ウマの骨
私が情報の正体に気がつくまでに、そう時間はかからなかった。
情報は私の手の中からやって来たのだ。
具体的には権蔵様から渡された缶の中。もっといえば、その中の骨。骨に含まれるナノマシンが、集めた情報を一気に伝えてきたのだ。
それは『記録』というよりは『記憶』だった。
『ウマはどこに行ったの?』
懐かしい子供の声だ。
『呼び捨てはダメでしょ』
優しげな声があやすように叱る。それは忘れようのない、二度と聞くことができないものだった。
『それでどこ?』
『もうっ・・・・・・。お兄ちゃんを・・・ううん、お父さんや私たちを助けるために行ったのよ』
『ふーん・・・・・・一緒にいればいいのに』
『見晴らしがいいわね』
『この丘でウマさんと再会したんですよ』
『ウマの話してるのー?』
『ああ、今度ゆっくり話してあげるからね』
『こ、この子だけは! この子だけは!』
『マ、ママァー! イヤだ! ウマ助けて! ウマー!』
『今回の件はすまなかったな』
『・・・・・・いえ、解決へのご尽力には感謝の言葉を尽くしても足りません』
『・・・・・・首の確認をするか?』
『相手の顔を確認したところでどうにもなりません。いくつかの遺品が返ってきたことの方が重要です』
『そうか。なにかあったら遠慮なく申すが良い。可能な償いならしよう』
『勿体なきお言葉。そのお気持ちだけで十二分でございます』
『クソッ! なんでだ! なんでなんだ!』
机か何かを叩いた音と衝撃があった。
『なにが魔除けのオルゴールだ! ただの壊れたオルゴールじゃないか! 僕は絶対に直さないぞ! ク、クソッ!』
机に何かを叩きつける音がした。同時に『あっ』と後悔したような音が漏れた。
『これは・・・・・・思えばウマさんが地味なのを選んでくれたお陰で売られずに戻ってきたのか。ウマさん・・・・・・なんで居てくれなかったのですか・・・・・・』
『母さん、節子。この丘で見守っていてください。いつかウマさんを連れてきます……』
……
『ここで何をしてらっしゃるのかしら?』
『奥様! これは気がつかず申し訳ございません』
『……今度、娘を紹介いたしましょう』
『権蔵様、こんにちは!』
『これはお嬢様。本日もご機嫌が麗しいようで』
挨拶とは異なる場所から甲高い笑い声が聞こえた。
『奥様もおかれましても……』
『楽になさい』
『は、はい』
『あなたの妹と思って娘と遊んであげてくださいな』
『か、代わりなどとは考えるだけで恐れ多うございます!』
『妾の願いは聞き入れられないと?』
『滅相もございません!』
『それでは頼みましたよ』
再び聞こえた笑い声が遠ざかって行った。
『権蔵様、ご機嫌いかが?』
『お嬢様、このような場所までおいでになさらぬとも呼び出して頂ければ……』
『あら、迷惑でしたか?』
『迷惑だなんて……』
『まぁ、迷惑がられても妹は押しかけるものではございませんでして?』
『妹などと……』
『あら? お母様に嘘をおっしゃったのですか?』
『い、いえ! そのような訳では……』
勝ち誇ったかの様な高笑いが聞こえた。
『妹を放置するのが悪いのでしてよ』
さらに続いた笑いがやがて止まった。
『……冗談ですわ。からかってみただけですの。お暇になられたら遊びにいらしてくださいな』
『僕はなんのためにここに残っているんだ……』
遠くで子供のはしゃぐ声が聞こえる。
『いざ、終わりが見えてくると少しでも長く生きたくなる。人間とは我が儘なものですね』
『その様なことを仰らずに治療を受けてください』
『ああ、私からも頼む』
力ない笑い声を聞こえた。
『まだ約束が果たされていませんわ』
『しかし……』
『貴族とはくだらないものですね……。しかし私はそのくだらない貴族の一人なのです』
『このままで不味いですね』
『なんとかならんか?』
『手配は終わっておりますが……そもそも領内に魔血病患者は奥様以外にいません。それは奥様も承知のはずです。お心が変わらぬ限りは……』
『……嘘をついてでも騙す他あるまい』
『恨まれますよ』
『構わん。全ては私が受け止める。愛した相手から恨まれ続けるのも一興ではないか』
『わかりました。では……』
何かを乱暴に叩く音が聞こえた。
『お父様! お父様!』
『なんだ! 今大事な話をしてるんだ』
『お母様が……! お母様が……』
『もはやレオン様に政は無理ですな』
『アンリ様がお隠れになって以来覇気の欠片もありませんからな』
『もっともザルグ家出身のアンリ様あってのレオン様。元よりなにもできますまい』
『こうなると早くセーラ様に婿を見つけなければ』
『……このまま余計なことをなされないのならば急がなくても良いのですがな』
複数の男たちの笑い声が聞こえた。
『権蔵殿は今まで同じように仕事をなされるがよい。今後とも頼みますぞ』
幾つかの同意の後に再び笑いが起きた。
『またセーラ様の周りに人が集まっておりますな』
『次期当主の妻となられるお方ですからね』
『レオン様があの調子では実質現当主の間違いであろう。集まってる連中は次期当主になりたいか引き立てて貰いたい連中だろう』
『あら! 権蔵様ではございませんか』
軽快な足音が近づいてくる。
『この前の献策ですが……』
『アンリよ、体調はどうだ?』
『お父様、私は娘のセーラですよ』
『ああ、そうか。それでアンリよ……』
『ムーラ殿が蟄居を命じられたそうだ』
『セーラ様は諦めろと言ったのに馬鹿な奴だ』
『これで何人目だ?』
『さぁな? まぁ、ムーラは命があっただけ運が良いのは確かだな』
『権蔵、お前も精々気をつけることだ』
『流石の殿も平民までもは敵視するまい』
『いやいや、近頃の殿ならば近くにいるだけでどう思うかわからんぞ』
『なるほど、確かに。ならば権蔵よ、何かあってお良いように我らの財産目録をきちんと整理しておいてくれ』
『貴様!! アンリを見たな!! 手打ちにしてくれる!!』
『お父様!』
『殿! 落ち着いてくだされ! アンリ様は既に……。それに平民がどうこうできるものではありませぬぞ』
『権蔵様は今のうちに別の部屋へ……』
『権蔵よ、頼みがあるのだが……』
『なにをすればよろしいのでしょうか?』
『近頃公爵家と付き合いがあるとか…………』
『商売での付き合い程度でございます』
『セーラ様のお相手を見つけてきてくれぬか?』
『公爵家からですか?』
『別に公爵家でなくても構わぬのだが……殿の乱心を抑えられる相手となるとな。まことに不本意な話ではあるのだが……』
『公爵家は中立を旨としているので少々難しいかと』
『それはわかっておるのだが…………。なんなら嫁ぐ先でも構わん。その場合はいつでも引き上げることができる程度の家が良い。かつ、殿が容易に手出し出来ぬ家だぞ』
『……探してみます』
『貴方は酷い人です』
『なにを……』
『何も知らないと思っているのですか?』
『……』
『いいでしょう。貴方が望むなら何処の誰とでも結婚いたします。それが貴方の幸せならば……』
『……』
『何も言ってくださらないのですね』
『僕は……』
『私を連れて逃げてください』
『……それが許されるならば』
『冗談ですわ。私はザルグ家アンリの娘セーラ。次期ファームル伯の妻となる存在。貴方程度とは釣り合いません。……その様なことすらわからずに真に受けるとは思いませんでしたわ』
『フィリップ《当主》様に言われてきたけど、随分と面倒なことになってるわね』
『それは……不徳の致すところで……』
『不徳どころか不道徳の極みだわ。……いい、くれぐれも変な気は起こさないでちょうだい。アンタの気持ちやお姫様の気持ちなんか関係ない。妙なことをしたらアンタら含めて全員不幸になるんだからね』
『は、はい……』
『わかってるんだか、わかってないんだか。所詮は他人の家の出来事。深入りせずに見てみぬ振りも大事だよ。それが出来ないならハッキリしなさいよ』
『アンリ……』
『お父様……。や、やめてください……』
『なぜ……名前で呼んでくれぬのだ』
『……レオン様』
『セーラ様! もう、もう止めてください!』
『権蔵様!』
『なんだ貴様は!』
……
『……花代!?』
『首突っ込むなって言ったでしょ!』
『すまない。助かったよ。ありがとう』
『全然助かってないんですけど。……アレどうする気なのよ』
『セーラ様……』
『……権蔵様……見ないでください』
『し、しかし……』
『お怪我がないようでなによりです』
『……レオン様を一瞬の間に放った一撃とはね。流石はザルグ家本流の御令嬢。アタシもビックリだわ』
『花代……』
『それだけの実力差があるなら手加減して欲しかったんだけど……。いや、この際死んで貰ってた方が後腐れなくて助かったかもね』
『……』
『あとはアタシがやっておくから。お姫様は血を洗い流してらっしゃい。……アンタはここにいなかった。いいね?』
『だから大丈夫って言ったでしょ。レオン様を殺せるのなんて領内じゃお姫様だけなんだから。でもそれじゃあ一族郎党全員困るから行方不明しかないのよ。跡継ぎ問題があるから自殺って訳にもいかないしね』
『しかし、セーラ様が……』
『それはセーラ様の問題。早い段階で父親を突っぱねずに複雑化させたのもね』
『……』
『だけどこうなった原因の一つはアンタの存在。だからアタシは言ったでしょ』
『僕はどうすれば……』
『どうもこうもできないわよ。起きたことはしかたがないんだし。お姫様の世界が地下室だけになったのは事実。贖罪でもしたいなら精々が面倒をみてやることね。アンタがスチュワートに殺される時までは茶番のオママゴトに付き合ってあげるから』
『ただいま。良い子にしてたかい』
『ああ、お兄様! 妹を一人にするなんて酷いですわ!』
『ごめんな。できるだけ時間は作っているのだが』
『いつもそれですわ。……悪いと思っているのなら私を抱いてくださるのですわよね?』
『……もう、やめにしませんか?』
金切り声が聞こえた。
『ああああああ!! 私が父親に抱かれた穢れた女だから触りたくないのですね!』
興奮した叫びが続く。
『ああ! お父様! お父様! どこにいらっしゃるのですか? あれ? お父様はたしか私が……。助けて! 助けて!』
『……セーラ、大丈夫だよ。お兄ちゃんが守ってあげるからね』
『ああ、お兄様! お兄様!』
『権蔵様……この子を……この子をお願いします』
『セーラ様……』
『私はどうかしていたのです』
『そのようなことは……』
『しかし狂えたおかげで……あなたとの子を残せました。おかげ未練を残さずに済みそうです』
『僕は……僕は……』
『なにも言わないでください。心残りができてしまいます。我が子を抱いて権蔵様に見守られる。何度想像した世界でしょう。私はまだ夢の中にいるのかもしれませんね』
『……』
『権蔵様、花代さん。この子のことを頼みます。なにもしてやれず、苦労のみを残す母をこの子は恨むでしょうか?』
『花代! なんとか……』
『無理よ。こうして話してるのだけでも驚いてるんだから。アンタは手でも握っててやんな』
嗚咽が聞こえた。
『……。心配しなくても姫様に感謝して育つはずさ。「産んでくれてありがとう」ってね。それくらい幸せな人生になるはずさ。少しはアンタの旦那を信頼してやりなよ。気にしなくても大丈夫さ』
『……ありがとう』
『ウマ元気かな?』
『きっと元気に頑張ってるわよ』
『変な所になんか行かなくてもあたしが守ってあげるのに。バカよね』
『女の子なんだから大人しくしないとダメよ』
『その方がウマも喜ぶ?』
『そうね。驚かしてあげましょう』
『うーん・・・・・・でも、あたしが守ってあげないといけないから』
「痛っ!」
情報の時間整理が間に合わない頭に衝撃に走った。
その衝撃は明らかに物理的なものだった。
「泣き虫おじさんが気持ち悪いんだよ! アタシだってもう涙の似合わない年齢だってのにさ」
私の頭を叩いた花代に怒鳴られた。
「いや、これは失礼。年のせいか涙腺が緩くて」
「暗殺者ギルドじゃ『不死身のバトラー』なんて呼ばれてるみたいだけど、そんなんじゃ『泣き虫バトラー』って呼ばれるわよ? 一応アンタは執事の代表なんだからシャンとしなさい」
「これは……立つ瀬もありませんな」
花代が溜め息をついている。
「ともあれ、権蔵様。しばらくのお別れでございます。必ずや再び参ります。それまでご健勝であられますように」
「バトラーも」
権蔵様は私を不思議そうに見ていた。




