洞穴の主
洞穴の中は簡素ながらも整備されていた。壁や床といった内装は整えられ、換気や照明も完備している。幾つかある小部屋は倉庫や簡素なベッドが幾つか並べられた休憩室といった感じだった。もっとも、休憩室の方はあまり使われた形跡はない。花代が言っていた『圧』が原因なのだろう。この『圧』は魔法力がわからない私でもなんとなく『空気』を感じるくらいだった。
「ここよ」
花代が案内した先は洞穴の最奥にある、ひときわ立派な扉の前だった。
「花代でございます。件の訪問客を案内してよろしいでしょうか?」
彼女はノックをするとそう言った。
「入りなさい」
小さな返事を受けると「失礼します」と花代は扉を開け放った。
扉の向こうは思ったよりも小さな部屋だった。壁や床は石で整えられていた。そこにクイーンサイズのベッドがあり脇には小さなサイドチェストがあった。チェストの上に数冊の本が無造作に置かれている。そして部屋の中央には一人用の小さなテーブル。洞穴の主はテーブルの向こう、部屋唯一の椅子に腰掛けていた。
十六畳程度の部屋にいた主は幼い少女だった。病的にまで青白い肌はまともに日を浴びていないからだろう。暗く沈んだ瞳は全てを拒絶するかの様だった。そして無表情のままこちらを見ている。
「こちらは『バトラー』でございます」
花代の紹介に合わせて「お初にお目にかかります。ご紹介に預かりました『バトラー』でございます」と軽く会釈をした。それに対して少女は「そう」と小さく言うだけだった。
普通であれば『バトラー』の名を聞けば感情に多少の変化がある。しかし、彼女の感情は一切の揺らぎもみせなかった。その理由は外界と遮断された地下室や洞穴で育ったからだけとは思えなかった。
「入ったら?」
そっけない許可に促されるままに部屋に一歩踏み込んだ。同時に今までとは密度が異なる圧倒的な『空気』に触れた。結界はこの部屋に施され、先ほどまでの『空気』はこれが漏れ出した僅かな部分だったのだ。時空コンピュータの助けがなければ、ただちに正気を失っていたことだろう。
しかし、この『空気』は質こそ異なるが過去にも体験したことがあった。富蔵様や九伯家当主が放っていたものだ。もっとも富蔵様とは比較にならないほどの圧力であった。そしてフィリップ様の『空気』が相手を圧倒し屈服させるものだとすれば、この『空気』は相手を拒絶し排除しようとする力だ。目の前にいる少女は間違いなく九伯家に連なる者だった。
『空気』に気圧されたのは0.001秒にも満たなかったことだろう。私の体は常に平常を保つようにできている。何事もなかったのように----実際にはようやくお嬢様に会えた興奮があった----私は少女の前で深々と頭を下げた。
「お時間を頂きありがとうございます。本日、私が参ったのは……」
そこで面白くなさそうな少女の声が遮った。
「嫌みかしら? 日がな一日、只この部屋で時間が過ぎるのを待ってるって」
「いえ、その様なつもりは……」
「じゃあ、あなたの暇つぶしなのかしら?」
少女は非常に不機嫌な様子だった。
「お嬢様。バトラーは男爵位を持つ貴族でございます。度の過ぎた無作法な真似はしない方がよろしいかと」
少女は窘めた花代を面白くなさそうに一瞥すると溜息をついた。
「それもそうね。領地がなければ、存在意義である主もいないバトラーだけど……貴族には違いないものね。……それでは改めまして、先ほどは失礼致しましたわ。ワタクシはナウル伯竜安寺権蔵の娘、竜安寺貴子と申します」
棘のある言い方とは裏腹に貴子様は優雅な笑みを浮かべた。数十年ぶりの笑みに感動した……と言いたい所だったが、私の知ってる笑みとは明らかに違った。表面こそ変わらずに優雅であったが、そこに心は一切なく、自棄と虚無の中に暗い毒を薄く混ぜ込んだような嫌なものだった。
「そのバトラーが来たということは、私を値踏みし、なんでしたら私が貴族になった際に仕えようということなのでしょう」
彼女は八歳かそこらの子供とは思えない大人びた口調で続ける。
「しかしながら私の方にも選ぶ権利があります。お父様や花代の顔を立てて会うだけ会いましたが元々雇う気はありませんでした。そして今日、直接お会いしてわかりました。私は貴方が嫌いです」




