旅立ち
|祭りの翌日、お嬢様は花代と私を伴って館を訪れた。
「やぁ、花代さん。そっちの二人は?」
門前で守衛は私たちを止めた。
「権蔵様には話が通ってるはずです。連絡が来てないのですか?」
「あ、ああ。人が来るって話は知ってるけど、誰なのか聞いとけって言われたんで」
「誰の指示なのか詮索する気も起きませんが……まぁ、いいでしょう。どうせすぐに全員知ることになりますし、隠すことでもありませんから」
花代は一拍開けると続けた。
「こちらはファームル伯の名代にしてナウル伯竜安寺権蔵様の御令嬢である。あなたが誰何するのは筋が違います。門を開けなさい」
「え!? いや……あの……」
守衛は何か反論しようとしたようだが花代の有無を言わさぬ雰囲気に気圧され、ついには「申し訳ございませんでした!」と普段は利用しない大門を押し開けた。
彼の言わんとしょうとしたことは理解できる。なにしろ、権蔵様の子供に関しては噂だけの存在だったはずだ。館にいた頃は地下室に隠し、権蔵様と花代だけが知る存在だった。そして、ついには館から山中の洞穴に移してまで秘匿していたのだ。それが九歳ほどの子供が現れて「この子が噂の子です」なんてやられたら何か言わなければならない気にもなるだろう。
聞き耳を立てている者が多かったのだろう。一目お嬢様を見ようと覗く者が絶えなかった。それらは只の好奇心で様子を見ているだけの者ばかりでないのは明らかだった。
「家中の躾がなっておりませんで申し訳ございません」
「これは当家の問題です。メイドである花代が気にする問題ではありません。むしろ、気に病ませたこちらが謝罪すべき問題です」
花代の謝罪を受け流したお嬢様が「お父様に伝えておきます」と続けなかったのは竜安寺家の置かれた微妙な立場を理解しているからだろう。
しばらくの間、好奇の目に晒されながらも、ほどなく謁見の間に到達した。
ここは古式ゆかしい名門ファームル伯の邸宅である。謁見の間が当然の様にある。そして原則としてそこを利用しないと本来の領主たるザルグ家の一門衆や家臣団が嫌がるのだ。これは彼らからすると名代に過ぎない権蔵様への監視の意味も多分に含まれていた。だから娘とはいえ、謁見の間へと行く必要があった。
もちろん、私が以前訪れた時の様になんとなれば謁見の間を通さない方法もある。しかし今回はお披露目の意味もあるのだ。だから、むしろ好ましい場であった。
部屋の中央で領主然として座っている権蔵様は憮然とした表情で私たちを迎えた。
私と花代が部屋の入り口で止まるとお嬢様は静かに進み出て権蔵様の前で傅いた。
「初めましてお父様。あなたの子の貴子でございます」
それに対して立ち会った侍臣たちからざわめきが起きた。理由はここまで浴びてきた好奇の視線と同じだろう。一方で権蔵様は表情一つ変えずに「うむ」とだけ返事した。
もちろんこの親子が顔を合わせるのは初めてではない。地下室に居るときは毎日通い、洞穴に移した後も可能な限り通っていたことは花代から聞いている。それがお嬢様にとって最大の楽しみであったことは本人との会話から察することができた。
その二人の間に大きな感情の動きがあったのは間違いない。地下室や洞穴でしか顔を合わせることができなかったのに、初めて表で顔を合わせたのだから当然だった。それは観測上明らかだった。だが二人は一切感情を表に出さなかった。冷たい親子関係を演出することが自分たちにとって最善であると理解しているのだ。
二人の心を知らぬ侍臣や聞き耳を立てるファームル伯の家臣、館内に潜り込んだ密偵達は銘々に噂や報告をしている。ある者は「実の親子か疑わしい」とし、別の者は「疑わしいが脆弱な魔法力から母親は間違いなさそうだ」などと判断している様子が観測できた。
「尋ねてくださらないので私の方から参りました」
「行かぬ事から察して欲しいが・・・・・・来てしまったものは仕方がないな」
権蔵様は迫真の演技を続ける。
「度々来られても迷惑だ。お前にはマサラ子爵を譲ろう。完全に独立いたせ。王都に行き手続きを済ませることを命ずる。三日の内に出立するが良い」
「承知いたしましたわ」
疎遠である理由はわからないが、疎ましがる親子であるかの様な演出はできていた。もっとも、ある程度事情を知っている者にとっては心当たりがあった。
スチュワートが連れてきた『ヨーステン翁の親族女性』が酷い状態の売春婦であることはザルグ家の中枢では知られていることなのだ。輿入れ時には正常な状態ではなく、権蔵様と夫婦生活を営めるはずがなかった。当然ながら子供などできるはずがなく、もし子供を生んだのならば、以前から妊娠していたと想像したことだろう。実際、お嬢様も輿入れから作ったにしては少々成長していた。
押しつけられた売春婦が生んだ父親不明の子ならば、夫として忌むには十分な理由となる。
「お待ちください」
謁見の間にいた侍臣の一人が続ける。
「権蔵様はファームル伯の名代としての立場があります。これは王に認められたものです。なれば、その子供に爵位を譲るなど勝手な真似をされては困ります。我々ファームル伯の家臣にどの様な影響が出るのかわからないのですから。・・・・・・それに本当に親子かどうかも判りませんしね」
彼の顔には幾分かの侮蔑の表情が浮かんでいた。あまり位の高くないはずの彼が輿入れの内実を知っているとは思えない。単に、関係のない子供を自分の子供の様に見せて爵位を与え、自身の勢力を拡大しようとしていると思ったのだろう。
「なるほど、では出立を三日後にする。異議のある者はそれまでに訴え出るが良い」
権蔵様はそう言うと追い払うようにお嬢様と私たちを外に出した。
そして三日後、当然ながら異議を唱える者は現れなかった。
ファームル伯の後継者であるザルグ家の者達にとっては悪い話ではないので当然だった。お嬢様の『低い』魔法力は彼らをして「どうとでもなる相手」と思わせた。権蔵様の排除に支障とならないこの「どうとでもなる相手」のおかげで、うまくすればファームル伯領取り戻した時にマサラ子爵のオマケまで付いてくるのだ。
その様な算用をしているザルグ家の主要な者が一切の異論を抑えた結果だった。
私はというと街の出口でホロウ達と言葉を交わしていた。
「これで『子守』から解放だ。明日からは真っ当な仕事を探さなきゃな」
「『子守』は続けないのですか?」
「冗談でも止めてくれよ」
ホロウはウンザリした様子だった。
「お嬢様の相手は構わないがバトラーとしょっちゅう顔を合わせるなんて御免被る」
ホロウは鼻で笑うように息を吐くと続けた。
「後は任せたぞ。こっちは二度とお前さんとは関わりたくないんだ。できれば顔も見たくない。碌でもない目に遭いそうだ」
「そうですか、残念です」
「まぁ、そういうことだ。じゃあな」
「最後にお嬢様に挨拶をしなくてよろしいのですか? それなりの期間を過ごしたはずでしょう?」
「いや、このまま行くよ。顔を見て情がわいても面白くないからな」
ホロウ一行はそのまま背を向けた。
「ここまでお嬢様がお世話になりました。ありがとうございました」
ホロウは振り向きもせず、手を払うようにこちらに振るとそのまま去って行った。
それから数刻としないうちに松尾たちが数両の馬車とともにやってきた。
「バトラーさん、お嬢様の馬車がそろそろやってきます!」
「こちらの準備はできていますか? 手抜かりがあってお嬢様をお待たせするようなことは許されませんよ」
「ええ、この通り。積み込みも確認しています」
松尾はそう言って馬車に積んだ荷物をまとめた紙を寄越してきた。私はそれを受け取ると一応は確認する様子を見せた。松尾の持つ『棒』から伝わっている情報で確認の必要などないのだが、一行の緊張感を保つためにあえてそう見せたのだ。
「しかし、あの祭りの時に俺たちに何かしました? バトラーさんを見かけたところまでは憶えてるんですけど、気がついたら宿屋だったんですよ」
松尾は私が何かしたとでも思っているのだろう。内容を確認する私に質問してくる。私はそれにただ微笑むことで答えた。
「馬車が来ます!」
私が育てた孤児の一人、今井が叫びながら走って来た。それを合図に松尾達一同は一列に整列し出迎える体制を整えた。彼らは私がお嬢様に仕えると明かすと、文句を言わないどころか理由すら聞くことなく、自分たちも仕えたいと申し出てくれたのだ。
そしてまもなく三頭立ての馬車が目の前に止まった。御者は丸々と太った女性だった。
「ふぅ、それじゃあ御者を代わって貰おうかね」
その女性は御者台からノソノソと降りると私のところへ向かってきた。
「私が誰かわかるかい?」
「花代でございましょう」
「あら、さすが」
この花代は以前の私が知っていた花代を若くした姿だった。
「私としては以前の姿の方が好みなのですが」
「あら、嬉しくない。バトラーもそんな冗談を言えるんだね。こっちじゃ権力者に近いから美人の方が得だけど、王都じゃ断るのが面倒な蠅が集るからね。だけど、この姿も中々に愛嬌があるし親しみも持てていいでしょ」
「ええ、とても。残念ではありますが」
「ま、そういうことで、アタシは馬車の中でお嬢様の相手をしてくるわ。アンタもアレを処理して、さっさと乗りな」
花代はそう言い残すと今井に馬車の扉を開けさせて中へと消えていった。
「松尾、馬を御しなさい。出発の準備に取りかかる様に」
私の命令に応じて全員一斉に、既に決めてあった配置に従って、御者台に乗ったり、馬車を守るように取り囲んだり、馬車に乗り込んだりと態勢を整えた。
それと入れ替わるように騎馬の一団が私の許へとやってきた。数にして十五騎。ザルグ家の一門数人とその騎士達だった。
「これがナウル伯のお姫様の一行ねぇ」
一人が嘲るように言った。続いて、値踏みするよう我々を見回す。
「付いて行くのはメイド一人と聞いていたが・・・・・・どこで数を揃えたもんだか」
「それなりに練習はしてきたみたいだな。配置が様になってるじゃないか」
別の一人が素直に感心したかと思ったらすぐに破顔した。
「まぁ、所詮は平民だけどな。魔法力がクソだぞ。こいつら」
騎士達が一斉に笑った。対する松尾達は一人として表情を変えない。彼らは全判断を私に委ねているのだ。それが『怒り』といった感情であってもだ。
「しかし、まぁ、なんとも頼りないね。これではちょっとした盗賊にも負けてしまうじゃないか。護衛を付けようか? なんなら王都に付いた後に世話をする使用人も送るぞ」
彼らの心配は本当なのだろう。なにしろ仮に盗賊に襲われて全滅でもしようものなら、狙っているマサラ子爵が手に入らなくなるのだ。同じく不調法があってマサラ子爵叙任の話が流れても困る。
もっとも本音では偵察要員を送りたい、あるいは、お嬢様を除き我々を皆殺しにして乗っ取ろうとしていることだろう。
「お心遣いありがとうございます。非常に嬉しいです」
私が深々と頭を下げる様子を見て、彼らは薄ら笑いを浮かべた。
「しかし、この『バトラー』がいる限り万の軍団が襲ってようが、いかなる天災に遭おうが、万難を排し、お嬢様に塵一つ付けさせない所存でございます」
「え・・・・・・『バトラー』?」
私の言葉を聞いて彼らが呆けた。彼らにしてみれば「どうとでもなる相手」が「どうにもならない相手」へと変わった瞬間だった。別に明かす必要はなかったが、言っておけば、彼らが配置した盗賊達が襲ってくることはない。松尾達の訓練に利用しようかとも思ったが、お嬢様の前でやる必要もないと判断したのだ。
「バトラー! 行きますわよ」
「はい、ただいま参ります」
急かすお嬢様に返事を済ませると騎士達に頭を下げた。
「では失礼します」
未だに魂が抜けた状態の彼らに挨拶を済ますと馬車へと向かった。




