三ヶ月
「今日も行くんですか?」
松尾が呆れた様子で聞いてきた。
「ええ。もちろんです」
「どこに行くのかは聞きませんが、今日みたいな祭りの日くらいは……なぁ?」
松尾が周囲の仲間たち同意を求めると、彼らも頷いた。
「しかし、天下のバトラーが毎日の様に足を運ぶってのはどうなんですかね? たまにはソイツの方から来るべきねんじゃないんッスかね」
同意した一人が納得いかない様子で憤った。
「私が会いたいから訪ねるのですよ。今日はこれで遊びんできなさい。祭りだからといって羽目を外しすぎないようにお願いしますよ」
いつもの小言とともに彼らは幾ばくかの小遣いを受け取ると先ほどまでの不満は何処へやら、歓声とともに散り散りとなった。
私は今日もお嬢様の元へと足を運んだ。あの日から毎日、約三ヶ月だ。会える日があれば門前払いの日もある。彼女の不信感を拭うにはそれしか思い浮かばなかった。
「今日も来たのか? 随分とご執心だな」
洞穴の付近で気安くなったホロウが冷やかしてきた。
「今日は例のメイドも来てるぞ。俺達は休ませて貰う……と言いたいところだが、この祭りだ。誰が紛れ込んでるかわからんから一応は残ってるよ」
「そうですか。では、よろしくお願いします」
「あのお嬢ちゃんを守るのは俺達の仕事だからな」
苦笑いを浮かべたホロウを後にお嬢様の元へと向かった。
洞穴に似つかわしくない扉の前には花代が立っていた。
「待ってたよ。毎日来てるんだって? 何を考えてるのやら。九伯家としては余計なことはして欲しくなかったんだけど」
「その『アタシら』に花代さんは入っていますかな?」
花代は呆れた様な深く長い息を漏らした。
「お嬢様ー、またロリコンのおっさんが来たけど入れて良いの? いい加減に官憲に突き出した方が良くない?」
不躾な花代の問いかけに扉の向こうでかすかな笑いが聞こえた。
「突き出してもバトラーが相手ではどうしようもないでしょう。構いません。入って貰いなさい」
花代は「はいな」と扉を開けた。
「本日も失礼します」
もはや見慣れたお嬢様の部屋、いや唯一の世界へと足を踏み入れた。以前感じた圧力は感じない。だが、これはお嬢様の心境の変化によるものではないだろう。
「今日の用事は何ですか?」
いつもなら創り出した手土産の一つも持ってきているのだが、今日はない。
「今日は街でなにが起きているのか知っていますか?」
「……祭りでしょう?」
ほんの僅かながら表情に変化があった。部屋から一歩も出られないお嬢様からすると、聞き耳を立ててる街が、非日常な空間となってることに興味がないはずがなかった。
「ええ、祭りです。どのようなものかご存じですか?」
「出店で粗野な食べ物やインチキ臭い物が割高で売られているのでしょう? いずれ貴族になる私の口に合う物、好みに合う物があるとはとても思えません」
そういって面白くなさそうに顔を背けた。部屋から出ることが叶わぬ身ならば……酸っぱい葡萄といったところなのだろう。
「話はそれだけですか? それならお帰りください」
臍を曲げたお嬢様は少々苛立っているようにも見えた。
「いえいえ、本題はここからです。ロリコン……というわけではないのですが、お嬢様をデートに誘いましょうかと」
流石のお嬢様も驚いた様子だった。
「ここから出るの!?」
私が頷くと、お嬢様が花代を見た。
「うーん……今のお嬢様ならバトラーもいるし大丈夫なんじゃない? 体の調子が良いのも自覚してらっしゃるのでしょう?」
花代は面白くないといった感じだった。
この三ヶ月、私は無為に通っていたわけではない。手土産に『薬』を混ぜて与え続けたのだ。微量なナノマシンを混ぜ込まれたケーキやクッキー、スープといった物を口にする度にお嬢様の体は少しずつ『変化』したのだ。フローラが虹色軟膏で魔法力を失った様に……。魔血病が過剰な魔法力による自家中毒ならば、魔法力を失えば症状は抑えられる。同時に過大な魔法力から出自を疑われることもなくなるのだ。
しかし、私では魔法力の増減がわからない。だから、今日は花代を呼んだ。彼女が許可を出すのならば、それ相当に抑えられてる証拠だった。
「では、お嬢様。お手をどうぞ」
傅いて手を差し出した。
長い沈黙が流れた。お嬢様は強い好奇心とそれを上回る恐怖と戦っておられるはずだ。お嬢様は生まれてからほとんど外に出たことがないのだ。人と話したことも多くないだろう。かっての……地球時代の私は僅か一年足らずの浪人生活で全てから疎遠となり、人と会うのが、家族とさえ話すのが億劫と恐怖を伴い始めてたのだ。お嬢様に至っては想像すらできない恐怖に違いない。
人が多い祭りの日は失敗だったか? 今日がダメでも明日がある。魔血病による時間制限はなくなったのだ。私がそう考え始めた時だった。
「良い機会なので行ってきたらどうです? 一生をこの部屋で終わらす気なんですか? 一度としてお天道様を拝むことなく。まぁ、お嬢様の人生なんですから別にアタシは構いませんけど」
花代が続ける。
「でも、未練タラタラ街の様子に聞き耳立ててるくらいなら、その手を取った方がいいと思いますよ。そのおじさん、ロリコンっぽいけど、バトラーって呼ばれてて世間じゃ頼りになるってことになってるらしいですから」
花代が背中を押したからだろうか。お嬢様は恐る恐る私の手をとった。




