館
富蔵様の用意してくださった馬車のおかげもあり2週間ほどで王都へと着いた。街の中を進むとやがて「あの場所」へと還ってきた。今にして思えばわずか数ヶ月過ごしただけの場所。そして私の、いや、私達の人生を決定づけた件の館だ。
しかし、その館は私の記憶よりも遙かに派手で悪趣味な趣だった。馬車を見たときからその様な予感はあった。なにしろ、施工主は富蔵様なのだ。九伯家譲りのセンスを存分に発揮している違いないと感じていた。それでもお嬢様がお喜びになっておいでならば問題はない。ところがお嬢様は派手すぎるのは嫌いなのだ。華美で豪華なのは好きなはずなのだが、なんともいえない微妙な匙加減があるようで、贈られた馬車を見たときも引きつった笑顔を浮かべておられた。そして今もその笑顔で館を眺めている。
館に着くと十数名のメイドが出迎えた。富蔵様が用意してくださった人員だ。彼女らは旧マサラ子爵に縁のある子女達だ。さしずめ礼儀作法の見習いとして貴族に奉公しにきたといったところだろう。もっとも、出迎えた彼女らの佇まいを見るに、もはや習うべき礼儀作法はなさそうだった。商会の中心となり手放せない男手と違って集めやすい若い女性を富蔵様が送ってくださったことは容易に想像できた。
「彼女らの動機の半分以上はバトラーと働きたいって理由で集まったんですよ」
私の心を見透かしたかの様に御者台のゴリラさんが言った。
「それじゃあ、止めます」
ゴリラさんの合図に合わせて、敷地内に入った馬車はメイド達が居並ぶ玄関の前で止まった。
「お嬢様はお待ちください」
私はそう言い残すと先に馬車を降りると、少々悪趣味な館の壁に触れた。少し大きいが理屈は一緒だ。私が知る館に関する時空コンピュータに蓄積されていた情報を引き出すと一気に造り変えた。
見ていたメイド達が一斉にどよめいた。この程度の成金趣味がお嬢様の好みなのだ。お嬢様が求めるものを提供するのも執事の勤め。もはや手加減はいらない。
「目にするのは初めてじゃありませんが未だに信じられない技です。『不可能を可能にする』の二つ名は伊達でありませんね」
ゴリラさんは冷静に、それでいて驚きと興奮を隠せない様子だった。
彼が冷静なのには理由がある。すでに私の物質変換を目にしているからだ。前にお嬢様の趣味と異なる馬車を変換したのだ。
「馬車の時に注意しておくべきだったかしら?」
気がつけばお嬢様はご自分で馬車を降りていた。手を差し伸べ損ねるとは、このバトラー、一生の不覚! そのお嬢様が不機嫌に続けた。
「頂いたものをお礼を言う前に……それどころか中を確認する前に変えてしまうのは如何なものかしらね? 少なくとも私の流儀に反します。今後は気をつけるように」
確かに気が急いていた。お嬢様の考えは正論ではある。しかし筋論でいえば、たとえ九伯家の血を引く大金持ちの祖父であろうと、平民である以上は貴族の令嬢であるお嬢様がその様な配慮をしてはならない。これは秩序の問題であり、遠慮をしては周りに示しがつかなくなる。特に王都では貴族の目があるだけに繊細な問題だった。まして新興の竜安寺であるならばなおさらだった。
この正論こそがお嬢様の魅力なのだが……。
「会長はとりあえず雨風を凌げる様に建てただけだから立て直して欲しいって言っていました。急いで建てた地味で粗末な建物で申し訳ないって託かってます」
ゴリラさんが慌てた様子でフォローを入れてくれた。それを見たお嬢様は少し眉をひそめて言った。
「まぁ、いいでしょう。バトラーも他意はないはずでしょうから」
「申し訳ございません」
「気をつけなさい」
「はっ」
お嬢様に叱責されるとはバトラーにあるまじき失態だった。今後は気をつけなければならない。次はお嬢様に気づかれる前に処理するのだ。そのためにも松尾達を使ってアンテナを広げなければならない。
「あれれれれ!? あの、ものすごーーーーーーーく悪趣味なお屋敷が普通に悪趣味なお屋敷に変わってる!?」
一転、場の空気を掻き乱すかの様に素っ頓狂な驚きの声を上げる者がいた。メイド達は声の主が誰かわかっているのか「あちゃー」とでも言いそうな、実に失敗したといった塩梅の表情を浮かべている。
「え、え、なに? もうお嬢様達ってば着ちゃってる?」
一連の声の主がキョロキョロと辺りを見渡している。格好や他のメイドの態度から察するに彼女もメイドの一人なのだろう。年の頃は十五、六。幼さを残すに対してアンバランスな成熟した体躯を持っている。しかし、それでも発育の途中だと私は知っている。彼女はベアトリクスだったからだ。整列の場にはいなかった彼女は言動からしても遅刻してきたのは明らかだった。
「もしかして……あの悪趣味な馬車?」
天衣無縫な少女をどうしたものかと思案していると花代に背後から囁かれた。
「あれ、なんとかしなさいよ! これじゃあ収集がつかないわよ!」
言われなくともわかっているが、さて、どうしたものか。とりあえず、私達が目に入っていないようなので、わざと咳払いをしてみた。
「あ!」
ベアトリクスは私達を見つけるなり大げさに驚いた。あの様子では今の今まで全く気がついていなかったのだろう。同時に慌てた様子で私の方に駆け寄ってくる。謝罪する気なのは間違いないだろう。問題はその後だ。どの程度注意したものか……。初めだからこそ厳しく接するべきなのか、あえて寛容な態度を見せるべきなのか……。そこが問題だ。
「アンタ、泣き虫おじさんだよね?」
彼女は謝罪どころか馴れ馴れしく続けた。
「忘れちゃった? ほら、十年くらい前にマサラでさ、いきなり泣き出して『抱きしめさせて』って言ってきたおじさんでしょ? あの時はマジでどうしようかと思ったよ。ヘンタイかな? って。後でバトラーだって聞いたんだけど信じられなかったなぁ」
メイド達の私を見る目が明らかに変わった。いや、それだけではない。
「まさかとは思うけど、本当にロリコンなんて勘弁してよ?」
後ろで花代が心配そうに呟いた。しかしそれさえも些細なことだった。
お嬢様が冷めた目で私を見ているのだ。そして深い溜め息をつかれた。
「あ、今はバトラーって信じてるよ? 当時は変態さんって考えの方が六割型で優勢だったけど。だけど、なにせ今日はお嬢様とバトラーが来るって聞いてた通り、実際にここに来たからさ」
空気を読まないメイドが続ける。
「それでお嬢様ってどこ? って、あの綺麗な女の子しかいないか。他はゴリラさんと雪だるまおばさんと泣き虫おじさんなんだから」
お嬢様は再び深い溜め息を吐き出された。
「あなた、お名前は?」
「え、アタシ? アタシはベアトリクスって言います! これからよろしくね!」
三度目の溜め息が聞こえた。
「花代。この子の教育はあなたに任せます」
「仕方がありませんねぇ。バトラーに任せて間違いが起きてはいけませんし」
花代が嫌味の籠もった視線を送ってきた。
「ええ、そうですわね」
口元を扇で隠したお嬢様が同意なされた。そして続ける。
「バトラー、中を案内なさい」
そう言うや高笑いを挙げた。今日一日で随分とバトラーの権威が失墜したものだと忸怩たる思いを抱きつつ、改装した館を案内----実際には踏み込んだことがないエリアも多いのだが----するために前に立った。
それにお嬢様、メイド達と続いていく。
「それでは、私は一端引き上げます」
引き上げタイミング逸していたゴリラさんが最後のチャンスと駆け込むように辞すとお嬢様は「お祖父様によろしくお伝えください」とニッコリ。ゴリラさん照れた様子で何度も頭を下げながら立ち去った。
「あー、アタシも今日は引き上げます」
お嬢様と花代のやりとり以来静かになっていたベアトリクスもドサクサで去ろうとするも花代が襟首を掴んだ。
「あなたはこっち」
「え、あー、そうだ! 新しいお屋敷を案内して貰わないと! バトラーさん、よろしくね!」
「そうね、あとでゆーっくりと一緒に案内して貰いましょう」
花代は微笑んだまま眉一つ動かさなかった。
「え! やだ! この雪だるまおばさん怖いってば! もしかしなくてもお説教タイムなの!? ちょっと抱かせた恩があるんだからバトラーさん助けてよ!」
花代は語弊がありそうなベアトリクスの叫びを無視して離れへと拉致していった。初見でも構造を把握している様子なのは流石だ。しかし、助かった。ベアトリクスは手に余る。
「それではバトラー、案内なさい」
再びお嬢様が高笑いを響かせた。




