その少年、【2】
本日2話目。
サドラー保険会社の社長、セドリック・サドラーが言うには、誰かが社長室に侵入し、何かを盗んで壁にへこみを残していった、ということらしかった。いや、どういうことだ。だが、何かが起こったのは事実なので、警察も突っぱねられずに困っているようだった。
「オスカーたちはこういう仕事ばっかりしてるってこと?」
ロデリックが尋ねると、オスカーは「いや?」と首をかしげた。
「これはまだ楽な方だなぁ。命の危険を感じることもあるし。ロデリックも戦闘訓練しといたほうがいいぜ」
「マジで?」
「マジで」
マジか。どんな場所なんだ、これは。クリスティーナは何もわかりません、というような表情で先ほど買ったドーナツを食べている。彼女は見た目によらず大食漢である。
「こういう謎解きみたいなのは、ローレンとかアサギが得意なんだけどなぁ。帰ったらハリソンとフェイにも聞いてみるか」
オスカーはそう言うと、まだ食べているクリスティーナを立たせてきた道を戻り始めた。一度、特殊事例課に戻るのだ。オスカーが「社長の護衛をすればいいんですか」と言ったが、違う、と言われたので戻ってきたのだ。とにかく、犯人を捕まえろというのがサドラーの訴えで、犯人を見つけろ、というのが警察の訴えである。
「これ、特殊事例課の案件なのか?」
「うーん。微妙なラインだ。本当に能力者が関わっているんなら、それを捕まえるのは私たちの仕事であるわけで」
「この課は探偵のような役割だと思っていたんだが」
「まあ、当たらずとも遠からずと言ったところだ。基本的に、何でもやるからな、うちは」
オスカーはおおらかに笑った。たぶん、おおらかなオスカーと神経質なハリソンでつり合いが取れているのだろう。どう考えても、ハリソンが貧乏くじであるが。
事務所には、ハリソン一人ではなかった。黒髪長身の女性がハリソンと話をしている。彼女は振り返って微笑んだ。
「おかえりなさーい」
ひらひらと手を振る彼女は、先日紹介されたフェイ・シャムロックだ。十九歳という実年齢より大人びて見える彼女は、長い黒髪にアイスブルーの切れ長の瞳をした女性だ。一般的に見て顔立ちが整っている方だと思うが、クリスティーナのように『美少女』と言い切れるほどではない。だが、化粧がうまいからかかなり魅力的な女性だ。すらりとしたモデル体型でもある。
「ロデリックも早速お仕事? びっくりしたでしょ」
気さくな態度で話しかけてくる彼女だが、十八歳で医師免許を取得した才媛である。そして、同じ年に生きたまま人を解剖したらしい……そんな人には見えないのだが。
「ここに来てから、驚かないことの方が少ない」
ロデリックが正直に答えた。フェイは「違いないわ」と笑う。
「あたしもまだ一年くらいだけど、まだ驚くことあるもの」
フェイは愛想よくそう言った。オスカーがフェイに話しかける。
「フェイ、よかった。ローレンもアサギもいなくてどうしようかと思ったんだ」
「正確にはアサギは近くの病院に入院してるんだけどね。どうかしたの?」
聞けばフェイは足を骨折したというアサギの治療をしていたらしい。それで、来るのが遅くなったとのことだった。フェイはオスカーから簡単に保険会社での出来事を聞いて「ふ~ん」とうなった。
「いくつか気になることはあるけど、あたしだと、ローレンやアサギみたいにはいかないわよ。あの二人は本当に天才だわ」
「天災の間違いだろ……」
うんざりした表情でハリソンがため息をついた。天才と馬鹿は紙一重、ということわざがあるらしいが、それに近いのだろうか。ちょっと会うのが怖くなってきた。
「まあいいだろ。フェイも天才には違いないし、私たちがやるよりはましだ」
「んんっ。そう言うことにしておいてあげる」
オスカーの言葉に、フェイはニコリと微笑んだ。十八歳で医師免許を取得する人以上の天才って存在するのか。
「私が気になったのは、盗んで行ったものね。何が盗まれたのかわからないって話だったけど、分からないのなら『何のために侵入したのかわからない』となるはずじゃない?」
「なるほど。確かに不自然かもしれない」
「だから、サドラー社長が何かを隠しているのは確定ね」
フェイが言い切った。何のかんのいいつつ、鋭い解析力である。聞いただけでそこまでわかるものか?
「それと、壁のへこみだけど……どう考えても不自然よね。だって、侵入するにしても、気づかれない方がいいのだから。これに関しては、うーん。あたしの意見は大きく分けて二つかな」
「それは? 詳しく」
オスカーが踏み込んで尋ねる。何もメモはしていないが、オスカーはすべて記憶しているらしい。彼は一種の超能力として絶対記憶能力を持つらしい。
「一つ。侵入者が侵入に気付かせたかった。二つ。何者かと乱闘になった。この二つね」
「なるほど……さすがに目的は不明だな?」
「……さすがねに」
お手上げ、というようにフェイは肩をすくめた。かき集められた資料を読んでいたハリソンがふと言った。
「情報とか」
「情報?」
オスカーが首をかしげる。ハリソンは「いや」とばつの悪そうな顔をする。
「侵入しただけってなら、盗んだんじゃなくて何かを仕掛けていったってかのうせいもあんだろ。だけど、向こうが『盗まれた』って認識していて、俺達がそれに気付けないなら、それは形のないものの可能性が高い。それも、隠さなければならない、極秘のもの」
「……そうか。うちにはローレンがいるから忘れがちだが、普通、極秘情報などは簡単に入手できないものだよな……」
「あいつも、さすがに紙媒体だとお手上げだって言ってたけどな」
少し誇らしげにハリソンは言ったが、ハッキングは犯罪である。そこには触れずにフェイが「うーん」とうなった。
「じゃあ、盗まれたのは顧客情報かなぁ。最近うるさいもんねー。個人情報がどうのとか」
「その可能性が高いな。特に保険会社だと、信用問題に関わる」
「なるほど……意外とあいつらがいなくても何とかなるな」
フェイとハリソンのやり取りを聞きながら、オスカーが満足げにうなずいた。
「一応、ローレンに聞いてみるか?」
ハリソンが尋ねたが、オスカーは「いいだろ」と断った。
「忙しいときに電話でもしてみろ。ぶちぎれるぞ。あいつ、誰にも止められないんだぜ……」
「それは……確かに……」
男二人がため息をついた。フェイは苦笑を浮かべているし、クリスティーナはびくっとした。
「でもまあ、個人情報が漏れていようが、別のものが盗まれていようが、それは私たちには関係ないからな」
「だな。俺らは侵入者である能力者を探して捕まえるだけだ」
割り切った感がすごい。何でも、余計な手を出すと苦情が来るのだそうだ。例えそれが、穏便に解決したことであっても。なので、依頼以外には答えないのが心情とのことだった。
「だけど、盗み終えたならもうどこかに高飛びしてるかもよ。どうやって探すのよ。顔も名前もわからないんじゃ、ハリソンの感応魔法でも探せないじゃない?」
フェイが冷静な指摘をする。ハリソンも「俺は残留思念は読めねぇからな」とうなずいている。なんだか半分くらい意味が分からなかった。
「なあクリス」
「な、何?」
小声でココアを飲んでいるクリスティーナに声をかけると、彼女はきょどきょどと落ち着かなさそうに言葉を返した。
「これ、結局どうなるんだ?」
「えっと……」
クリスティーナがうつむく。何か言いづらいことを聞いてしまったのだろうか。すると、ハリソンが「おい」と声をかけてきた。
「とりあえず、今日はもういい。明日以降、ちょっとした網を張る」
「網?」
ロデリックが尋ねると、ハリソンは「ああ」とうなずいただけでそれ以上何も言わなかった。嫌な予感しかしない。
「じゃあ俺、ちょっとアサギの様子見てくるわ」
「おう。ありがとな」
「仕事だからな」
ハリソンはそれだけ言うと、本当に出て行った。附属病院に行くのだろう。そこにアサギなる人物は入院していると聞いている。
お前らも好きにしていいぞー、と言われたが、ロデリックは戸惑った末、勉強しようか、と思った。クリスティーナも同じことを思ったのか、数学の参考書を出して、それを抱えてフェイの元に向かった。
「どうしたの、クリス」
にっこり笑ってフェイがクリスティーナを見る。クリスティーナは上目づかいでフェイにもごもごと言った。
「あの……数学、教えて?」
「~~っ! 可愛い~っ! もちろんいいわよ!」
テンション高く、フェイはクリスティーナに抱き着いて了承した。犯罪者予備軍とは思えない平和な光景だった……。
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