伝達式2
挨拶を済ませた貴子様は使者を迎える為に身を清め必要がありベアトリクスを連れて出て行かれた。
主役不在の応接間で権蔵様から式の次第を聞いた私は驚いた。いや、驚きを通り越して怒りさえ憶えた。
「これは……いけませんね」
スチュワートも同意見だったようで、珍しく悩んだように額に軽く拳をぶつけた。ただ、彼の場合は私と違って、困惑と畏れの方が強いように思われた。
権蔵様が示した具合はこうである。
・伝達式を大広間にてやる
・大広間には既に賓客が入っている
・自然、式は大広間にて多くの客の前で執り行われる
・使者をその大広間にて迎える
・大広間では既に飲食を供されている
立食パーティー形式の披露宴といった風情である。
これは、いくらなんでも『あり得ない』と表現するしかなかった。使者は王の代理なのだ。いわば王をその様な場所に迎え、王による神聖な儀式を見世物の如く行うのと同義だった。
幾ら『常識を知らない』、『平民からの成り上がり』だとしても許されない暴挙だ。世間に言い訳など通るはずがない。お嬢様の評判に後々まで影響を与えるに留まらず、叙任どころか竜安寺家すら許されない事態に陥る危機であった。
どう収拾を付けようか迷った。大恥となるが、一度大広間から人払いして貰い急ぎ場を整えるべきか? あるいは使者を別の場所で迎えるべきか? いや、そもそも権蔵様が何の存念もなく、この様な不調法をするであろうか?
当の権蔵様もこの不始末を解っているようで浮かない表情だった。そうなるとスチュワートの前でどう切り出したものか。
そこに鼓を打った様な音が部屋を包んだ。
「ポポポ。あんまり責めないで欲しいの」
ファロスの『縮地』と『偶然を必然にする魔法』を利用したのだろう。いつの間にか公爵様がファロスを引き連れて来ていた。
「いかに公爵様とはいえ、無作法が過ぎませんか?」
この登場方法に抗議したのはスチュワートである。竜安寺家家令として無断で上がり込んだ客人を咎めるのは当然の行為だ。
それを手で制したのは邸宅の主である権蔵様だった。
「この伝達式はね、ボクが無理にお願いしたの」
「ならば重ね重ね非礼ではありませんか? 公爵様は礼法というものをお忘れですか? 当家への無断の上がり込みは兎に角、伝達式では公爵令嬢ではなく、王の代理として使者の立場のはずです。やろうとしていることは王の権威をないがしろにする行為にほかなりませんぞ」
スチュワートの強い反発を受けて、公爵様は少々困った様子で頭を掻いた。
そこに権蔵様が間に入った。
「これについては私が全責任を負う」
「負いきれるわけがないでしょう。私としては竜安寺家が、今このような形で取り潰されては困るのです」
それをスチュワートはにべもなく突き放した。
「まぁ、まぁ、これはね、叱責があったらボクが責任とるから、ね、ね、ね?」
「しかし・・・・・・」
「公爵じゃ役不足?」
「その様な問題ではなく・・・・・・」
公爵様の申し出にも納得しないスチュワートの言葉を遮るようにファロスが軽く手を挙げた。
「主、発言の許可を頂きとうございます」
公爵様が軽く頷くとファロスは流れるように語った。
「伝達式はたしかに王の代理としての使者を迎えるものです。しかし、そもそも今回伝達される爵位は『子爵』位です。通常は王が直々に授ける爵位ではありません。それどころか王の御前でなされるものですらありません。なにせ本来であれば謁見すら叶う爵位ではありませんから。複数の爵位を有する貴族内では格式張った儀式を省略し内々だけで済ませることもままあることです。かくいう当家でも・・・・・・子爵位ではなく伯爵位ですが、それさえ先般メアリー様のノバ伯叙任は内々で済ませました。これは当家に限らず広く行われていることです。新たに外から爵位を譲って貰う、あるいは借り受ける場合に至っては礼と接待を兼ねて饗応する方が一般的です」
「これは竜安寺家の問題です。他家の執事には控えていて欲しいのですが・・・・・・」
嫌みを正論で塗り固めたスチュワートは続ける。
「儀式の簡略化・名目化の横行に対して度々綱紀粛正の処分がなされているのも事実です。その様な規を外した方法をわざわざ、しかも大々的にやることは竜安寺家の家令としては看過できません」
「大々的という意味では今日の伝達式の使者は『公爵令嬢ノバ伯メアリー』様ですよ。参列者もハガン候や九伯家といった錚々たる家から代表者が参列するとか。竜安寺家の勢いを感じますね」
「ボクも参列するよ! なにしろ娘の晴れ舞台なんだから!」
公爵様はそう言って「ポポポポ」と笑われるが、むしろ「お嬢様」の晴れ舞台なのだが・・・・・・。
「たかが『子爵』の伝達式に、このような面々を揃えて厳かにやる方が変でしょう。『貫目』が違うのですよ」
「王の権威に対して畏れるのであって『子爵』位は関係ありません」
「ポポポ」
ファロスに反発するスチュワートを止めるように公爵様が笑った。
「ボクの娘が使者をやること自体に反対なのでしょ?」
「仰るとおりでございます。それこそファロスの言葉を借りれば『貫目が違う』と・・・・・・」
公爵様の笑いが止まり、異変を察したスチュワートも言葉を止めた。
「大きなお世話。ボクが娘の初仕事に何を選ぼうとこっちの勝手でしょ。別に使者の立場に制限があるわけじゃないし。竜安寺家の当主とボクがいいと言ってるんだから問題ない」
そして大きな溜息をついた。
「そもそもどうやっても反対って相手には何を言っても無駄なんだよね。ボクだって暇じゃないんだから無駄な時間を使わせないでくれ給え」
公爵様の口調の変化にさしものスチュワートも戸惑い無言となった。
「バトラー、君はどう思う」
その隙に公爵様が私に意見を求めてきた。
「公爵様、権蔵様のかくの如く問題ないかと」
『問題ない』どころか『問題だらけ』だ。しかし、公爵家の後ろ盾(メアリー様が一種の烏帽子親となる)は何にも代えがたい。スチュワートの反対も詰まるところ『公爵家と竜安寺家の接近を阻止したい』ということなのだ。
「ポポポポポポポポ」
公爵様は満足そうに笑うと「それでは一度帰るの、の、の」とファロスに声をかけた。そして消える直前に私に一言残していった。
「ちゃんと主役は誰かわかってるから、ね、ね? ビックリサプライズも用意してるから楽しみにね、ね、ね」
反論の機会を封じられたまま逃げられた形のスチュワートはさぞ納得していないかと思いきや存外サバサバとした様子で「こうなっては変更できませんな」と苦笑いを浮かべていた。




