ファームル伯領再び2
「なんだ、こりゃ!? 俺たちの街とそっくりじゃねぇか!」
ファームル伯領の中心部に着いた時の松尾の反応であった。
正確には松尾たちの育ったナウル伯領がこちらに似せて造られたのだ。もっとも彼らはそんなことは知らない。知ってたところで育ってきた街が世界の全てなのだからどうでもよい話だろう。未だに「そっくり」だがスチュワートの実験には不十分なほどに「同じではない」街だった。
「長旅で疲れたことでしょう。これで遊んできなさい」
私は彼らに幾ばくかの小遣いを渡した。
「いや、だけど……」
松尾たちは驚き固辞しようとするが「街の中を見て回るのも仕事です」と押し切った。実際、『私の一部』である武器を持って街中を見て来て欲しいのだから仕事以外の何ものでもなかった。それによってナノマシンの空中散布というリスクを犯すことなく、認識範囲を拡張できるのだから。
「いくら似ていてもここはあなたたちの生まれ育った所ではありません。別の街です。トラブルはほどほどにお願いしますよ」
誤魔化すような笑みを浮かべて散って行く彼らを見送った。
「それで、どちらに案内してくださるのですか?」
「本当なら、御屋敷でお茶の一杯でも……って言いたいんだけど、そうもいかないんだよね」
独り言ともとれる私の呼びかけに対して、気が付いて当然と応じたのはフローラ改め花代であった。
「アンタがいるとスチュワートが遠慮して覗かないから楽だわ。それでも屋敷には密偵がいるからね。とりあえず付いて来て」
彼女はそう言うと街の中心とは反対の方へと歩いて行った。
彼女が案内したのは、町外れどころか山の中だった。
「屋敷の地下からこちらへと移したのですか?」
私の問いはもちろん貴子様のことだ。
「まぁね。ボンクラどもの目はとにかく、もう屋敷じゃ無理だったから。会えばわかると思うけど」
彼女は私が事情を把握してないことを気にしていない様子だった。それほどまでに事態の隠蔽に自信があったのだろう。
そうして洞穴の前にまで連れてこられた。周囲には五つの人間がいるが巧みに隠れている。いずれも尋常為らざる達人なのは間違いない。時空コンピュータがなければ見逃してしまうところだった。
その隠れていた中の一人が目の前に現れた。
「これは……これは……なんと反応して良いのやら」
彼はそう言ったが、私の気持ちも同じであった。なにしろ目の前に現れたのは暗殺者ギルドの“音無しのホロウ”だったのだ。
「異常はない?」
花代はホロウが投げかけた私への言葉を無視して、彼へと質問を発した。
「あ、ああ。それは勿論。忌避結界と不可視結界……それ以上にアレだ。俺達だって仕事がなければ、一秒でも早く立ち去りたい気持ちになるからな。かなりの奴が信念と確信を持ってなきゃ辿りつかんよ。ゴミみたいな連中は何人か探索に来てたが誰もここには近づいていない。それよりもさ、こんな因縁めいたことを言ってるんだ。少しは俺とバトラーの関係に興味が湧かないもんかね?」
「全然。どっちにも興味ないし。精々がギルドで返り咲く為にバトラーに仕掛けたけど、返り討ち遭ったんだなぁとしか」
花代は心底どうでも良い様子だった。
「花代さんが雇ったのですか?」
やりとりから敵ではないことは間違いなさそうだったが、なにしろ暗殺者ギルドだ。花代と違い「どうでもよい」と捨て置くことが出来ない私は一応は聞いてみた。
「うん、まぁ遠からず。権蔵様の頼みで昔の伝手を使ってね。なにしろ彼女の存在は九伯家にとっても知られたくないんだから。失態だらけで碌な仕事を任されなくなった“本当なら”腕っこきを護衛・隠蔽に回して貰ったの」
褒めてるのか貶してるのかわからない彼女の言い方にホロウは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「まぁ、二代のバトラーに絡んだ俺が失敗だったな。あんたらがいる間はこっちは休ませて貰うよ。どうにもここは息苦しくっていけない。できるだけゆっくりしてくれ」
ホロウは言いたいことを言うと周囲の人間と共に辺りから消えた。
「まぁ、聞いての通りよ。結界を使っても封じきれない『圧』があるから。これが館に置いておけない理由。アイツらが鋭敏で反応しやすいってのはあるけど、一般的な人も長期的には原因不明の不調を訴えるわね。それに感覚を研ぎ澄ませば地下室が原因ってすぐにわかる。それは館にいるボンクラレベルの感覚でもね。もっとも、それ以上に、このままだと普通なら『圧』に当てられるだけで気を失うレベルにまで成長しちゃうからってのが主な理由なんだけど」
なんとも要領の得ない説明であったが、魔法力が理解できない私でも理由がわかるタイミングはすぐに訪れた。
それは洞穴の奥でのことであった。




