嫌いです
私は頭を鈍器で殴られたかの様な衝撃を受けた。いや、今までにもっと強力な衝撃を幾度も受けてきたがそれ以上だった。ここに来て私の方が拒絶されるとは思っていなかった。
「随分と驚いているようですね。『バトラー』の名があれば当然の様に誰からも尊敬されて必要とされると思っていたのですか? 私と貴方は初対面なのに……そんな思い上がった考えが嫌いです」
たしかにこのお嬢様とは初対面だった……。お嬢様を考え過ごしてきただけに距離感を誤ったのか? いや『バトラー』であることに驕りがあったことは否定できない。数多の大貴族が私を求め、世の中が特別扱いする中で感覚が麻痺していたのだ。彼女は世間から距離を置いているから、私や世間の歪んだ「当然」の外にいたのだろう。
「なによりも嫌いなのは『私』に仕えようとしたことです」
「仕えると決めてたわけじゃ」
お嬢様は、そう宥める花代を一瞥することなく続ける。
「この部屋に……結界内に入った時に見せた一瞬の躊躇。あれは私の状態を知って訪れたわけではない証拠です。しかし、躊躇の後に決意と決心をもって、ここに来るとき以上力強い歩みを見せたことに気がついていないとでも思いましたか? 自分以外は無能とでも思っているのかしら? そういうところも嫌いです」
私自身が気がついていない所作を指摘し、お嬢様は憤っておられた。彼女は恐るべき洞察力を持っていた。富蔵様の血の影響なのだろうか。
「それに……ここにいても街の会話くらいなら聞き取れます。バトラーが自分から用事もなく貴族に会いに行くことは稀と有名らしいですわね。街の人々が貴方をなんて噂しているか知っていますか? 『誰に仕える気もない』ですって」
噂の内容は兎に角、お嬢様の聴力に驚いた。魔法力に優れた者が集中すればここから街の音を聞き取るくらいは容易だろう。しかし、その広範囲にある様々な音から会話を聞き分けた上で把握するとなると中々に困難だ。
「『仕える気のないバトラー』が私の様子を見て決意するなんて普通ではありません。下心があるのでしょう? それが少女に発情したといった可愛げのあるものならば理解もできるのですが……バトラーとなればあり得ませんね」
そこで彼女は過分に自虐と嘲笑が籠もった表情を浮かべた。
「幼い子供なら御しやすいから仕える? バトラーに限ってはそれはないでしょう。私が賜る程度の小さな領地や爵位などを自由にしても面白くありません。それならバトラーのまま、今のように誰にも仕えずに活動した方が大きく強い権力を得られるはずです。大貴族に仕えて乗っ取るという手もありますね。そもそもそれを望まないのがバトラーですが……。なんにしてもこれから低い爵位を賜る子供に仕える理由はありません」
悪意を持って近づいたと勘違いしておられるようだった。いや、確かに冷静に考えれば怪しい要素しかない。初対面の……まだ貴族にもなっていない子供、それも小貴族となる予定の相手に仕えるにはバトラーは不釣り合いだ。もし、竜安寺家との関係で仕えるなら権蔵様の方が自然だ。誤解を解かねばと考えているとお嬢様がさらなる考えを述べた。
「バトラーさん、あなた……死にたいんじゃなくて? 前のバトラーは個人的な縁でマサラ子爵に仕えていたそうなので、爵位で考えると今のバトラーが仕えても世間的な顔は立ちますが……自殺志願目的以外で私に仕える理由はありません」
言い方や考え方の筋道も富蔵様とそっくりだ。会ったことがないだろうに似るものだと驚いた。しかし、肝心な話の方が理解できなかった。
「言うまでもないでしょうが、私はあと……もって精々3,4年ってところでしょうかね? 現実的にはもっと早いでしょうけど」
視線で同意を求められた花代は黙って頷いた。
「魔血病ですって。大した血統でもないのに、そこだけは貴族をしていて嫌になってしまいますわ」
お嬢様は自分の出自を知らないのだ。権蔵様にかけられた魔法が選別効果をもたらし、九伯家の濃い血筋を名門ザルグ家に注いだのだろう。既に耐えられないほどの魔法力が肉体を蝕んでいた様だった。
「バトラーというのは他の執事と違って主に殉じてすぐに死ぬことが出来るんですって? 北方戦争で英雄的な働きをしたかと思えば、時間を潰しているとしか思えない虚無的な放浪をしてる……本や噂で知った伝聞でしたが、私に仕えようとしたことと合わせれば、根底にあるのはそこなんだと」
「誤解です!」
違う、私はお嬢様に、お嬢様たちに生きていて欲しかったのだ! 次に出す言葉を考えぬままに感情のままに言葉を遮ってしまった。
「……なにか言えない様な考えがあるのでしょうか? 他人を踏み台にしてでもやりたいこととか?」
私が遮ったことにことに驚いた様子を見せていたお嬢様は、二の句がないとみるやすぐに表情は侮蔑へと変わった。
「バトラーという最高の称号と認められた能力を持ちながら誰の役に立つわけでもなく無為に日々を過ごしてきた貴方が嫌いです。自分の考えを明かさない貴方が嫌いです。理由は知りませんが、バトラーの称号と、最高とされる能力、何処にでも行けて誰にでも仕える、あるいは仕えない自由を得ながらも死に急ごうとする貴方が嫌いです。とにかく、貴方の様な人間が私は大嫌いなのです」
頑ななお嬢様の心は解きようがない。今は何を言っても空虚な響きにしかならないだろう。
「……今日は少々疲れました。花代、バトラー様を外にご案内して差し上げて」
お嬢様は言葉通り、実際に疲れた様子で顔色が悪くなっていた。これも魔血病の影響なのだろうか。言われるがまま、通り一遍の挨拶を終えた私は場を辞した。




