祭り
街中に着いたのは夕方だった。移動に時間がかかったのにはそれなりの理由がある。なにしろお嬢様は外に出たことがほとんどなかったのだ。実質、初めてといってもいいだろう。日の光に驚いたうえに眩しがる、なんの変哲もない草や花や木を珍しがる、私が苦手な虫に興味を示す等々で移動するどころではなかったのだ。元来、好奇心が強い性質なのだろう。私なら怯えたはずだ。おそらくは元々の生物としての強さや頑健さも性格に影響があるのだと思う。ただでさえ強い生物なのに加えて、お嬢様の本来の魔法力を考えると、世界でも上位の部類でまさに“怖いもの知らず”だったのだ。
さらにもう一つ問題があった。弱体化した肉体・魔法力と運動不足によって満足に歩けなかったのだ。青息吐息、ようやくにも山を降りたといった感じだった。
これには花代はもちろんのこと、普段世話をしていたホロウたちも驚いていた。
街中に辿りついたお嬢様は先ほどまでの疲労は何処へやら、先ほどまでとは違う驚きを瞳に湛えていた。書物や話でしか知らない街並みや初めて見る大勢の人に混乱しつつ、何年も音でしか聞いたことがなかった祭りの様子に心は奪われているようだった。
『おい、あれバトラーさんじゃねぇか? やっぱり祭りを見にきたんだな。連れてる子は誰だ? 女の方は彼女ってことはないよな?』
私たちを見つけた松尾たちが遠方で噂していた。彼らに与えた武器はそんな情報まで私に与えた。
『ちょっと声を・・・・・・ぉ』
瞬間、遠巻きに私たちを囲ってるホロウ達の一人に気絶させられていた。流石にあのレベルを相手にしては私のフォローがなければ、隠れてる状態から攻撃されて気がつく間もなく当て身を入れられてしまう。
ホロウ達は2人を洞穴に残し、3人が密かに付いてきている状態だった。事前に「接近者は貴族でもない限りは可能な限り排除する」と通告を受けていた。まさに通告通りの行動だが、私も松尾達のこともあり「可能な限り無傷、または外傷や後遺症を残さない形」と条件を付けていた。
その結果が当て身による気絶だったようだ。確かにあれほど見事に決められては『当てられた部分が痛い』程度の被害だろう。腐っても暗殺者ギルドの“腕っこき”、いくら鍛えても平民では気配すら察知できずに手加減の上で一撃で気絶させられてしまう実力差があった。
「ちょっと、なにボーッとしてるのよ。レディをデートに誘ったんだからちゃんとエスコートしなさいな」
花代がそう冷やかしてきたが、困った。実は女性のエスコートは執事の仕事ではないので正直よくわからない。もちろん、地球時代にそういう経験などあろうはずもない。
「なにか食べたい物でもございますか?」
「ブーッ! 零点! なにレディに選ばせてるの? アンタが察して差し出すんだよ! さっさと用意しな!」
痛烈な花代の批判にお嬢様がお嬢様が笑った! 笑ってくださった! あの暗い部屋で人を拒絶していたお嬢様が!
「お嬢様もそう思いますわよね?」
「ねー」
花代に問いにお嬢様同意して再び微笑んだ。ああ、私は幸せだ。この瞬間の為には一晩で法隆寺、いや平安京をエイリアンの様にこの地に造れることだろう!
「これは申し訳ありませんでした。私にお任せ下さい」
そうとなれば話は早い。私の全力を持ってお嬢様を満足させるべく活動を開始した。まずはバイタルチェックでお嬢様の状態を確認。慣れない歩行と多くの刺激によって疲労が認められる。まずは甘い飲み物。お嬢様が甘党なのも把握済みだ。さっそく確保すべく歩を進めた。
その後もお嬢様の状態や視線の動き、手土産や過去の例から好む物、興味を示した物を次々に提供した。その過程で気が付いたことがある。お嬢様が興味を示したからといって必ずしも好みとは限らないこと、逆に好みの物を見過ごすことがあることだ。
考えてみれば当然で、お嬢様は全部初めて見る物なのだ。私がお嬢様に「何か食べたい物」と聞いたことが如何に残酷だったことか。何も知らないのだから、答えられるはずもない問いだった。先ほどの花代はフォローであり、助け船を出していたのだ。
一通り屋台を巡り、十分に食べ、存分に遊んだお嬢様は仮面売りの屋台で、ふと足を止めた。木や鉄、布といった素材で作られた様々な面が展示されてある。
「ねぇ、バトラー。私に似合う仮面はどれだと思う?」
お嬢様の好みは百も承知。私はその中でも飛び切り、悪趣味なほど派手な一枚を選んだ。
「そう、そうよね……」
少し思案した様子を見せたお嬢様はその仮面を受け取るとそれを付けた。お嬢様の表情をもう少し見ていたかったが、仮面を付けたお嬢様も良いものだ。
「うん、これで竜安寺貴子はお終い。今からはナウル伯の娘、未来の貴族として生きましょう」
先ほどまでと異なりどこか毅然とした様子で続ける。
「バトラー、貴方には感謝しています。お陰で私は憧れ続けるだけで一度として経験することができなかった祭りを視ることが叶いました。それと散々にした無礼も謝罪いたしましょう」
魔法力による『圧』とは違う、なんとも言えない『空気』がお嬢様がお嬢様に渦巻いていた。
「代わりとなる様な贈り物を私は持っていません。せめてこの身を貴方に捧げましょう。貴方の目的を聞く気も知る気もありません……。もし、私に仕えることが貴方の目的と合致するのなら謹んで受け入れます。いつ消えるとも知れぬ身ですがお役立てください」
思っていたのと違う流れだが……追々、真にお嬢様の役に立ちたいと理解して貰えれば良いのだ。今はお嬢様を主とできる、それで上出来だ。寂しい気持ちをなんとく抑え、自分自身を納得させる。
「ありがとうございます。このバトラー、今後は貴方様を『主』として」
「お待ちください」
お嬢様、否、御主人様がお止めになった。
「『主』はお止めください。それは『真』の……いえ、貴方が私に仕えるのは手段の一つのはずです。ですから……そうですね、『真の目的』に対する手段、その『足掛かりたる娘』、『お嬢』とでも呼んでください」
「……では、私からも。敬語はお止めください。それと『お嬢』は憚られます。せめて『様』を付けさせてください」
「二つですか……。数が合いませんね。では、こちらももう一つ。『真の目的』が達せられるまで、私が死んだとしても死なないでください。目的が自殺だとしたら止めませんが……ここ数か月の間、訪ねてくださった貴方を見ていると違う目的があると確信しました。それが達せられるまで私を利用しても構いませんから、どうかお願いします」
「これは……なんとも……いや、しかし、ええ、わかりました。では『お嬢様』よろしくお願いいたします」
「『バトラー』存分に仕えなさい」
こうして私はお嬢様と主従の関係を結ぶこととなった。




