシーではないのにエマージェンシーを使っていれば、そうなるだろう。ローレンのことをよくわかっているハリソンやアサギがいる限り、手を尽くしてくれるだろうが、発信機もただではないので、上層部が苦い顔をするのは仕方がない。


 それに、何度もエマージェンシーを申請していれば、本当に危機になっても信じてもらえない可能性がある。まあ、オオカミ少年になると言うわけだ。自称詐欺師であるローレンが気にすることではないのかもしれないが。

 ローレンが始末書を作成していると、現場で捕まっていたオスカーとクリスティーナ、それにフランクが戻ってきた。

「あら、お帰り~」

 ローレンが振り返って手を振る。一応、礼を言っておこうと思ったのだ。

「今日はありがとう」

「あんまり無茶するんじゃねーぞ、小娘」

 フランクがローレンの頭に手を乗せて乱暴になでる。心配してくれるが故の行動だとわかっているが、ちょっと痛い。

「ま、終わりよければすべてよしってことでいいんじゃないの」

 クリスティーナにしがみつかれているオスカーがへらっと笑って言った。

 そのオスカーは事件の顛末資料を作るからと言って連れて行かれた。自分はいいのだろうかと思ったローレンだが、下手に捕まりたくないので黙っていた。


 のだが。


「ローレン、フランクが呼んでるぞ。ついでに始末書持って来いって」

「……はいな」

 ローレンは記録媒体に始末書のデータを移すと、それを持って重い腰をあげた。
















 夏休みに首都に帰ってくると聞いていた妹のマリアンと、ローレンは思わぬ再会をしてしまった。なんのことはない。ローレンが出張でマリアンの通う学校の近くまで来たのだ。

「……姉さん?」

「ああ、マリアン。久しぶり」

 声をかけられてローレンはにっこりと笑う。マリアンの通う寄宿学校は由緒正しい学校である。人里から少し離れた場所にある学校だが、学校自体が一つの街を形成していた。

 その学内の街の中のカフェの前で待ち合わせだったのだ。

「一瞬、誰かわかんなかった。変装気合い入りすぎじゃない?」

「今日はばっちり男装だからね」

 ぐっと親指を立てるローレンに、マリアンが古いよ、とツッコミを入れた。三つ年下の妹は、今日も容赦がない。


 どちらかと言うと繊細な顔立ちの美人、と言った感じの兄姉に比べ、マリアンは整ってはいるが美少女と言えるほどではない。可愛いけど。とんでもない兄と姉がいるのに、どうしてこんなにまっとうに育ったのだろうと思うほどまともな子だ。

「姉さん、出張中なんでしょ。仕事は?」

「隣町だからねー。あとで迎えに来てくれる予定」

「ふーん。甘やかされてるね」

 十四歳の妹にそんなことを言われ、ローレンはさすがに苦笑を浮かべた。一見ふざけたようなローレンだが、本来の彼女はどちらかというとシリアスな人間である。


「ねえ、ケーキ食べに行こう、ケーキ! おごってね」

「妹に払わせるようなことはしないわよ」


 マリアンもそれなりの小遣いを持っているはずだが、姉としてはたまにしか会えない妹を甘やかしたい。


「母さん、出所したんでしょ。兄さんから聞いたわ」


 マリアンは遠慮なく頼んだケーキやタルトをほおばりながら言った。彼女も、母親のことなどどうでもよい、と言うような雰囲気である。父や母が捕まったとき、マリアンはまだ九歳だった。甘えたい盛りだったろうに親から引き離してしまったことに罪悪感も覚えたが、本人はけろりとしたものだ。

「ああ。兄さんは会って来たらしいわ」

 相変わらずだったって。ローレンはティーカップを傾けながら言った。そして、彼女もケーキを食べる。

「ふーん。まあ、どうでもいいけどね」

 マリアンは兄のケイシーに育てられたようなものだ。本当に母のことなどどうでもいいと思っているのだろう。

「ね、父さんは?」

 マリアンは最重要犯罪者である父にはよくなついていたような気がする。まあ、母より父の方が人格的にはまともだったような気はする。

「知らん。収監されてると思うけど」

 たぶん、マリアンでも父に会うことはできないだろう。はっきりとした同行は、ローレンも知らない。


「……ま、そうよね……」


 そう言ってマリアンはため息をついた。彼女はケーキの最後のひとかけらを飲みこむとさらに言い募った。

「すみませーん! フルーツパフェくださぁい」

「まだ食べるの」

 それはマリアンの体のどこに入っていくのか。ローレンが目を細めると、彼女は「別腹よ」と笑ってのけた。頬杖をついて、マリアンがパフェをほおばるところを眺める。

「あ、姉さん。夏休みに帰るから、靴買ってよ」

「……兄さんに言いな」

 こいつ、やっぱり自分の妹だなぁと思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ローレンの話はこれで終わりです。


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