権蔵の娘
「頭をあげなさい」
なぜか花代が権蔵様に声をかけた。上から目線にあっけにとられたのは私だけではないようで、権蔵様も図らずも頭をあげた。
「そんな格好じゃバトラーも話しにくいでしょ」
そう声をかけている。それはそうなのだが、なんとも釈然としない。
「それにガンガンうるさい。服も汚れる。自分で洗うわけでもないのに汚して良いと思ってるの? 本当に身勝手ですね」
最後だけとって付けた様に敬語で話すあたり、一切尊敬の念を感じさせない。むしろ馬鹿にしているのであろう。
「これ、床が壊れたら業者の立ち会いはアタシがするんだよ? ついさっきだって地下に異常がないか見回ったってのに余計な仕事を増やさないでください。給金が増えるわけでもないんだから」
口撃に屈した権蔵様が申し訳なさそうに立ち上がった。
「えっと、見ての通りなんです」
権蔵様はばつが悪そうにそう言った。
「花代はあくまでも九伯家の人間で私の娘を死ぬ気で守ることはないでしょう」
「当たり前よ。何に期待してんだか。それに九伯家の利益と致命的な相反があったらアタシは本家の方に付くからね」
「スチュワートに存在が気づかれていないはずの彼女は非常に大きな戦力なのですが・・・・・・」
花代は無念さを滲ませる権蔵様を鼻で笑った。
「スチュワートが本気で向かってきたら逃げるから。怪我したらバカらしいじゃない」
花代は小馬鹿にしているが、お嬢様を守りたい気持ちは私も同じだった。しかし二つ返事で了承するわけにはいかなかった。
「なるほど、わかりました。しかし、そこまでしてお嬢様を守りたいのはなぜですか? 失礼ながら、ご自身の御子というわけでもないでしょうに」
権蔵様には魔法がかかっており、子供を残せるはずがない。しかし返ってきた答えは意外なのものだった。
「いえ、私の子供です」
「母親は? 奥様ということはないでしょう?」
「・・・・・・妻に関してはご存じのようですね」
権蔵様の奥様はスチュワートが見繕った女性だ。貴族の娘として嫁いでいるが、その実は母親の代からの売春婦で自身も売春婦であり、病気と薬物で肉体は酷く蝕まれているはずだった。とてもではないが子供を産めるような体ではない。
「確かに結婚したときは酷い状態でした。肉体だけではなく精神も・・・・・・。しかし最近では随分と落ち着いています。これもバトラーと花代のおかげです」
またなにか私が余計なことをしたかと不安に陥ったが、それについては花代が説明してくれた。
「アタシとしてはどうでも良かったんだけど・・・・・・。まぁ、下手に死なれたり奇行が表に出たりしたらスチュワートや周りの連中にどう利用されるかわかったもんじゃなかったからね。アンタの虹色軟膏。アレを薄めて飲ましてるのよ。そしたら案の定効いたワケ。流石は死んだアタシを生き返らせた薬だわ。リュートに飲ませたのもアンタの薬でしょ。だからピンと来たんだ。効き過ぎると酷いことになりそうだから薄めたんだけど」
「では、奥様との間の子ではないのですね?」
「それだったら話は簡単なんだけどね」
呆れた様子の花代をよそに権蔵様は頷いた。
「その・・・・・・なんと言いましょうか」
「文字通り『自分で播いた種』なんですからハッキリと言ったらどうですか? 隠しながらバトラーに頼るのは卑怯ですよ。お陰でアタシもいらぬ問題を抱えてアタマが痛いんだから」
花代の突き上げもあり権蔵様は重い口を開いた。
「母親はセーラ様です。・・・・・・レオン様とアンリ様の御息女、ファームル伯の正当な後継者だった方です」
「どう誑しこんだのか超名門貴族の御令嬢とイイ仲になっちゃったらしいのよ」
ヤレヤレと花代は首を横に振った。
「それについては・・・・・・まぁ、今となっては詮無きことということで・・・・・・」
権蔵様は額に滲み出ていた汗を拭った。
「そのセーラ様は?」
「困ったことにセーラ様もアンリ様もレオン様もみんな死んじゃったのよ。ファームル伯ザルグ家の直系後継者は奥でオネムしてる赤ちゃんだけ」
権蔵様の代わりに答えた花代は困惑を隠さずに続けた。
「言っちゃ悪いけど、あの子は本当に忌み子よ」
私は不愉快な気持ちを抑えながら黙って聞いた。
「だって考えてもご覧なさい。彼女の存在を誰が喜ぶって言うの?」
私の微妙な変化を察したのか花代が説明をしようとした。
「私は喜んでいる!」
まるで私の気持ちを代弁するかのように声を上げたのは権蔵様であった。
「はい、はい。出産で愛するセーラ様の魔血病が悪化してお亡くなりなっちゃったけどね」
「セーラ《・・・》も喜んでいた!」
「ま、どうでもいいけど。平民モドキや死んだ人の感情でどうにかなるものでもないし」
感情を抑えて震える権蔵様に花代は冷ややかな視線を送った。
「話を戻すけど、要するにあの子はファームル伯ザルグ家唯一の正当な後継者なのよ。しかもセーラ様は未婚で子供の存在は誰にも知られていないってオマケ付き」
「私は、私にとっては彼女は唯一の妻でその忘れ形見なんだ・・・・・・」
淡々とした花代に対して権蔵様は未だに平常心を取り戻せていないようだった。花代が前に出てきて説明する理由は権蔵様を主として認めていない以上に、彼が冷静ではいられないと判断したからだろう。権蔵様を挑発してそれを私に示したようだが私自身も不愉快であった。しかし、一方でお嬢様に関する権蔵様の態度から真っ当な説明が望めるとも思えなかった。そして、あるいは花代は私の反応も確認対象としていたのではないだろうか。
花代は何に対しても心を動かされた様子は見せない。
「まず、ザルグ家。分家やファームル伯の郎党にとっちゃ後継者なんかいてもらっちゃ困るのよ。なにしろ竜安寺が開発した富を狙ってるんだから。後継者がいたら取り分が激減するからね。しかもその父親が当の竜安寺とあっちゃ追い出すこともできない。血筋が自慢なのに平民上がりが父親ってのも面白くないわね。腐っても名門だから婿争いも大変だし。九伯家縁の者ってわかれば血統の面目は保てるけど、今度は乗っ取られるって危惧が生じるわね。控えめに言っても、出来れば死んで欲しいんじゃないかな」
未だに尾を引く権蔵様を意に介することなく花代は続ける。
「アタシらの九伯家だって困るのよ。本当は旦那様の代で竜安寺は終わるはずだったんだから。ところが何をどうしたのか貴族の御令嬢と深い仲だもん。相手が相手だけに折角の魔法が破られちゃうし。そうなると竜安寺家が九伯家の相続者として残る、ザルグ家とも面倒な話になる、それにいらぬ誤解を諸侯や王に与えかねない。家中の主導権争いだって北方辺境伯が抜けて、代わりにファームル伯なんて大きいのが入ったら家のバランスが崩れるわ。庶子の末裔がファームル伯の力を背景に九伯家の当主になることも考えられる。そんなのは典型的な没落パターンって考える人もいるだろうね。只でさえ現当主は子宝に恵まれ過ぎて兄弟間の仲が悪いんだし。是非とも死んで欲しい人が多いんじゃないかな」
ここまで淡々としていた花代の表情が少し曇った。
「……スチュワートもね。アンリ様の血が穢されたって思うでしょ。誇り高いザルグ家に平民の血が入るんだから。貴族の令嬢が平民上がりに孕まされるだけでも許せない……いや信じられない伝統主義者なのに、ましてそれがアンリ様の血だからね。アタシとしては九伯家まで逆恨みの対象にされないことを祈るだけよ」
「スチュワートはこのことを知らないのですか?」
「当たり前よ。知ってたら約束を守って悠長に構えてないって」
彼が知らないことは少々意外に感じたが、考えてみれば当然でもあった。
彼はザルグ家らしい非常に伝統的な考えを持った執事なのだ。
彼はアンリ様の執事であり、アンリ様の孫どころか子供にさえ興味はない。そして伝統的価値観によって、貴族の娘が、一般市民の血が入った魔法力の少ない男と結ばれるなど想像すらできないのだ。
同時に、彼にとってアンリ様の娘はアンリ様の血統という意味しかなく、死んでいても構わない存在であろう。しかしアンリ様の血統が穢されるということは血統が絶える以上に問題なのだ。
「だいたいこんなところ。……それでどうするの? 身の程知らずにもザルグ家の令嬢に手を出して、しかも背負いきれないのに無責任なことに子供まで作った奴が悪いんだ。断った方がいいわよ。アタシとしてはサクッと殺されてくれた方が助かるんだし」
花代の挑発に心を動かされてはならない。私は時空コンピュータの力も借りて、できるだけ冷静に言った。
「いっそのこと貴族の地位を捨てて一般市民になっては如何ですか?」
「私もその道を探ったのですが……」
「無理無理!」
答えかけた権蔵様を遮り花代は「馬鹿言ってんじゃないよ」と手を大振りした。
「あんな魔法力の塊を平民で通すなんて出来るわけないって。旦那様にかかってた魔法の影響で九伯家の血が強く出たんだろうね。あの魔法は元々は血統の選別用のだから強い因子が引き継がれたんだと思う。それと神代からの強い魔法力を引き継ぐザルグ家直系の母親。平民の血が混じってても世界屈指の血統だよ。……すくなくともセーラ様が耐えきれずに魔血病が一気に進行するくらいにはね」
お嬢様は魔法力が弱いと聞いていたので意外だった。そして母親のことを知りたがっていたお嬢様自身が母親の命を削っていた事実に気持ちが揺らいだ。
「魔法力の質を調べれば、すぐに九伯家とザルグ家由来ってわかるだろうね。そうなったら益々大変よ。貴族って鎧さえもない状態のあの子を巡って何人の人が死ぬか。その挙げ句に本人だって命を落とすかもしれない。命があっても良くて勝者のトロフィー扱い。まぁ、どうあっても不幸な一生だろうね」
「まぁ、聞くまでもないけど、子守は断るってことでいいのよね」
花代は当然のように言った。言われるまでもなく私の答えは決まっていた。
「保留ですな」
権蔵様にありありと失望の色が見て取れた。私としても辛いがそう答えるしかなかったのだ。
「ほらね、言ったでしょ。バトラーは個人に仕えるって。言葉も碌に喋れない赤ん坊に仕える理由なんてないの」
実は仕えるのに十分な理由はあるのだが常識的には花代の言う通りだ。私も花代に補足を加える。
「それに貴族でもありませんからな」
花代がウンウンと頷いて同意を見せた。
バトラーは貴族に仕える。それは言うまでもない常識なのだ。しかし、所詮は常識。無視して貴族ですらない乳児に仕えることもできる。しかし、あまりに非常識な行為が不要な警戒や興味を引いた結果、絶望的なまでに散々な結果に終わるのは過去の積み重ねで明らかだった。だから私はそう答えるしかなかった。
「……貴族ならよろしいということですか?」
権蔵様が声を絞り出した。
「自分の意志を持ち、自分の言葉で喋ることが出来る貴族ならば検討するという話です」
権蔵様はそれを聞いて頷いた。
「それまで生きてたらいいね」
花代が茶化した。
「死ぬことはありません」
私はそう断言した。
「あなたが守りますから」
私の言葉に花代が困ったように苦笑いを浮かべた。
「スチュワートはまだ来ない。彼以外の者が害することなど出来ないでしょう」
「今のアタシはかなり弱いよ?」
「ご冗談を。……仮に弱くなってたところで大貴族が直接乗り込んでくることはありません。暗殺者ギルドも富蔵様が生きている限り手を出してきませんから」
花代は大きな溜め息をついた。
「まぁ、見透かされてるなら仕方がないね。元々スチュワートが来るまでは守るつもりだったんだ。アンタが正式に断るときまでは責任を持って守るよ」
彼女はこういう女性なのだ。口は悪いが情には厚い。
ゴーダを探したのも利害以上に世話を見るためだったのだろう。技を集めるだけなら方法は幾らでもある。むしろ『珍妙な大会』を開くというのは目立つだけで効率は悪い。
私に断るように勧めるのも一番の理由は「私とスチュワートの衝突の回避」にあったと思われる。
そんな人間が子供を積極的に見捨てることなど出来るはずがないのだ。
これらに特別に根拠があるわけではない。しかしそれなりに長い付き合いなのだ。時空コンピュータに頼らずともそれくらいはわかる。
「……そうですか。それでは娘に会わせることは叶いませんね」
幾つかのパターンでは断っても会って抱かせて貰えるのだが今回はお預けのようだ。辛いが会わない方が良いならばそれも仕方がない。
「できるだけ秘密の存在としておきたいのです。もしこの地下室で一生を終えることになったとしても……恨まれることになったとしても……」
まして、そんな権蔵様に対して「今は守れませんが会わせてください」などと言うことなどできなかった。いや、言わないのが正解なのだ。もしそれを言えば、権蔵様に大きな期待を持たせ普段の行動にも影響を与えるだろう。そこから何を察知されるかわからない。
花代は権蔵様を追い込んでいる。それによって権蔵様の行動を制御し、周りから警戒されないようにしていた。権蔵様には申し訳ないが花代に乗るのが一番安全な方法なのだ。
「そうだ、これをお渡ししないと」
権蔵様はそう言って見覚えのある缶を差し出した。
「これは節子が集めていた貴方の骨です」
指を折られ、引き千切られるという痛みに彩られた青春の一ページが脳裏に蘇った。
「なんでも花代によればバトラーの血肉には呪いがかかっていると……」
花代の方を見ると、一瞬だけ目が合ったがすぐに逸らされた。私の血肉はそう思われていたらしい。肉片から再生するし、リュートを苦しめて殺したし、スチュワートにしたように他人の肉体をコントロールするし、北の大地は寒冷化させたし……まぁ、間違いではない。が、そう思われていた事実にショックがないと言えば嘘になる。
缶に入れられた『呪いのアイテム』の返却を受けた。
すると不意奇妙な感覚に襲われた。
「なに? アンタ泣いてるの?」
花代のお陰で奇妙な感覚の理由がわかった。風景がいきなり滲んだのだ。そしておそらく泣いている。
一気に情報、いや、感情が私に流れ込んできたのだ。




